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「しいな何処に行くの?」


亨の所からの帰り道…耀の体調が良いって言うからちょっと寄り道だ。
あの後その場で色んな書類にサインしてあっという間にオレと耀は『夫婦』になった。

まさかこんな契約を交わすなんて…思ってもみなかった…

数日の間には用意された新しい部屋に引っ越す事にもなる。




しばらく2人で街を歩いてとある場所に辿り着く。


「あれ…ここ…」

耀が目の前のアパートを見上げて不思議そうな声を出す。

「覚えてるか?」
「うん…ここ…前住んでたアパート…」

目の前にはオレがしいなと出会う前に住んでたアパートがある…もう大分前の事だ…

「え?何で?どうしてしいなここの事知ってるの?」

オレはここのアパートの事なんてしいなに話した事なんて無い筈…



「……ここに住んでた頃仔犬拾って連れて帰ったの覚えてないか?」

「え?仔犬?」

「雨に濡れて震えてた仔犬を連れて帰って…面倒見て…
耀はその仔犬を飼ってくれるって言ってたのに…次の日にいなくなってた…」

「!!!ああ!!あの仔犬?そう…次の日の朝目が覚めたらいなかったんだよね…
玄関の鍵は閉まってたのに…キッチンの窓から逃げちゃったみたいなんだけど…
そんなにオレに飼われるの嫌だったのかなぁ…って落ち込んだんだよね。
…ん?ってどうしてしいながそんな事知ってるの?」

そうだよね?オレがその仔犬を飼おうとしてたのまで知ってるなんて…??

「その仔犬どんな仔犬だった?」

不思議がってるオレにしいなが更に聞いてくる。

「え?どんな?……えっと……黒くて…フカフカで…………えっ!?まさか!!??」

思わずしいなを見上げちゃった!!!

「そう…オレだよ。」

「 !!!! え え ーーーーー っっ!!! う そ っ !!!」

オレはもうビックリ!!!心臓がバクバクっ!!!
でも言われてみれば今の仔狼しいなにそっくりだった!!!

「まだガキの頃で…何度目かの新月の時だった。研究所が嫌で飛び出して…
そしたら雨に降られて動けなくなって……その時耀がオレを拾ってくれた。」

「なっなっなっ…何で何にも言わなかったの?あの時も喋れただろ?」
「喋れるわけないだろう…驚かせると思ったし…へたすりゃ気味悪がられる。」
「だから…オレに黙って出て行ったの?」
「ああ…いつ人型に戻るか分らないし…
結局その時オレはまだ研究所の外では生きて行けなかったからな。」

「………うそ…何だか信じられない……」

オレは自分の顔を両手で押さえたままブツブツと呟いてる…
そう…覚えてる…あの日の事は…

次の日目が覚めて仔犬がいなくて…とっても悲しかった…


「その後やっと此処を探し当てて訪ねた時はもう耀はいなかった…」

「え?」

「だからもう会えないと思って諦めてたら…亨の大学で耀を見つけて…」

「…え?しい…な?」

「亨に言って耀を飼い主にしてもらった。」

「 !!! 」

…と言う事は…?

「しいな…初めからオレを知ってて…それで飼い主に?」
「そうだ。オレはお前に飼われる為に自分から耀を飼い主に選んだ。」

「……うそ……」

なんて言ったらいいんだろう…
しいなは…最初からオレを選んでくれてたんだ……
オレに…飼われる為にオレの所に来てくれた…

真鍋教授に選ばれたからじゃ無くて…しいながオレを選んでくれてた…


「……!!!耀!?」
「……うっ……」

いきなり耀が泣き出すからオレは焦る!!!

「???何で泣くんだよ?黙って出て行ったのがそんなに嫌だったのか???」

オレはそれしか理由が分らない????

「……ち…がう…うっく…」
「じゃ…じゃあ何だ???何で泣く??」

しいながとっても焦ってる。

「嬉しくて…うれし泣き!」

「はあ??うれし泣き??なんで?」

「くすっ…」
「あ!何だ?何でそこで笑うんだよ?」
「教えない!この事はオレの胸の中に大事に仕舞っておくの。」
「はあ?訳わかんねぇ???オレが一体何したって言うんだよ???」
「いいじゃない…とっても良い事したんだから。」
「耀にか?」
「うん。」

「この前の……ヒドイ事したのがチャラになるくらいか?」

しいな結構あの事気にしてるんだよね………優しいんだから…

「うん。チャラになるくらいの嬉しい事だよ。」
「ホントか?」
「うん。」
「ならいいか…わかんなくても。」
しいながすごくホッとした顔してる。
「しいな…」
「ん?」

「ありがとう。オレを此処に連れて来てくれて…それにオレに昔の事話してくれて…」

「……なんか…照れるからもうこの話は終わりだ!!」



「………」


2人でしばらくアパートを見上げてた…

しいなの中ではもうあの時から…オレとの事は始まってたんだね…

オレが気付かなかっただけ……



「帰るぞ。」
「うん…あ…でもしいな…」
「?」
「何でそのときの事話そうと思ったの?」

「別に今思ったわけじゃ無い…前から話そうとは思ってた…タイミングが掴めなかっただけだ。」

「そうなんだ…」

なんだ…もっと早く話してくれればしいなと契約を解除しようなんて思わなかったのに…

「何だ?なんか不満そうな顔してるぞ?」
「別にそんな事無いけどさ…」
「けど?」

「もう少し素直になってくれたらいいのになぁーって…」

「は!?素直だろ?オレは!」
「何処が?自分が思ってる事ズバズバ言うのは素直って言うんじゃないんだよ。」
「??言ってる意味がわかんねぇ???」

オレ様しいなにはそれを理解するには難しいのかな???

「しいな…」
「なんだ?」

「ここで…キスして…」

「!!…耀?」

「しいなと…初めて一緒に過ごしたこの場所で…」

「…ああ…………ちゅっ…」

「……ん…」



しいなは何の迷いも無くそっと優しいキスをしてくれた……

          …あの時を想い出す様に…とっても長いキス……


    

   オレはしいなとまた……此処から始めるためのキス…





「しいな…オレを選んでくれてありがとう…しいなの飼い主になれて良かった。」

「世間的にはだけどな。今度は堂々とオレが耀の飼い主だ!」

「!?飼い主じゃないよ!!旦那さん!!夫!伴侶!!」

「飼い主とどう違う?オレの言う事聞くんだろ?」

「聞くって言うか…まあ今までとそんなに変わらないけど…でも飼い主じゃないの!!」

「?耀がオレの言う事聞くんだろ?同じじゃないか??」

「違うってばっっ!!!」




何度説明してもしいなは納得しない…

もう…しいなってば…本当に俺様で…わがままなんだから…