05





「ちゃんと準備出来た?」

朝一の企画会議が終わった後会議室から出ようとするオレに米澤が呼び止めた。

「一応準備はして置いて来たけどな。」
「そう?ならあの子今の所頭良さそうだから大丈夫ね。」
「大丈夫ねって…お前なんでそんなにアイツの事わかるわけ?」
「言ったでしょ?私は猫が好きなのって ♪」
「そう言う問題か?」
「まあしばらくは私も色々フォローするから1日も早く慣れなさいよ。」
「だから今日昨日の場所に………それって軽蔑の眼差し?」
「あら?わかったの?鈍感だから気付かないと思ったわ。」
「飼い主がいるかもしれないだろ?」
「じゃあ飼い主が現れなかったら?あなたどうするつもりなの?そのまま放置?
それとも飼い主が現れるまでその場でずっと見張ってるの?」
「それは…」
「それが無責任じゃなくてなんなのよ!だったら最初から連れて来なけりゃいいのよ!」
「離れなかったんだから仕方ないだろ!!」
「結局風間君も冷たく突き放せなかったって事でしょう?だから運命だってば!
動物とだって運命的な出会いはあるのよ!」
「なら米澤が飼えば良いだろ?そこまで言うならオレはお前が飼った方がいいと思うけど?」
「色々事情があってねぇ〜1匹の子に構っちゃいけないのよ〜」
「は?」
なんだそりゃ??
「とにかく!今日は早く帰ってあげなさいよ!」
「どうかな?休み明けだから忙しいだろ…」

なんて言ってたのに…
珍しく休み明けだというのに定時に帰れた…そんなの何日振りだ??


「猫?」

玄関で靴を脱ぎながら猫を呼んだが返事が無い。
今までのアイツの行動からして呼べば返事をすると思ったから…それに…

「何だよ…お出迎えなしかよ……」

なんてゴチてる自分がいて……何なんだ…



「あ…」

黒のレザーのソファだから真っ白なアイツは直ぐにわかる…
丸まってぐっすりと眠ってる。

「何だ寝てるのか…」

静かにクローゼットの扉を開けて背広を脱いで掛ける…
朝準備してったものを見るとトイレは使った痕跡があったし飲み物も減ってた。

メシは綺麗に無くなってた…

「………さて…落ち着く前にコイツを昨日の場所に返しに行くか…」

───  無責任 ───

米澤の言葉が頭の中で木霊する……いやいや…流されちゃいけない…

きっとこんなに人や人の生活に慣れてるんだから絶対飼い主がいるはずだ…

「猫…起きろ…」

寝てる頭を指先で優しく撫でたらピクリとなってゆっくりと顔だけオレを見上げる。

「行くぞ。」
「………」

まだ寝ぼけ眼の猫を抱き上げて玄関に向かう。
ヘルメットを掴んで玄関のドアを閉める時…視界の片隅に猫の餌やトイレが入ったが…

オレはあえてそれは見なかった事にして玄関の扉を閉めた。



昨夜と同じ様に肩に猫を乗せてゆっくりとバイクを走らせる…

昨夜と同じ…肩の上の猫はオレの首にピッタリと密着して大人しくしてた…

今からどうなるかわかってるんだろうか…


「確かこの辺りだよな…」

暗かったからピッタリと同じ場所とは行かないだろうがそんなにズレてはいないはず…

「さて…猫下りろ。」
「ナァ……」
「自分の家に帰れ。」

「…………」
「…………」

1人と1匹で見つめ合うこと数十秒……

「ほら…行けよ…」
「ナァ…」
「……ったく…仕方ないな…」

オレは猫を抱き上げてそこからちょっと歩いた住宅街を一軒一軒訊ね廻った。



「はあ〜〜〜マジ疲れた…」

あれから1時間近く廻っただろうか…公園で遊んでる子供に聞いても知らないと言われ…
マンションを訊ねてもペット不可も多くて空振りに終わる…
住宅街も殆どが全滅でしかもこの猫を見掛けた事も無いと言われ…

「お前の飼い主どこだよ…」
「ナァ〜〜」

そう鳴いてオレの鼻の頭に手を置く…

「ってオレじゃないから!」

もう暗くなって来た…

「悪いけど…オレはお前の事飼う気はないからな…だから…ここでお別れだ…
一応最善は尽くした。あんなに探して飼い主がいないなんてこれはお前にしか
飼い主はわからないらしいから…自分の家…帰れるだろ?」

「…………」

キョトンとした顔でオレを見つめてる…頼むからそんな目でオレを見ないでくれ…

「きっとお前なら飼い主見つけ出せるよ…それかお前を可愛がってくれる飼い主見つかるって…」

オレ以外のな…

無言でバイクにまたがった…
ヘルメットを被ってエンジンを掛けるために差し込んだキーに手を掛ける…

そのまましばらく動けなかった…

足元でオレに飛び乗ろうと猫が態勢を変えた時…

「だめだ!!来るなっ!!」

ビクンとなって動きが止まる。

「もうさよならだ…猫…最初に言ってあっただろ?一晩だけだって…じゃあな…」

ドルンとエンジンが掛かってオレはもう一度チラリと猫に視線を送る…
そしてそのままアクセルを廻して走り出した。


「ニャアーニャアーーーーー」

猫の鳴き声が微かに聞こえてたけどエンジンの音とヘルメットのせいで
すぐに聞こえなくなった…

ふと見たミラーにずっとオレを追い掛ける猫の姿が写ってたけど…
オレはそれも振り切ってバイクをひたすら走らせた。


とにかくバイクを駐車場に停めて手っ取り早くカバーを被せる。
乱暴に玄関のドアを開けて駆け込む様に部屋に滑り込んだ。

心臓がバクバクと激しく波打つ…同じくらいに罪悪感がオレの胸を締め付ける…

「……たかが猫じゃないか…なにやってんだオレ…」

そうだよ…しばらくすれば猫の事も忘れる…
猫だってちゃんと猫の生活があってオレの事なんて忘れて生きていくだろう…

人間なんかよりも逞しく生きて行きそうだし…

そう…オレだって直ぐにもとの生活に戻る……

「…………」

そんな事を思いながら部屋に入るとあちこちに猫のいた形跡が残ってて…

「一晩って言ったのに…米澤の奴…どうすんだよ…この猫グッズ…」

でもオレは片付ける気にもなれず…ソファにドッサリと座り込んだ。

「……………」

24時間も一緒にいなかったのに……何だこの胸の中のポッカリと空いた感じ…

確かに相性は良かった気がする…

米澤は動物とだって運命の出会いはあるって言ってた…

オイオイ…いくら彼女がいないからっていきなり動物が運命の相手かよ…
それって悲しすぎるだろ…オレ……

「はあ………猫…今頃どうしてんだ……ってあれから20分しか経ってないって…」

あのまま走り続けて無いよな……まさか飛び出して車に轢かれたりしてないだろうな…

オレの頭の中は一瞬でそんな不安で埋まり始める…

「 ………… 」

「ん?」

今…猫の鳴き声が…アイツの鳴き声じゃなかったか?

ってまさかな…

「……ニャ………」

「 !!! 」

聞えた!!

オレは慌ててベランダに飛び出して下に視線を落とす。

「ニャ〜〜」

「猫!?」

真っ白で…一目でわかった!!
何だよ…バイクの後を追い駆けて来たのか?ウソだろ…まさかここがわかっ…

「なっ!!」

「ニャッ!!」

猫の後からどう見ても猫よりも一回りも大きなこ汚い野良猫が
今にも猫に飛びかかろうとしてる!!!

「猫!逃げろ!!」

オレは靴も履ききらないうちに玄関を飛び出して階段を駆け下りた。
エレベーターを待ってるより早い。



「猫!!」

「フニャッ!!ニャーーーニャーー!!」

見れば植え込みの下で2匹が絡み合ってる!
しかも野良猫の態勢は…どう見ても交尾目的!!!!!

「猫から離れろ!!このエロ猫っ!!!」

「ニャッ!!!」

流石野良猫!狙って蹴り上げたオレの足を余裕で避けてちょっと後でじっとオレを睨む。

「猫!来い!!」
「ニャア〜〜〜!!」

差し出した両腕に猫はジャンプしてオレの腕と胸の中に飛び込んで来た。
ガタガタ震える猫をオレはしっかりと抱きしめる。

「あっちに行け!2度と猫に手出すな!次やったら保健所行きだぞ!!」

オレはオスの野良猫を睨みつけた。

しばらくそんな睨み合いが続いて野良猫はフン!と鼻を鳴らしてその場から離れて行った。


爪を立ててオレの服にしがみ付いて離れない猫を抱いて…オレは自分の部屋に戻った。