neko-hen




  しいな : 猫型の半獣。(本当は狼型の半獣。今回は別バージョン。)
望月 耀 : 女の子なのに事情があって自分の事を『オレ』と呼ぶ。




「ん?」

仕事からの帰り道…
「え?なに?」
見れば何でだか烏が数羽ギャアギャアと喚いてた。
良く見ると一斉に何かに向かって突いてる…

「え?何かあるの?」
どう見てもゴミの袋がある様には見えない。
良く捨て猫なんかを烏が集団で狙うって聞いた事あるけど…まさか…
恐る恐る遠巻きに覗き込むと……

「ええっっ!!!こっ…子供!?」

3・4歳と思える子供が烏に突かれてるっっ!!

「ちょっ…な…なんで?あ…でも何とかしなくちゃ…こっ…コラーーーッッ!!」

自分としては大きな声で叫んだつもりだったのに烏は逃げる気配が無い。
しかも何羽かはバカにした目付きまでしてこっちを睨んでる……

「……う〜〜〜」

オレは意を決して烏の集団に鞄を振り回しながら突進した。

「わーーーっっ!!あっち行けーーー!!」

ギャアギャアと喚きながら烏が飛び立った。

「はぁ…はあ…」

オレは心臓がドキドキのバクバク……こんな事今まで生きてきて初めてしたぁ…

「は!」

襲われてた子供がオレを見上げてる。

「君大丈夫?あ…血が出てる…」
顔も手も傷だらけで何箇所から血が滲んでた。
「何でこんな事に?君何処の子?お家は?お父さんかお母さんは?」
「………」
何を聞いても無言。

「君名前は……ん!?」

落ち着いて改めてまじまじと彼(見た目男の子だったから)を見ると…

「みっ…耳…耳があるうぅーーーーっっ?!」

オレは彼を指差して思いきり叫んだ!!

だって…だって…彼の頭に動物の耳が着いてるぅーーー!!

「ニャン♪」
「えっっ!?猫?」
「にゃあ〜〜♪」

どっきーーーーん!!!

ズドンとオレの心臓を彼の笑顔が貫いたっっ!!

「かっ…可愛〜〜〜い!!」

オレはもうデレデレ…こっ…これが今流行りの半獣?
数年前から巷で流行ってる人型の動物…最初に世間に出て来た時は物凄い反響だったけど
今は鎮静化に向かってて半獣を見掛けてもあんまり騒がなくなった。
だから本当なら誰かに飼われてたりするはずの半獣が1人で生活してたりもする…

「で…でも…何で君こんな所に?ん?」
良く見れば……

「ダッ…段ボールに入ってるっ!?え?」

彼が段ボールの前を指差す。
「ひっ…拾って下さい?え?何?君……捨て猫?」

段ボールの前には掠れた頼りなさげな子供の書いた平仮名ばかりの文字でそう書かれてた。

半獣には犬型と猫型がいるからにゃあって泣いた彼は猫型…




「………尻尾もあった…」

とにかく怪我の手当をしようと自分の家に連れて帰った。
身体中傷だらけ…怪我の手当の終わった彼はあっためた牛乳を飲んでる…マグカップで…

そんな飲んでる彼の横顔はちょぴり膨らんだピンクのほっぺが可愛い ♪ 
手当をしながらそんな事を思ってた。

「落ち着いたら警察に連れて行ってあげる。」
「………」
フルフルと首を振る。
「え?嫌なの?」
コクンと頷いた。
「じゃあ誰かに連絡して迎えに来てもらう?」
フルフルと首を振った。
しかも持参した自分が入ってた段ボールにまた入ってる…なぜだか持って来たんだよね?

「君…捨てられたんだ…」

コクンとまた頷いた。

「うーん……」

結局このままオレが面倒を見る事にした。
だって彼ってばとってもオレに懐いて慕ってくれて…オレに全てを預けてるって感じがして……
オレにべったりで……オレの方が彼を離せなくなってた…出会ったばっかりなのに…

「でもオレ上手く育てられるかな……」
コクンコクン!
と彼が頷いた。
「そう?オレ達上手くやっていける?」
「コクン!!」

とびきりの笑顔付きで頷いてくれた。


「さて…まずは君の名前か…どうしようか?」
そう言うと彼が上着の襟首から手を入れてペンダントを引っ張り出した。
「え?」
オレに向かって差し出すから手に取って見るとペンダントに名前が刻まれてた。

「しいな?君しいなって言うの?」

「コクン。」
「そっか。オレは耀だよ。これからよろしくね!しいな。」

また飛び切りの笑顔付きで頷いてくれた。


今日から…思いもよらない新しい家族がオレに出来た。
初めての夜しいなは一緒に持って来た段ボールで寝ようとしてた。
きっと今までこの段ボールがしいなの唯一つの居場所だったんだ…

でもこれからはこの部屋がしいなの家でオレのベッドがしいなの寝る場所だって
教えてあげて段ボールにサヨナラをした。



それから半年が過ぎてしいなは順調に育ってる。
背もオレよりちょっと低いくらい…だからオレはちょっとしいなを意識しちゃう。

「耀くん!おはよう。」
「おはようしいな…いつも早起きだね…あふ……」

今のしいなはちゃんと言葉も話せるし最低限の一般常識もある。
ちゃんと半獣用にそんな教育ソフトも売ってる。
それに半獣はあっと言う間に大人になるって…

「?耀くん?」
「…!!ううん…何でもないよ!はは…」

だからオレは最近しいなはどんな大人の半獣になるのかがとっても気になる……


「じゃあ行ってくるね。」
「うん。」

オレが仕事に行ってる間しいなは家の事をしてくれるんだ。
なかなか手際よくてオレなんかよりもとっても上手だ。

「行ってらっしゃい。チュッ!」

「!!!!し…しいな!?」

しいながオレの唇に触れるだけのキスをした!!!

「ななななんで!?」

そんな事教えてないよ!!

「え?ああ…昨日お隣りの川間さんが貸してくれたDVDでやってたんだ。
行ってらっしゃいのキスだよ。」

「…………」

オレはドキドキの顔真っ赤!!
川間さんはお隣りの大学生。しいなと何気に仲が良い。

「どっ…どっ…どんなDVD…?」
「え?んっと…シンコンさん?のニイヅマ?のお話。
でもねお風呂でもないのに2人が裸になったりして変なんだよ。ふふ」

いつものあの笑顔だぁ〜〜!

「も…もう川間さんからDVD借りちゃダメ!」
「え?どうして?」
「ダメったらダメ!!」
「?…わかった。耀くんがそう言うなら。」
「うん。約束だよ。」
「どうせ借りたの全部見ちゃったから。」
「全部って?」

「えーっと…全部で5つ!」

「!!!」

「?耀くん?」

オレは目の前が真っ暗…しいなが…しいなが…汚されていく…

もう川間さんったら!後で注意しなくっちゃ!!

「耀くん!」
「ん?」
玄関のドアノブに手を掛けるとしいながオレを呼んだ。

「もう1回行ってらっしゃいのキスしたい。」

「え?」

「だって…何だか嬉しい気持ちになるんだ。」
「しいな…」
「だめ?」
「……いいけど…それをするのはオレだけだよ!」
「うん。わかった!じゃあこっち向いて。」
「…うん…」

オレはちょっとテレ気味…しいいなはまったく気にしてない様子…

「行ってらっしゃい耀くん。チュッ!」

「……行って…きます…」


朝からひと騒動だった……




「オッス!しいなどうだった?耀クンは?」

「あ!川間さん!」

洗濯物を干してたらベランダの境の壁の向こうからひょっこりと川間さんが顔を出した。

「ちゃんと行ってらっしゃいのキスしたよ。何でだか耀くんは真っ赤な顔してたけど。」
「そっか!そっか!!」
「でももう川間さんからDVD借りちゃダメだって。」
「え?ああ…警戒されたか…ま!仕方ない…こっから先はしいながもうちょっと大人になってからだ。」
「オレが大人に?」
「そう。そしたらもっと幸せな事教えてやるよ。」
「ホント!!今日もね耀くんと行ってらっしゃいのキスしたらすっごく嬉しい気持ちになったんだ ♪ 」
「だろ?もっともっと嬉しい事がたくさんあんだぞ!」
「うん。オレ楽しみだな ♪ ♪ 」

こうやって耀の知らない所でしいなのあちらの知識が増えていくのでした。



「耀くん……」

「…………」

いつものベッドの中…
しいながオレと暮らす様になってからずっと一緒のベッドで眠ってる。
最初はオレが抱きしめて眠ってたしいなも今はしいながオレを抱きしめて眠る様になった…
いつの頃からオレの方が意識し始めて…いつもドキドキしながら眠ってる。
だって…オレはしいなの首筋に顔をうずめて眠ってて…
2人で話してると今にも唇がつきそうなくらい近いんだもん…

特に今日は本当にキス…しちゃったし…

それに余裕があったベッドもだんだん2人で寝るのにはキツくなって来たのは事実だ。

「ベッド…買い換えないとダメかな…」
「え?なんで?」
「だって…狭いだろ?」
「そう?オレは満足だよ。こうやって耀くんとぎゅう〜〜〜〜ってして寝れるから ♪ ♪」
「………しいな…」
「ね?」
「……うん。」

あんな子供だったのにしいなは最初からオレに安らぎと安心と癒しをくれた……


それから更に半年たってしいなと出会ってから1年が経つと少年だったしいなは…

大人の…成人の男の人になった…

背なんてオレの事をあっという間に追い越してオレよりもずっと高い。

「耀くんチビになった。」
「違うよ!しいなが大きくなったの!!」
「そっか。もうオレ大人なのかな?」
「そうだね…半獣って確か1年で成人になるって……」
「ホント?じゃあこれで川間さんにもっと嬉しい事教えてもらえる!」
「え?何?何の事?」
オレは疑いの眼差しでしいなを問い詰めた。

「前はオレが子供だったから教えられないって言われて…耀くんと幸せになれる事教えてくれるって ♪ 」

「いいからっ!!!!そんなの教えてもらわなくていいからねっっ!!!」

「え?どうしてさ??行ってらっしゃいのキスだって川間さんが教えてくれてオレすごく嬉しかった。」

「…………」

あの日から朝は行ってらっしゃいのキスと帰って来たらお帰りなさいのキスと
おやすみなさいとおはようのキスが増えた。

本当の事を言うとそんな触れるだけの優しいキスはオレも大歓迎で…容認してる…んだけど!!!
これ以上は絶対変な事になりそうだから止めなくちゃ!!!

猫型のせいかしいなは何気に好奇心旺盛なんだ…

「どうしてもだよ!!じゃなきゃもう一緒に寝てあげないからね!!」
「え〜〜!!??どうして??」
「どうしても!!オレの言う事聞けないの?しいな!!」
「……聞くけどさ…何でそんなに怒るの?」
「これもしいなの為だからだよ!!」
「ふ〜〜ん…」

『 H 』 なしいななんてやだもん!!
しいなには今のままで…そんな知識はしいなには必要ない。



「重くない?しいな…」
「大丈夫だよ!オレ力持ちだから。」

前よりも更に狭くなったベッドの中で毎晩腕枕をしてくれるしいなにそう言った。
腕枕をしないとちょっと寝にくいからなんだけど…
前はしいなの首筋に顔をうずめてたオレも今は大きくなったしいなの頬に唇がつきそうな位置で眠ってる…

時々キスしてたりもするんだけど…そんな時しいなはとっても喜ぶ。

「やっぱりベッド買い換えた方がいいね…」
「え?なんで?大丈夫だって…」
「だって横はどうにかなるかもしれないけど縦はキツイだろ?しいな背が伸びたしさ…」
「………それは…」
「今だって足伸ばせないだろ?」
足もオレと絡んで寝てる…
「…でも…広くなったら耀くんとこうやって寝れない…オレそんなのヤダ!!」
「広くなったってこうやって寝ればいいじゃん。ね?」
「だったら今と同じじゃん。これでいいよ。」
「辛くないの?足…」
「大丈夫!こうやって耀くんに絡んで寝れば!」
「ちょっ…しいなくすぐったい!!」
「え?なんで?」
「なんでって……」

しいなを見たらばっちりと視線が合った。
鼻と鼻がくっ付きそうなくらいの位置で…

「しいな……ん…」

しいなが突然オレにキスをした…あいさつと同じキス…触れるだけの…

「 !!!!んぐっ!!!んっんっ!!! 」

って…いきなりしいなの舌が思いっきりオレの口の中に入って来て慌てたっっ!!

「……んっ!!!んんっ!!!!ぷはっ!!!しいなっっ!!!!」

「なに?」
「なっ…なんで?どこでこんなキス???」
「んーー…なんとなく?」
「なっ…何となく???ホントに?」
「うん。耀くん嬉しかった?」
「え?あ…もうびっくりした…しいながこんなキスいきなりするから…心臓がドキドキだよ。」

「どれ?」

「ひゃっ!!」

しいながいきなりパジャマの間からオレの胸に自分の手を置いた。

「ホントだ。ドキドキすごいね。」

にっこりと邪気の無い笑顔……もう…勘弁して!!!


寝る前にひと騒動…

そうだよな…川間さんに教えてもらわなくたって今じゃテレビでも雑誌でも色々知識は入ってくるもん…
いくらオレがそう言うのを遠ざけても…無駄なのかも…

でも…オレは………そんな事無くたって…いいのにな…

しいなの寝顔を見ながら…そんな事を思ってた……



「おかえり!耀くん ♪ 」

大人になったしいなは仕事の終わったオレを迎えに来てくれる。

「ただいま。しいな…んっ!!」

しいながみんなの見てる前でもおかえりのキスをする。
ただでさえ半獣っていうので普通の人より目を惹くのに…注目の的だよ…
でも何度言っても止めてくれない。

段々オレの言う事を聞かなくなってきたのかな?

当たり前の様にしいなが子供の頃から繋いでる手を自然に繋いだ。


「本当に背…伸びたね…しいな…オレ見上げちゃうよ。」

「そうだね。これからはオレが耀くんを守って助けてあげる。」

「え?」
「だってオレ大人だもん!」

そう言ってオレに向かってにっこりと笑う。

「…そっか…そうだよね……」

何だかちょっと……淋しいな……



「ねえ耀くん。」
「ん?」
しいなが作ってくれた夕飯を頬張りながら返事をした。
「オレさ…」
「うん…」
至って真面目な顔だ…どうしたんだろ?

「オレと耀くんの子供が欲しい。」

「ぶっっ!!!」

思いきり食べてたご飯を吹き出した!!!

「!!…げほっ…ゴホッ…」
「大丈夫?耀くん?」

「なっ…いきなりど…どうしたの…?」

また川間さんに何か吹き込まれたの?

「別に…ただいたらいいなぁーって…欲しいなぁーって…」
「…………」

どうして急にそんな事…まさか子供が出来る過程に興味持ったとか?

「段ボールに入って落ちてないかな?」

「え?」

「オレみたいに…」

「は?」

「そしたら今度はオレと耀くんで育ててあげるのにね。」

いつものとびきりの笑顔付きだ。

「しいな…」
「ね!」
「……もし本当にしいなが子供欲しいなら……今すぐじゃないけど…か…考えてあげる…」
「え?本当!耀くん?!」
「うん………だけど本当にまだ先だからね!」
「うん!わかった!でも耀くんなんか顔真っ赤だよ?どうしたの?」
「!!なっ…何でもないよ!!」
「そう?わぁーでも楽しみだな ♪ 」

とっても楽しそうに笑うしいな……
でもオレはあんな事を言ったけど今更ながらちょっと早まったかな?なんて思ってる。

だって…そうなるとしいなにどうやって『あっちのコト』を教えてあげればいいのか
良くわからないし……だからって川間さんには絶対相談したくないし……

今度そう言う半獣用のDVDがないか探してみようかな……

その前に半獣と人間の間で赤ちゃんなんて出来るのかな?そんな事を真剣に考えちゃった。

あ!でもその前に……

「しいな。」
「ん?」

「やっぱりベッド買い換えようね!」

って…しいなに向かってそう言ってた。