01

     * しいなは新月になると仔狼姿になります。人型に戻るのはいつになるか本人にも不明。





「無いね…」
「無いな…」
『無い…』

オレと亨とトウマ男3人保育器を覗き込んでのセリフだ。



ほんの数時間前に産まれたオレと耀の子供…

世界にたった1人…半獣と人間のハーフ…

ちょっと触ったら壊れそうなほど小さな身体…なのに泣く声はとんでもなく大きい。



「こっから出れないの?どっか悪いの?」

トウマが亨に向かって質問攻めだ。

「念のためだよ。身体はどこにも異常無しだし至って健康。」
「しかし何だな…」
『何だ?』

トウマが呆れた眼差しでオレを見る。

「何でこんな大事な時に仔狼姿になるかなぁ…」

『うるさい!オレだって好きでこの姿になったわけじゃ無いっっ!新月なんだから仕方ないだろ!』


何でこんなタイミングで新月になるんだか…

人間の妊娠よりも少し早く成長した赤ん坊は耀の身体に負担を掛けた。

身体には異常はないのに耀の身体が赤ん坊の成長についていけなくて
1日のほとんどを寝て過ごす様になった…

起きてる時はトイレと食事くらいで食事の量は半端無いくらい食べてた。そして寝る…

最後の1ヶ月はそんなのの繰り返しで大事をとって研究所の中にある医療部門での入院になった。

オレはずっと付きっきりで耀の傍にいた。
眠ってる耀の頬を撫でて…手を握って…何度も何度も眠ってる耀にキスをした。

いくら命には別状無いって言われてもずっと眠り続ける耀を見てると不安になるし
半獣の赤ん坊を人間が妊娠するなんて初めての事で何が起こっても不思議じゃない…

だからもし2人に…耀と腹の子にもしもの事があったら……

オレは…ずっとそんな不安がまとわり付いていた…

人間の妊娠期間は十月十日だと聞かされた…
耀の妊娠期間はその半分ほどの半年くらいだった…

たった1年で成人になる半獣の影響が早くも出たのではと亨達研究者は興味津々な眼差しだった。


「人の耳元で怒鳴るなよ…」
『仕方ないだろ!お前の背中に乗らなきゃ中が見えないんだから!』
「?真鍋?」
『ん?』

亨が保育器を見つめながら薄笑いを浮かべてる。

「楽しみだ…」
「は?」
『おい…その変な視線やめろ!』

とんでも無くヤな感じだ…

「育つのがか?」
「それもあるが初めての半獣と人間のハーフが男なんて…」
「真鍋は女嫌いだもんな…」
「同じ泣き声も男の赤ん坊と思うだけでこんなにも心地いいものなのか…
ああ…早く成長して欲しいよ…しいなに似るだろうか…いやきっと似るはず!」

『黙れ亨!お前が言うと怖いしオレの赤ん坊が汚された気がする。』

「早速親バカ発揮?お前の方のデータも新しいものが取れそうだね。フフ…」

『黙れ外道!』

「褒め言葉ありがとう。」
『褒めて無い!!!』
「お!起きたぞ!」

トウマの声で3人とも赤ん坊にくぎづけだ。

「へえ…ちっちゃくて可愛いなぁ…」

何でだかトウマはデレデレだ。

「でも無いね。」

『うっ…!!』

亨がまたさっきの言葉を繰り返す。
オレは唸るしか無い…

「うーん…人間の遺伝子の方が強いのか?繁殖力も弱いせいか?」
「しいなだからじゃね?性格悪いからきっと耀に似たんだ。」
『バカ犬黙れ!確率は半々だろうが…』

そう…生まれて来た子供には半獣の耳が無い…普通の人間の耳があるだけだ…

「尻尾も無いしね…」

亨は子供が生まれた瞬間からそればっかりだ…相当ショックだったらしい。




『…耀』

オレは1人病室に戻った…亨とトウマはまだ赤ん坊を見てる。

「…くう」

耀はずっと眠ったままだ…
耀の寝てるベッドに飛び乗って耀の頬にキスをした。

『耀…早く目を覚ませ…せっかくオレが仔狼姿なんだぞ…抱きたくないのかよ…ちゅっ』

まだ今回の新月で耀はオレを抱いていない…赤ん坊を産んだ後死んだ様に眠ってる…

亨が言うには身体のどこにも異常は見当たらないから
ただ単に疲労が溜まってるんだろうって事だ。

『…耀』

オレは耀の腕に頭を乗せて一緒に横になる。
じっと目の前の眠ってる耀を見つめてた…目を覚ませ…耀……

心の中でずっと呟いてた……




「……ん…」

『 !!! 』

「…あ…あれ?ここ………」
『気が付いたか?』
「しい……な……?オレ……あっ!赤ちゃん…赤ちゃんは!!」
『心配するな…ちゃんといる。ただ念の為に保育器にしばらく入ってるらしい。』
「保育…器…?え?何で?どこか悪いの?」
『至って健康だってよ。だから念の為だって言ってんだろ!』
「本当?」
『本当だ。オレの言葉が信じられないのか?』

「……そっか……わかった……しいながそう言うなら…」

『………』


耀がやっと落ち着いた。
赤ん坊が産まれる前から耀は心のどこかで赤ん坊を取り上げられるんじゃ
ないかって心配してたから…案の定慌てまくってた…


「しいなはもう赤ちゃんに会ったの?」
『ガラス越しだけどな…あいつ等結構慎重で直接はまだ会ってない。
ったく…オレは父親だっての!!』
「ふふ…しいなってば…そっか!…しいなパパなんだね ♪ 」
「はあ?誰がパパなんて呼ばせるかっ!『お父様』だろ!いや…『父上』?」
「くすっ!!やだ…変だよ…いいじゃんお父さんで?それに話せる様になるなんてずっと先だろ?」
『さあ…わからないぞ…半獣は1年で成人する…もしそうなら数ヶ月で歩くし話せる。』

「……そっか…そうだよね…『人』でもないんだもんね…『半獣』でも…」

耀が小さな声でそう言った。

『違うだろ!耀!!』

「え?」

『人でもあって半獣でもあるんだよ!
オレの子供は半獣と人間の中でたった1人の…貴重な人物なんだよ!』

「…しいな…」

『だから恥じる事なんて何も無い!むしろ自慢して優越感に浸る事だ!!』

「……そうだね…そうだよね。」

『しかもオレは半獣の中でたった1人の狼の半獣で耀は人間の中でたった1人半獣の子供を
産んだ女なんだからな!家族で優越感浸りまくりだ!!!』

しいながいつもの様にオレ様な態度と自信満々の態度でそう言い切った!

オレは心のどこかで産まれて来る子は普通の子供と違って…
肩身が狭いのかと思ってたけど…

しいなのそんな態度と言葉で普通と違う事を胸を張って良い事なんだって…思う事が出来た…

「あ!しいなが仔狼姿になってる!!」
『はあ?何だよ…今頃気が付いたのか?鈍感だな!』
「仕方ないだろ。何だか頭も身体もボーっとなってて変な感じなんだから。」
『何だよ…身体変な所があんのか?』
「ちょっとダルくて眠いだけだよ…気分も良いし…いたい所も無いし…大丈夫。」
『まだ眠いのか?』
「うん…気を許すと寝ちゃいそう…でもお腹空いた…何か食べたい…」
『くっ…くっくっ…あはははは!!!ったくお前は…』
「何?何だよ…そんなに笑わなくても良いだろ!!!もう…」
『悪い…でも…安心した。』
「しいな……来て…」

耀が上半身を起こして両手を広げてオレを呼ぶ。
オレは黙って耀の腕に中に自分から進んで入る…

「しいな……」

耀がオレをぎゅう〜っと抱きしめた。

『苦しいって…オレの事愛してんのはわかるけどな…絞め殺す気か?』
「だって……会いたかったんだもん…しいなにも…狼の姿のしいなにも…だから嬉しくて……」

耀がオレを抱きしめて…スリスリと頬擦りを繰り返す。

「産まれたね…しいなとオレの赤ちゃん…無事に…産まれた……」
『ああ…元気な男だった…』
「そう…やっぱり男の子だったんだ…皆の言う通りだったね。」
『ったく…産まれて来るまでの楽しみだってのに…あいつ等は…』

そう…オレは産まれて来るまで知らなくても良かったのに…
しっかりと調べたあいつ等がポロリとオレ達に腹の中の赤ん坊は男だと喋りやがった!!

「名前…考えなくちゃね…先に考えておけば良かったね。」
『いいんだよ。本人の顔を見て決めれば。』
「そっか…そうだね…ふふ…しいな…」
『ん?』

「オレ……今すごく嬉しい……」

『オレだってどんなに嬉しいか耀にはわからないくらい嬉しいんだぞ!』


オレとしいなはしばらくの間そんな話をして……これからの事を話し合った。