04
「希愛早くおいでそんなんじゃ夜になる」
「ごめんなさい聖くん。今行くね」
１年の教室の入口の前でもたもたと帰り支度をしてる希愛に声を掛ける。
あれから６年……僕と希愛は高校３年と１年になった…
僕と希愛は特別な関係だ。
祖父同士が決めた許婚で希愛が大学を卒業と同時に結婚する事も決まってる。
その事はごく一部の者しか知らないけれど…
「じゃあこのプリントをちゃんと組んで端をホチキスで留めて」
ドサリと希愛の座る目の前の机の上に数種類のプリントを置く。
「うん」
「とりあえず終わったら声掛けて」
「は〜い」
「サッサとやらないと終わらないよ。希愛はトロイんだから！」
「わかってるよ聖くん！頑張るから！」
小さな希愛……高校生になったのに身長が１５０ちょっとしかない。
でも柔らかなこげ茶色の髪の毛にどこもかしかも可愛い造りの顔……
何より何をやるにも一生懸命取り組んでる姿が可愛い……
でも僕がそんな事を考えてるなんて希愛には内緒だ。
「顔…緩んでるよ。会長様 ♪」
「！！」
いきなり耳元に囁かれてビクリとなる。
「真樹…いつからそこに？」
高校の生徒会室にしては幾分豪華な部屋の中に
いつの間にか僕と希愛の共通の友人の「津田沼 真樹」 がいた。
「さっきね。」
「気配殺して入って来るな」
「別に普通に入って来たよ。誰かさんは一点集中してて気付かなかっただけだろ？」
「そんな事はないよ」
「はいはい」
「…………」
その 「何もかも知ってます」 みたいな返事はちょっと気に入らないが……
「希愛ちゃんお疲れ」
「あ！真樹ちゃん。こんにちは」
「ホント希愛ちゃんも相変わらずだね？集中すると周りが見えなくなるんだから」
「そうかな？」
「だってオレが来たの気付かなかったでしょ？」
「あ！そうか！」
「ごめんね。生徒会の仕事手伝ってもらっちゃって…」
「ううん。楽しいよ真樹ちゃん」
「ほら口を動かしてないでちゃんと手を動かせ」
「あ…ごめんなさい」
「まったく…相変わらず意地悪だね〜聖は……」
「別に普通だろ？いつもと同じだ」
「もっと優しい言い方出来ないの？」
「だから僕と希愛の間ではこれが普通だっていうんだ。余計な事は言うな」
「この意地悪聖の言う事ホント？希愛ちゃん？なんなら僕から宝仙家に抗議でも入れようか？」
「希愛の邪魔をしないで欲しいんだけど？真樹」
「はいはい…手伝ってもダメ？」
「希愛を甘やかすな」
いつもの真樹のセリフに僕もまたいつもと同じセリフを言う。
「へ〜〜〜」
「なんだよ？」
真樹がニヤニヤと面白そうな顔で僕を見る。
「自分の特権だから？」
「わかってるなら聞かなくてもいいだろう」
「ぷぷ！！マジ笑えるよ」
「うるさいよ」
変にわかってる真樹相手だと調子が狂う。
それからは各自黙々と仕事をこなした。
僕はこの学園の生徒会長で真樹は副会長。
希愛は……ただの手伝いだ。
僕が有無も言わさずつき合わせてる。
「はあ〜終わったね」
「ああ…各クラブの本年度の予算案だからね…何クラブか訂正が必要な箇所もあったから
明日そのクラブの部長を呼んで予算の建て直しをしないと…」
「じゃあ今日はこのくらいかな？希愛ちゃんは終わった？」
「うん。何とか……」
「じゃあ希愛何か飲み物を買って来てくれないか？」
「は〜い ♪ 」
「オレが行くよ」
「真樹はいい。希愛行って来て」
「はい。いつものでいいの？」
「ああ」
「じゃあ行ってきます」
そう言うと希愛が生徒会室のドアを出て行った。
「もう…わざわざ希愛ちゃんに行かせる事ないだろう」
希愛が出て行った後閉じられたドアを見てた真樹が振り向きながら納得のいかない顔をする。
「なぜ？」
「なんでって…」
「相変わらず心配性だな…真樹は…」
ちょっと眉を寄せて怪訝な顔を僕に向ける。
まあ真樹の言いたい事はわかってるんだけど……
「オレだって希愛ちゃんが大事なんだからな！！親戚じゃなかったら……」
「真樹…」
「ん？」
「それ以上言ったら……わかってるよね？」
「はははーーー！！だからオレだって大事なんだってば」
僕にその手の冗談は通じない。
「ふふ…いい根性だね真樹」
「うち妹いないだろ？だから余計……な…」
「なら一生その気持ち持ち続けろ」
「当たり前だろ！見くびるな！！ふん！」
僕と真樹との間での希愛の話題はそうそう緊迫したものにはならない。
お互いどんなふうに希愛の事を思ってるかわかってるから。
だから男２人でそんな事を話して微笑んだ。
「っと…聖くんは微糖のコーヒーで……真樹ちゃんは炭酸で……
私は…ん〜〜今日は何にしようかな？」
生徒会室から中廊下を歩いて隣の校舎の２階の休憩コーナーに自動販売機が置いてある。
休み時間や昼食の時は結構混んでるけどさすがに放課後のこの時間じゃ誰もいない。
３本飲み物を買って両腕の中に抱き込む形で持つ事にした。
落とさない様に注意しないと……私普通の人よりドジだから…
中学に入る頃から自分の事は 「私」 と言うように聖くんに言われたから
何とか直してちゃんと言える様になった。
でも家では時々自分の事名前で呼んじゃうけど……
『希愛も僕の通ってる高校においで』
中学３年になった時聖くんに言われて頑張って勉強して同じ高校に入る事が出来た。
ここは有名な進学校で…尚且つお坊ちゃまお嬢様学校……
ここに通うにはそれなりの家柄じゃないと通えないのよね…
家柄と頭脳と……私には一杯一杯のところだったけど何とか頑張って合格した。
まあ聖くんと真樹ちゃんのお蔭と言っても過言じゃない。
あれは飴と鞭状態……スパルタな聖くんと優しい真樹ちゃん……
本当に無事に入学できて良かった〜〜 ♪
だって……いつでも聖くんに会えるから……
小学校も中学校も別々だったからとっても嬉しいな〜〜
「あら？またご機嫌取りですの？」
「！！」
もう残ってる人はいないと思ってたのに…話し掛けられてビックリした。
「永峰さん……」
２年の 「永峰 藤乃 (nagamine fujino)」 さん……
見た目も頭脳も運動神経も私とは比べ物にならないくらい秀でてる人で学園のマドンナ的存在。
でも…彼女は聖くんの事が好きなんだって……
それは学校中の噂で…私が入学して聖くんと付き合ってるとわかると何かと言って来るようになった。
何かとは……どうして私なんかが聖くんみたいな御曹司と付き合えるのかとか…
身の程知らずとか……どうやって取り入ったのかとにかくあまりいい気分じゃなくなる事を言って来る。
最初はこんな素敵な人がそんな事言ってくるなんてビックリで……
でも周りの人も彼女が言ってることの方が正しいと思ってるみたいで…
皆には聖くんと私のお祖父様の事は内緒だから…
聖くんにもその辺の事を大っぴらにするなと言われてるから…
でもそれを皆に言えば一番納得してくれると思うんだけど……どうしてだか聖くんはそれを許さない。
でも私はそんなのどうでも良くて…
色々言われるのは嫌だけど…聖くんは私の他に誰も好きになったりしないって約束してくれたから…
私はそれを信じてるから……
あの時の約束を私は信じてる……
「ごめんなさい…あの…飲み物待ってるので…」
そう言って頭をペコリと下げて早々にその場所を離れようと彼女に背を向けた。
「わたくし知ってますのよ。あなたと聖さんの関係」
「え？」
知ってるって？何を？
「あなたのその足…聖さんと出掛けた時に事故にあったそうじゃありませんか」
「……はい…子供の頃ですけど…」
私はちょっと左足を擦るように後ろに下がる。
「きっと聖さんはその責任を感じてあなたとお付き合いしてるだけですわ」
「…………」
「悪いのは運転を誤った運転手ですのに……
心のお優しい聖さんは責任を感じてあなたとお付き合いなさってるんですのよ！
いい加減その事にお気づきになりませんの？」
「………そんな事……無いと思ってます……」
そんな大きくもない声で私は言い返す。
「まあ？そりゃそうですわよね？お認めになったらいくら図太いあなたでも
聖さんとお付き合いなんて出来ないでしょうから？」
「…………」
「でもいずれ聖さんは宝仙グループを背負って立たれる方ですのよ！
それなりに容姿も重視されるのではないかしら？
普通に歩けないようではね…聖さんも何かと不自由なさるんじゃないかしら？」
「！！」
彼女が言おうとする事が私にはわかってる。
私はあの事故のせいで左足が普通の人よりも動かなくなった。
だから歩く時や階段を上る時ちょっと左足を庇うような歩き方になる。
でもそのことで聖くんに何か言われたことなんてない。
だって聖くんの目の前で事故に遭ったんですもん……
私がどんな怪我をしたかも知ってる。
「そこまでにしといたら？永峰のお嬢様」
「誰です？」
「学園のマドンナなんて言われてるお方が陰じゃ新入生の女の子をネチネチ虐めてるなんてさ〜
なんだかガッカリなんだけど？」
休憩コーナーの入り口近くに男子生徒が片手をズボンのポケットに入れて首を傾けながら
私達２人に向かって立ってた。
「そ…そんな…虐めてたわけじゃありませんわ。わたくしはただこの方に忠告を……」
「それって余計なお世話なんじゃないんですかね〜？大体言う相手間違ってるでしょ？」
言いながら両手をズボンのポケットに入れてこっちに近付いてくる。
「………」
「今の文句はその 「聖さん」 に言うべき事なんじゃないの？ああ？言えないのか？
だから言い易い言い返しもしない彼女を責めてるんだっけ？」
「……し…失礼な！わたくし気分を害しましたわ。失礼します！！」
本当に気分が悪そうに口元をハンカチで隠して永峰さんはサッサと歩き出して彼の横を通り過ぎる。
「そう言う時は帰った方がいいよね〜サヨナラ〜」
彼は面白そうに肩越しに永峰さんを振り返った。
「あ…あの…ありがとうございました」
「どう致しまして。ああ言うのを内面ブスって言うんだろうね〜見た目が良いだけに残念だよね」
「………」
私はちょっとだけ微笑んで頭を下げると歩き出した。
彼は聖くんと同じ３年の 『丹下 良成(tange yosinari)』 さん。
入学してすぐに私の周りに現れるようになり何かと話しかけてきてからかうようにチョッカイを出す。
誰とでも気軽に話せる社交的な性格……
と言えば聞えはいいけど私にはただ軽い感じの男の人としか思えない……
聖くんはあんまりいい顔をしてない……私もちょっと困ってるのは確かで……
変な事をされたとかいうことも無いから強く拒絶もできていない。
でも彼が私にかまうと聖くんの機嫌が悪くなるからできれば放っておいてほしいのに……
最近では聖くんとは別れて自分と付き合ってほしいなんて言ってくるし……
本当に困る……だから段々と彼に警戒する自分がいる……
しかも今は放課後で周りには誰もいない……
怖い人とかではないんだけど変に女の子に慣れてて私にも馴れ馴れしくしてくるから困ってしまう。
だって……聖くんに見られたらどんなこと言われるか……
今だって 『隙見せるな』 ってクギを刺されてるし……だから私は彼とは距離をとる。
「あ！希愛ちゃんそんなそそくさ行く事ないじゃん ♪ 」
「！」
そんな私の行動なんてまったく気にしない彼が楽しそうに言って……
私の進行方向に立ち塞がった。