02





「耀に何を言った!」

「え?いきなり押しかけて来て何の事?」

次の日の朝耀を大学に送り届けたその足で亨の所に怒鳴り込んだ。
昨日からオレと耀は何とも気まずい雰囲気を続けてる。

「昨日耀の身体からお前の匂いがした。昨日耀に会っただろ?」
「………ああ…会ったよ。だからなに?」
「その時何を言った?」
「別に…ただの世間話だよ。」
「ウソつくな!」
「さっきから一体何?何かあったの?」
「耀が……オレを……」
「お前を?」

「………要らないって言った…」

本当は違う言葉だがオレにはそう聞こえた…

「!!…へえ…契約を解除したいと言い出したのか?」
「しらばっくれんな!お前が耀に何か余計な事言ったんだろ!」
「僕が何か言ったとしてもお前との契約を解除するかどうか決めたのは彼女だろ?」
「だから耀に何を言った!」

自分が変わるのがわかる…込み上げる怒りが抑え切れない…

「何?僕に暴力を振るうつもり?やれるものならやってごらん。」
「………」
「……彼女にはお前がどれだけ貴重な存在か話したよ。彼女はその事を理解したと言う事だろ?」
「理解?」

「もう十分満足しただろ?」

「は?」

「お遊びの時間は終わりだ。」

「な…何言ってる…亨…」
「お前の我が儘は聞いてやったと言ってる。」
「……お前…初めからそのつもりで…?」
「半獣である以上お前には自由がある様で無いに等しい。特に狼の半獣のお前には…ね…」
「………」

「契約を解除するんだ…しいな。お前は特別な存在なんだよ。
僕達にとっても全ての半獣にとってもね…お前にだってわかってたはずだろ?
そう僕に躾られたんだから…忘れたの?」

「!!」


『 お前はこの世の中でたった1つの存在だ…

  お前は特別な存在だからお前の身体は半獣の為に捧げるんだよ…わかった?しいな……』


まるで子守唄の様に毎晩毎晩耳元に囁かれてた言葉……何で今…思い出す…!!





「はあ…」

気分が重い…講義を受けてても何も頭に入ってこない…
しいな…怒るかと思ったのに…何も言ってくれなかった……

苦しい…苦しいよ…しいな…でも……
オレのせいで色んな所に迷惑がかかるなら…オレが諦めれば済む事なら……

「…うっ!!」

急に気分が悪くなってトイレに駆け込んだ。
昨夜からずっと気分が悪い…きっとしいなに申し訳無いって気持ちがあるから……

「…うっ…ヒック…」



また…涙が止まらなくなった…




「………」

お互い無言のまま部屋に戻った。
ほんの数日前までの2人がウソみたいだ…

「耀…」
ビクン!

やだ…名前呼ばれただけでこんなにドキドキする…

「話がある…」
「うん……」


しいなはリビングの窓際にオレはダイニングのイスに座った。

やだな…今にもこの場所がら逃げ出したい…


「1度契約を解除した半獣とは……2度と契約を交わす事は出来ない…
同じ半獣をもう1度飼う事は出来ないって事だ…」

「え?」

しいなが当たり前の様にそんな話をする…
いいの?しいなは…このままオレと契約が終わっても……

「本当に……いいのか?」
「………」

ズルイ…しいな…

「契約を解除しても…」

しいなは?しいなはどうなの?

「……うん…」

でも聞けない…きっと聞いたら……契約を解除出来なくなる……

「耀…何で…」

「ンッ!!」

また気分が悪くなって流しに飛び付いた…

「うえっ…ゲホッ…ゴホッ……」

蛇口を捻って勢い良く流れる水で口をすすぐと大分楽になった…

「…ハァ…ハァ…ごめん…昨日から調子悪くて……」

振り向くとしいながすごく辛そうに…でも…怒った様な顔でオレを見てた…

「………相手誰だ?」

「え?」

いきなりしいなが変な事を言い出す…

「相手は誰だって聞いてる!!」
「だから何?何の事?」

オレは本当にしいなの言ってる意味がわからなくて…


「惚けんなっ!耀の…腹の子供の相手に決まってんだろっっ!!」


「え…?オレのお腹の?ホント何言ってるの?しいな…」

「だから惚けんなっつてんだろっ!今のつわりだろ?オレだってそのくらいわかる!!」

「やだ…そんな事…」
「最近耀の匂いが変わったのは知ってた…
理由は何でだかわからなかったが…こう言う事だったのか……」

最近感じてた…どこかどう違うのか上手く説明出来なかったが…

「つわり?オレに…子供?ウソだ…」
「だから急に契約解除したいって言い出したのか?」
「え…違う!そんな…子供なんてオレ知らない…」

本当に何の事か…

「一体いつの間に…オレだけじゃ物足りなかったか?満足出来なかったのか?
信じらんねぇ…どんだけやりたいんだよ…」
「!!違うっ!オレは他の誰とも…」

信じて…しいな!!

「しかもオレの鼻をごまかすなんて…一体どんな手使った?」
「しいな……」
「ああ…オレがチビ狼の時か?家で留守番だったからな…
オレの目なんて盗みたい放題だもんなっ!!」
「しいな!!」
「いいから相手誰だって!!正直に言えっっ!!」

「ヒドイしいな!オレの事信じてくれないの!!」

「信じろ?冗談だろ?自分の身体が他の男と寝たって証明してんだぞ!!」

「どう言う事!!」

「ああ…教えてやるよ……人間と半獣の間じゃな…繁殖は不可能なんだよ!
だからオレと耀の間でガキが出来るなんて可能性0なんだよっ!100%ありえないっ!!
だからお前がどんなにその口で他の男と寝てないっつってもな…
お前のその身体が何よりの証拠なんだよっ!!」

「……ウソ…」

しいなとオレとじゃ子供は…出来…ない?

「やっと認めたか…言え!相手は誰だっ!!」

ビクン!!

バリンッ!!とベランダに続く窓ガラスにしいなが握り締めた拳を思いきり叩きつけたから
しいなの拳を中心に無数のヒビが入った。



「はぁはぁ…言え……」

すごく怒ってるしいなが恐くて…涙が込み上げる…身体もガクガクと振るえ出した…

「……言わない…」

本当はそんな相手なんていないけど…
今のしいなはオレの言葉なんて信じてくれないから…もう…どうだっていい…

「…ああ…そうかよ…そんなにその男が大事か…」
「…うん…」

大事だよ…しいな…しいなの事が…すごく大事……

「…出てけ………今すぐここから出てけっっ!!」

「!!!」

しいなの言葉がオレの身体に突き刺さる…しいなに…嫌われたんだ…オレ…

「……うっ……」

オレは後から後から溢れる涙を抑え切れなくて一生懸命掌で拭いながらリビングを出た…
玄関までこんなに遠かったっけ?オレは何とも頼りない足取りで歩いた…

「耀!!」
「………」

呼ばれて力無く振り向いたオレにしいなが最後の言葉を言った…


「お前との契約を……解除する……」





パタンと玄関のドアが閉まる音がした…

「……くっ………あああああああっっっっ!!!」

ブチ切れて辺り構わず触れる物触れる物手当たり次第に引っつかんで投げた。
触れる物触れる物手当たり次第殴り付けた。



「はぁ…はぁ…はぁ…」

どのくらい経ったのか…流石に息が上がって動くのを止めた…

「………」

痺れる右手を見ると…いつの間に切ったのか手の甲がパックリ割れて
そこからポタポタと血が滴り落ちてた……

「………耀………」

搾り出す様に耀の名前を呼んだ……
返事をする本人はもうここにはいないのに……


「……何でなんだ……」



オレはいくら考えても考えても答えの出ない問い掛けを

いつまでもいつまでも自分に問い掛けてた……