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「………」

昨日からあのドアは開いてないんだよな…
でも昔はそうだった…絶対開くはずの無いドアだったんだ…
まだまどかは勉強してるのか…
いつもはすぐ根をあげてオレの所に逃げて来てたのに…

『大ちゃん頭割れそうっっ!』

「…あ!」

そう言えばあいつ…オレの事…『大ちゃん』って呼ばなかった…



「まどか…」

あのドアの前で声を掛けた。

シーン……

シカトかよ?

「あんまり根詰めるとぶっ倒れるぞ…」

何度か勉強中に壊れた事がある。
試験範囲が広いって…でも普段からちゃんとやってればどってこと無いんだが…
そう言うと『大学出てるからって自慢?』って絡む。
どうやら余裕が無くなるらしい…だから…大丈夫なのかよ。

「ココア持って来てやろうか?」

最大級の優しさだろ?

「………いらないっっ!!」

カ チ ン ! その言い方にムカついた。

「…………」

ああそうかよ!もう知るか!

イライラしながら風呂に入った…

『 亮平って絶対謝らないわよね! 』

「…………」

文香に良くそう言われた…
オレはそんな事無い!って言い切ってたが本当は半分はオレが悪かったかもしれない…


テレビも点けずにイスに座って…何をするわけでもなく…
目の前に置かれてるコーヒーをぼーっと眺めてた…

『大ちゃんはいつの間にかぼーっとしてるから気をつけないと!』

良くまどかに言われた…別に何を考えてるわけでも無い…
文香の事を想い出してるわけでも無いのに…
オレはその時の記憶は無い…

『疲れてるんじゃない?大ちゃん!』

まどかはそう言ってオレを年寄り扱いだ…


「あ…何だよ…」

さっきからまどかの事ばっか想い出してるぞ…
でもこの2年間ほとんど毎日まどかと過ごしてたんだもんな…
親元から離れてたった1人で暮らしてて…
まどかはオレに家族を求めてるんじゃないのか…

そう思ったら真っすぐあのドアの前に立ってた。
ドアをノックしてドアノブに手を掛ける。

「まどか…開けるぞ…」

ここが開くようになってオレが開けるのはこれが初めてかもしれない…
だからか何気に心臓がドキドキする。

ゆっくりとドアを開けた。

「誰もどうぞなんて言ってないけど!」

「うわっっ!!…まどか!?」

まどかが開けたドアの目の前に立ってた!

「何驚いてるのよ?あたしの部屋にあたしがいて当たり前でしょ!」
「まさか目の前に立ってるなんて思わないだろ!焦った!」
「で?何の用?」

何の用?

「ああ…えっと…」
「何?別に用は無いの?」
「…いや……えっと…心配だったから……かな?」
「心配?」
「だってお前毎回試験の度に壊れてただろ?」
「ご心配無く!今回は壊れたりしませんから!」
「何で?」

随分きっぱりと言い切るじゃないか…

「……勉強してないからに決まってるでしょっ!!!」

「は?」

「誰かさんのせいで勉強が手につかないの!」

「はあ?オレのせいにすんな!」

「自分が何したかも分かってないなんて鈍感にもほどがあるわよ!」

「 ! ! 」

「でも……初めて大ちゃんからあたしの部屋に来てくれた…」

言いながらまどかがオレに抱き着いた。

「まど…か…」

まどかがオレの胸に顔をうずめたまま擦り寄せる。

「まどか…くすぐったい…」
「少しは我慢しろ!鈍感男!!」
「あのな…鈍感鈍感ってさっきから…」
「だってそうじゃない!良美さんの気持ちも一緒に出掛けるまで気付かなかったんでしょ?」
「!!」
「ほら図星!」
「…まどかは分かってたのか?」
「だって大ちゃんを見る目が恋してる目だった。」
「恋してるって…そうだったか?」
「もう大ちゃんもっと周り見てよ!」
「…………」

17歳に説教された…と言うかまどかに…

こんな会話をしながらまどかはオレに抱き着いたままで…

「まあ今はその話しはおしまい…いらっしゃい大ちゃん……どうぞ ♪ 」

「あ…」

まどかに腕を引かれて初めてまどかの部屋に入った。
このドアの壁を取り払った時もロクに部屋の中は見なかったし…
まどかを起こすにも部屋に入った事は無いから…

6帖2間の元々あった水周りの隣に小さなキッチンがある…

部屋の家具の位置やカーテンの模様やら…違ってはいるが…

此処は確かにオレと文香が暮らしてた部屋だ…

「懐かしい?」
「え?!ああ…」

懐かしいなんてもんじゃ無い…胸が苦しいほどだ…ああ…ヤバイ…

「大ちゃん…」
「いや…大丈夫だ…」
「大ちゃん座って…」

まどかの部屋の小さなソファに座らされた。
パステルカラーの淡いオレンジ色で…良く見ればシンプルだが女の子らしい部屋だ。

「まどか!!」
「大ちゃんと真面目な話したいし…真っすぐ大ちゃんを見てたいから…」

って真面目な話にこの体勢でいいのか?
ソファに座ったオレの膝の上にオレを跨ぐ様にまどかが座った。
まどかがオレの両手を掴んでそれぞれ左右の自分の腰に当てる。
オレは拒んだりせずにされるがままになってた。
まどかは両手をオレの首に廻す…ちょっと上から見下ろされて…
見下ろすまどかの顔がやけに大人っぽい…

「大ちゃんはまだ奥さんの事…好きだよね…」
「………」

何を言い出すんだろうと思った…

「奥さんの事を好きで…これからも奥さんの事思って…誰も好きにならないで生きてくの?」
「………ああ…そうだよ…オレは誰も好きになったりしない…」
「奥さんがそう言ったの?ずっと奥さんだけを思って生きてって…」
「いや…」

そう…文香はそんな事1度も言った事は無い…むしろ……

「だよね…奥さんは大ちゃんに新しい恋をして幸せになってって言ったんだもん…」

「!!!」

オレは息が止まった…