01





ここは魔界と呼ばれる世界。
そんな世界の森の中に、僕のご主人様のお屋敷がある。

噂によると、とても強い魔力を持った方らしい。
僕がこのお屋敷にお世話になるようになってから2年になるけど、その間に何か事件があったりとか
問題があったりとかそんなことは一切なかった。
だから、ご主人様が魔力を使うのも見たことがなかった。
ご主人様が、本当に強い魔力の持ち主かどうかは僕はわからないままだ。

ただ、ご主人様はとっても俺様で、すぐ腕力にものを言わせて僕を黙らせる。
そのうえ無類の女好きだ。



「ど……どうでしょうか?」

僕はご主人様……ダイ様の前で、恐る恐るそんな言葉を口にする。
それはいつもの決まり文句で、僕は自分のそんな問いかけに返される返事にビクビクする。

「………」

目の前に、腕を組んで超不機嫌な顔で僕を睨みつけてるは、ここの屋敷のご主人様で
僕の主人でもあるダイ様。

180以上ありそうな身長に、引き締まった筋肉質の身体は男の僕から見てもカッコいいと思う。
しかも、それを引き立てるかのようなタンクトップ姿はその引き締まった身体に似合いすぎるほど似合ってる。
今は上半身裸だけど……。
一体いつ、鍛錬してるんだろうと思うほど。

髪の毛は透明感溢れる金髪でサラサラだ。
背中まで伸びた髪は、後でひとつに束ねられてる。
長いからって、おかしいかといえばそんなことはない。
見た目ワイルドで男らしいくせに、そんな髪型が似合いすぎるほど似合ってる。

華奢な僕から見たら、羨ましいったらありゃしない。
それで魔力も腕力もあるなんて、世の中不公平すぎる。

同じ妖魔の僕だけど、魔力も持たない、腕力もない非力な種族は地位も名誉も魔力もある
上位魔族のもとで仕えるのがのがオチだ。

まあ仕えたりせずに、ずっと自分達の町や村で過ごす者もいるけど、そんな村で親に先立たれ、
親の残した借金で身体売るか首吊るかって時に、ダイ様に借金を肩代わりしてもらって助かったんだ。

僕の亡くなった父親と親しかったということだけど……。

「ふーん」

僕の顎を親指と人差し指で摘まむと、クイッと上を向かせる。
その後、左右にチョイチョイと傾けてジッと僕の顔を見る。

「………」

僕はその間、無言で待ってる。
だって、何か喋ると怒鳴られるから。

フイに顎から手が離されると、今度は着てるシャツの前を掴まれて、左右に思い切り引っ張られる。
ぶちぶちと音を立てて、ボタンが弾けとんだ。

まったく……また後で、ボタンをつけなくちゃいけないじゃないか。
結構面倒なんですよ……ダイ様!
なんて思っても、絶対口に出しちゃいけない……いや出せません!怖いから。

「………」

ジッと不機嫌な顔で肌蹴た僕の胸を見て、今度は上から下まで目を走らせる。

「まあいいか。仕方ねぇ」

ホッ……僕はその言葉で、やっと胸を撫で下ろす。

「ダイ様は好みが煩すぎなんですよ〜〜。そうそういませんよ……美人でナイスバディなんて。
探す僕の身にもなってくださいよ」
「テメェの探し方がヘタなんだよ!この役立たずが!!」
「だったらご自分で探しに行けばいいんですよ」
「出来ないからテメェに行かせてるんじゃねーか!何度も言わせんなっ!!この役立たず!」

うう……だったら文句、言わないでくださいよ〜。

そんなことを話しながら、ふたりで向かうのはダイ様の寝室だ。
これから僕にとって、更に過酷な仕事が待っている。

「それに、このくらいのこと当たり前だよな。オレはテメェの命の恩人だぞ。
誰がお前の親が残した借金、返してやったんだ?あぁ?」

ギロリ、と睨まれた。
それだけでヒィ〜〜っと震え上がってしまう。
ああ……なんて情けない僕。

「はい……わかってます……」

そんな返事をしながら、たどりついたダイ様の寝室に入った途端、ベッドに突き飛ばされた。


――――僕には特殊な能力がある。

これは魔力とは関係のない僕の種族に備わってる能力で、でも誰にでもあるわけじゃなくて
数年にひとり……しかも、男子にだけ現れる能力。

今までの経験から、この能力のことは口外しないのが村の決まりだった。
良からぬコトを考える輩がいて遥か昔、村が襲われたり能力の持ち主が掠われたりと、
色々問題があったから。

そんなことがあって、僕もそんな能力を持ってるコトを他人に話したりしなかった。
だからそのコトを知ってるのは、亡くなった両親と、村長だけのはずなのに……。

『お前、能力の持ち主だろ?その力、オレのために使え』

初めてダイ様に会った時にそう言われたのには驚いた。
色々な事情と諸々な感情で僕はその言葉に頷いた。


僕の特殊な能力……それは相手に噛み付くとその相手を “写す” コトが出来る。
時間は一晩だけ……でもその間は、何から何まで本人と同じになれる。

妖魔であるダイ様は、人間の女好き。
しかも美人で、ナイスバディの女性が好み。

ナゼかは知らないけど、ダイ様はこの屋敷の敷地内から出るコトができないらしい。
理由は教えてもらってないけど。

相手の全てを写すから、男性経験も写される。
なので慣れてる女の人だとスッゴク感じてしまうし、逆に初めてだとスッゴク痛い。
ちゃんと初めてという証まである。

『ダ、ダイ様、この人初めてみたいです!だから……あの……ちょっと……加減して……
あっ!痛いです――』
『うるせぇ黙れ!』

ダイ様は “写した僕“ を気にせず抱く。
男なのに……。

まあ身体も声も相手のモノになるから、女の人を抱いてるのと同じなんだけど……。
でも僕は僕だから、いくら身体が女の人になっても何とも大変なコトだ。
未だに終わった後のショックから、なかなか立ち直れない。

「いい加減、慣れろや」

ダイ様が、終わった後のタバコの煙を吐きながらそんなコトを言う。

「ムリです!!」

慣れるわけないでしょ!!しかも……

『テメェ感じ方が下手なんだよ!ったくテンション下がんな!』
『そんなコト言ってもムリですって……う――』
『勉強しろ!勉強!!ったく』
『どうやってですかっ!!』

ダメ出しされるし……もうそんなコト知りませんよ!!


「よく平気ですね……ダイ様は……僕ですよ?相手は」
「別に!テメェのコトなんかコレっぽっちも思い出さねぇよ!」

さすがダイ様……僕と違って、気持ちの切り替えが完璧なんですね。
さすが上級魔族ですか。

まったく……人の気も知らないで……。


最近僕は困っている。
もう何十回とダイ様に抱かれてるからか……こーゆーとき、すごくドキドキしてしまう。


なんか……妙な気分になるんだ……ダイ様を見てると……。




「オイ!アリム!」
「!!」

ダイ様のお使いに来ていた街で名前を呼ばれた。
聞き覚えのある声で、その声はダイ様のお友達のローディ様だった。

昔からの友人で、ローディ様もそれなりの魔力を持った妖魔なんだけど、
どうもダイ様との力関係はダイ様の方が上らしい。
普段のふたりのやり取りを見てたら自然と認識した。

「買い物か?」
「はい。食料とあとダイ様のお使いで……」
「相変わらずか?アイツは?」
「はい。相変わらずですよ」

はぁ、と苦笑いの僕。

そのあと、ダイ様の話の流れから、僕はビックリするような話をローディ様から聞いた。

「ええ!?ダイ様って人間の女好きじゃないんですか?」

僕はとんでもなく驚いて、思わず叫んでしまった。

「違うよ。まあ、それなりに女と関係はあったんじゃないかと思うけど、あの容姿に魔力だろ?
言い寄って来る女なんてわんさかいたんだけど、ダイの奴そういう女相手にしてなかったからな。
そしたら振った女のひとりに “呪い” 掛けられちゃってさ」
「え!?呪い?」
「そー、女を抱かないと解けない呪い♪ しかも人間の女限定!挙句に何人目で呪いが解けるか
ダイにもわからないんだけどさ〜〜まあかけた相手も未だに魔力が戻ってないらしいから、
それなりに強力なモノなんだと思うけど」
「…………」

そんな恐ろしいコトを、ケラケラと笑いながら話す。

「ダイの身体の刺青って、呪いがかかってる証拠なんだよ」
「え?」

確かにダイ様の左肩から背中、左腕左胸にかけて黒い刺青が施されてる。
あれが呪いのせい?

「呪いが解けた時、あの刺青は消えるんだってさ。だからダイは人間の女を抱き続けなきゃいけないわけ。
いつ解けるともわからない呪いのためにね。アリムも大変だよな?そんなダイのために人間界から
人間の女連れて来なきゃいけないんだからさ」
「はあ……まあ……」

ローディ様は、僕が人間界で人間の女の人の姿を写して、ダイ様に抱かれてることを知らない。
ダイ様からその能力のことは、自分以外には内緒にしておけと言われてるから。

僕達は色々な方法で、魔界と人間界を行き来できる。
実はダイ様の家に、代々伝わる大きな魔鏡があるんだけど、そこを人間界と繋げて僕は行き来してる。

だから以前、人間の女の人をお屋敷に連れて来たことがある。
写した僕じゃない……本人。

「こんばんは」

ニッコリと微笑む人間の女の人……。

ダメもとで 『イケメンの屋敷の主が、貴方に屋敷に来て欲しいそうです』 と誘ったらあっさりとついて来た。

『眠らせたり操ったりした相手とはやる気がしねぇ』

ってダイ様が言い張るから、そのまま連れてきた。

「…………」
「素敵な金髪……この刺青もカッコいいわ〜〜♪」

普段僕が言わないようなお世辞を言う本当の女の人。
そんな相手にダイ様も満更でもない様子……ダイ様は女の人の肩を、女の人はダイ様の腰を抱いて、
寝室に消えていった。

ダイ様の寝室のドアを見つめながら、僕は不思議な気持ちになっていた。

これでいいんだ……そう……いいはずなのに……なぜか複雑な気持ちだった。
もう人間の女の人を写す必要ないんだから、喜ばなくちゃ……そうだよ、今まで大変だったんだから。

でも僕のそんな複雑な気持ちは、このあとすぐになんの意味もなさなくなる。


「出てけっ!この野郎!!二度と来んなっっ!!!」

「え?」

ダイ様の寝室のドアが乱暴に開いたかと思ったら、中からもの凄い剣幕のダイ様が出て来た。

「な、なによ!失礼しちゃうわね!この常識知らずっ!!」

あの人間の女の人もダイ様に続いて寝室から出て来たけど、そちらももの凄い剣幕だった。
一体、ふたりの間になにが???

「ふんっ!」

人間の女の人がそのまま屋敷の外に出ようとするから、慌てて魔鏡の間に通して人間界に帰ってもらった。

「ダ……ダイ様どうしたんですか?一体なにが?」
「あ″あ″っ!?」

リビングのソファに座って、超不機嫌でお酒を飲んでるダイ様がこれまたもの凄い視線で睨んでくる。
「あの女、このオレに避妊しろって言いやがったっ!ふざけんなっ!!オレがそんなことするかっつーの!!」
「え?避妊??って……もしかして……」

そう言えば、知識で人間界には致す時に使うそんなアイテムが存在するらしい。
もともと妖魔同士では、お互いに子供がほしいと思わなければ子供はできないし、
思ってもなかなか子供はできにくい。
そもそもこっちではそんなものないし、今まで僕相手だったダイ様はそんなこと
一度もしたコトがない。

大体、妖魔と人間の間に子供なんて出来るか疑問だったけど……。
まさか相手が人間じゃないなんて思わないだろうから、そりゃ文句を言うのは当たり前かな……と。

「やっぱテメェが写してこい!本人相手は手間がかかるし、面倒くせぇ!!」
「え――!?そんな……」
「文句あんのか?あ″ぁ″!」
「い……え……」

あっても、言えるわけないじゃないですか……。

「フンっ!!」

ダイ様は超不機嫌なまま、煽るようにお酒を飲み続けてた。


だけど……そんなダイ様を見ながら、僕はナゼかちょっとだけ嬉しかった。


それからまた、人間の女の人を写してくるという重労働が待ってたんだけど、
大体ダイ様の好みの女の人を連れて来るなんて、最初から無理があるんだけどな。

いい加減気づいてほしいんですけど……。