08





「ほら!約束の弁当。」
「わあ!ありがとう ♪ 」

大ちゃんがカウンター越しにちゃんとバンダナで包んであるお弁当をあたしに渡す。

「サンドイッチだぞ。」
「やった ♪ 」
「お弁当のサービスまで始まったんですか?」

アパートの住人の1人の大貫さんが食後のコーヒーを飲みながら興味津々で聞く。
朝のモーニングの対象はアパートの住人のみだ。
だからお店の看板は準備中のまま。
まどかはお店の休日以外毎日お店で朝ご飯を食べてるから
どうせ支度するならとアパートの住人限定でモーニングのサービスをする事にした。
もともと人数も少ないしどうって事無かった。
別に強制ではないからその日によって自分の部屋で食べたりコーヒーだけ飲みに来る事もある。
まどかは休日はオレの部屋に直接来るから平日だろうが休日だろうが関係ない…

今朝は相楽さんは来ないみたいだ…ちょっとホッとする自分がいる…

情けない……

「いえ…ちょっとまどかに世話になりまして…」
「へえ…まどかさんももう立派な大人なんですね。高校生ですものね…」
「はい。昔ならもう嫁に行っても大丈夫なくらいです!」

「嫁!!」

大貫さんがいきなり落ち込んだ?

「うちの娘もまどかさんくらいになったら見ず知らずの何処の馬の骨ともわからない男を
連れて来るんでしょうね…」

「…………」

余りの落胆振りにオレは何も言えず…視線でまどかに合図を送った。

「!!」

送られたまどかもちょっと困った顔でポリポリと頭を掻いてた。




まどかも大貫さんもいなくなってお店の開店までにはまだ時間がある。
昨夜の相楽さんとの会話で…

『坪倉さんはどなたかお付き合いしてる方いるんですか?』

と聞かれた時…そんな相手はいないと答えた。
その後は 『 そうですか。 』 で締め括られて他の話題になったから
ワザワザ自分から文香の事やもう誰とも付き合うつもりは無いと言う事を
話すのも変だったから言えずに終わった。

「はあ…」

カウンターの中でコーヒーを飲みながらタバコを吸う…
自分がこれほど恋愛と言うものに敏感になっていたとは思わなかった…
何気にショックだったりする…しかもまどかに慰められるなんて…

「まどかか…」

本当に変な事してないだろうな…本人がしてないって言うならそうなのかもしれないが…
オレは昨夜見た夢が気にかかる。

最初は雲に乗ってのんびりと空を漂ってただけだったのが気付くとオレの隣には文香がいた…

夢に文香が出て来るなんて久しぶりで…嬉しくて思わず…文香を抱いた…

「欲求不満なのか…オレ?」

いや…そんなはずは…ちゃんと服着てたし…でも終わった後に着たのかも…
あの起きた時の体勢も怪しかったし…もう1つのベッドで寝るのは止めた方がいいな…

今まで馴れ合いでズルズルと寝てたけど…もうこれからは……

しかし…まどかの奴良くオレと1つのベッドで寝れるよな…

なんて今更思った。



「え?」

「と言う訳だからわかったな。」

「エエッッ!!」

まどかがあからさまにぶうたれた。
学校が終わって店に出て来たまどかにお客がいないのを見計らって
今日オレが思った事を話したからだ。

「今までがおかしかったんだよ…
オレは大人の男だしお前は年頃の女の子でなのに1つのベッド寝るなんて…
もっと早く言うべきだった…」

「大ちゃん!!あたしは別に…」

「オレの部屋に来るなとは言わない…具合が悪い時はオレを頼ればいい…
でも…もう一緒には寝ない…昨夜まどかを当てにしてこんな事言うのは
ズルイかもしれないけど…」

「………ホントだよ…」

「?…まどか?」

「大ちゃんズルイ…」

「ま…」

声を掛けようとした時お店の入口のドアが開いて…話はそこで途切れた…



「…………」

その日の閉店後まどかといつもの様に後片付けをしてるが何とも気まずい…
営業中のまどかはちゃんと仕事をこなしお客への対応もいつも通り明るく接してた。

ただオレへの態度はあからさまに悪い。

「……………」

確かにいきなりあんな話を切り出したが…オレの言ってる事は正しいはずだ。

「…片付け終わったから先にあがるね。」
洗った食器を拭き終わって棚に戻したまどかがオレと目も合わせずに
さっさとエプロンを外して入口に向かう。
「ああ…お疲れ…」
言い終わる前に入口のドアが開いてまどかはすでに店の外だ。

「……何だよ…態度悪いな…」

多分オレの言ってる事は正しいんだ…でもまどかには正しくなくて…
そう思わせてしまっているのは多分オレで…そう…まどかが言う通りオレはズルイんだ…



バ タ ン っ ! 

乱暴に玄関のドアを閉めた。
そのままベッドに直行して倒れ込んだ。

「大ちゃんの…バカ…」

きっと大ちゃんは昨夜の事を気にしてるんだ…
自分に記憶が無いからあたしと何かあったのかもって心配になったんだ…
良美さんの事もあって…あたしと距離を取ろうとしてる…

ホント…ズルイよ大ちゃん…あたしからも良美さんからも逃げるつもりなんだ…



まどかが部屋に戻って30分くらい後にオレも部屋に戻った。
いつもならオレが落ち着いた頃を見計らってあのドアを開けて入って来るのに…
オレが部屋に戻って大分経つのにまどかが来る気配は無い。

「……………」

でもこれで良いんだよな…これが当たり前の事だったんだから…



次の日の朝いつもの様にドアを叩いてまどかを起こす。
ドアごしにまどかの起きたと言う声が聞こえた。

「…………」

何とも気まずい雰囲気だ…まどかは黙々とオレの出した朝食を食べてる…
しかも今日に限って他に食べる人がいなくて2人っきりだ。

「来週から期末だからお店手伝え無いから…」

「え?ああ…わかった…」

ボソっとまどかの声がした…顔も上げやしない…

学生のまどかはやっぱり学業がメインだから試験の1週間前から
バイトは休んで試験勉強させてる。
バイトのせいで成績が落ちたなんて困るしオレとしてもそれは気分が悪い。
何とか今のところ落ちてはいないらしいが…

しかし…タイミングがいいのか悪いのか…何だか変な感じになった…



「あら今日はまどかちゃんは?」

何日振りかで相楽さんがお店に顔を出した。
時々彼女はオレの所で夕飯を食べる。

「期末試験で休ませてます。」
「あ…今そんな時期なんですね…何だか懐かしいわ。」
「ホントに…オレなんか遠い昔の事だな…」

「私お手伝いしましょうか?」

「え?」

いきなり彼女がそんな事を言い出す…

「お1人じゃ大変でしょ私接客慣れてますし…」
「いや…そんな…」

ちょっと待ってくれ!

「明日休みだし…まあ明日しかお手伝いできませんけど…
1度喫茶店のウエイトレスってやってみたかったんですよね!」

相楽さんはもうやる気満々だ。

「いえ…いいですよ…せっかくのお休みなんですし…申し訳ないですから…お気持ちだけで…」
「あら気にしないで下さい。」
「いや…」

気にしますから!

「良いじゃない手伝ってもらえば。」

「!!まどか!?」
「まどかちゃん!?」

いつの間に来てたのか店の入口のドアの前にまどかが立ってた。

「気分転換に甘い物食べに来ただけ。チョコレートパフェお願いします。」

そう言うとわざと奥のテーブル席に座る。

何なんだ…一体…


「どうしたんですか?まどかちゃん?」
ちょっと声のトーンを下げて耳打ちする様に相楽さんがオレに聞いた。
「さあ…何だかずっとご機嫌ななめで…」

「男に逃げられたんです!」

「え?!男?まどかちゃんが?」

「………」

相楽さんがまどかを見てオレを見た。
オレは無言だ…

「はい。気の小さな男で急にあたしにビビって逃げたんです。」
「あら…」
「良美さんも気をつけた方が良いですよ。そう言う男結構近くにいるみたいですから。」
「同級生で?」
「いえ…ちょっと年上の男です。」
「まどかちゃんにそんなお相手いたのね…知らなかったわ。」

「付き合ってるわけじゃ無いんですけど…あたしはそれなりに上手くいってると
思ってたんですけどね。………チョコレートパフェまだですかっっ!」

「 ! ! 」

まどかの奴…

「お待たせしましたっ!」

ド カ ン ! とパフェをテーブルに置いた。

「バイト代から引いといて。」
負けずにまどかも強めの言い方だ。
カ チ ン ! と来たがぐっと堪えた。
大人げ無いし相楽さんがいたし機嫌の悪い理由が分かってるから…

その後は食事を食べ終わった相楽さんがオレと他愛もないお喋りをして
その間まどかは黙々とパフェを食べてた。



昨日と同じ頃の時間にオレは自分の部屋に戻る……

結局まどかの事もあって…明日の手伝いもちゃんと断れなかった…