04





「惇哉ク〜ン♪久しぶり♪」

「あ!満知子さん!」
「時間出来たから真っ直ぐ惇哉クンの所に来ちゃった♪はい!
これ惇哉クンの大好きなプリン♪差し入れ!」
「わあ!ありがとう満知子さん♪」

満知子さんは時々時間が出来るとこうやって撮影現場に差し入れを持って遊びに来てくれる。
結構なお年なのにそんな事微塵も感じさせないバイタリティの持ち主だ。
由貴と親子関係だなんて信じられないくらい。

「満知子さんいつも元気だね。」

オレは満知子さんの事が好きだ。
子供の頃からのオレのファンで大分前から色々お世話にもなってる。

若い頃旦那と離婚して苦労したのも知ってる…
でも今はそんな苦労をバネにして成功してるって凄い事だと思うから。

それに満知子さんは純粋にオレの事が好きらしい。
『憧れ』てるそうだ。

オレと満知子さんの間に『大人の関係』は無い。
今までそんな関係を求めて来る奴も結構いたけど満知子さんは十代の女の子が
好きな芸能人を追い駆ける様に…オレの事をファンの1人として応援してくれてる。

まあ多少普通のファンの子より金と権力とコネがあるから驚く様な事をしてくれる時もあるけど
それを理由にオレに見返りを求めるわけでもなく…
オレも特に事務所の社長は満知子さん様々だから…

それに自分の娘の由貴を好きに使って良いなんて言うし…
まああっちのお相手って意味じゃ無いのはわかってるけど…
万が一そうなっても構わない的な事を言われた様な気がする…

流石にはいそうですか!なんて訳にはならないけど…
今はそんな由貴には結構世話になってたりする。
あいつも満知子さんの事尊敬してるらしいから言われた通りに
オレの世話を仕方なく焼いてくれてるらしい。

オレはそんな由貴をからかうのが面白くてたまらない。

最近じゃそっちの方が楽しくて外に飲みに行かなくなった……


「あんまりゆっくり出来なくて…夕方にはまた行かなきゃ行けないのよ。」
「いつも忙しいね…身体大丈夫?」
「惇哉クンの励ましのメールで元気貰ってるから ♪ いつも有り難う ♪ 」
「オレもいつも満知子さんにはお世話になってるし。」
「そんな事…あ!由貴ちゃんと惇哉クンの役に立ってる?」
「うん…飯も食わせてもらってるし暇つぶしの相手にもなってくれてるし…」
「ならいいんだけど…あの子惇哉クンの事軽く見てる所あるから…いつも注意はしてるんだけど…」
「オレは気にしてないから大丈夫だって。むしろ逆に一般人扱いで気が楽だし…」
「そう?惇哉クンがそう言うならいいけど…またあたしからちゃんと言っておくから。」
「はは…ありがとう。」

満知子さんが由貴にオレに対しての文句を言うとその後決まって
オレに八つ当たりが廻って来るんだが…

またそんな文句を言う由貴をからかうのが面白いんだよな…

「そう言えばさ…由貴っていつもあんな感じなの?」
「え?」
「だってさ満知子さんの娘にしてはちょっと地味って言うか…
もう少しお洒落しても良いと思うけど…化粧もしてるかしてないかわかんないくらいだし…
満知子さんはそう言うの何も言わないの?」

いつも思ってる事だ…
この満知子さんのこの性格で自分の娘に手を掛けない筈が無いと思うのに…

「あの子…ワザと目立たない様にしてるのよ。」
「え?」
「この仕事してるんですもの…自分の娘だったら尚更綺麗にしてて欲しいわよ…
でも昔それであの子の事傷つけちゃった事があって…あたしもあんまり強く言えないのよね…」
「傷つけた?満知子さんが?」
「直接じゃ無いけど…あたしのせいでもあるし…」
「ふーん…」
「何か理由があればあの子にお洒落させられるんだけど…よっぽどな事じゃないとね…」
「んー…あ!今度このドラマのスポンサーの会社の創立記念パーティがあるんだよ。
社長命令で行かせれば良いんだ!事務所絡みにすれば由貴断れないだろ?」
「ナイスよ!惇哉クン♪」

由貴の知らない所でオレと満知子さんの計画は始まった。

でもこれがオレの運命を大きく変える事になるなんて思いもしなかった。



「え?創立記念パーティ?」

いつもの如く由貴の所で朝飯を食べてる。
前日は泊まらせて貰えず何とか起きれて朝飯にありつけたと言うわけ。
相変わらず由貴は文句タラタラだったが満知子さんの名前をチラつかせ黙らせた。

「あなたも行くの?」
「当たり前だろ。そのドラマの主役なんだから。」
「……」
「なに?」
「もぐもぐ噛んで…子供みたい…」
「良く噛めって言われなかった?」
「まあ…そりゃそうだけど…なんかつくづくあなたって普通の男よね…
騒がれてる理由が分からないわ…」
「それは由貴の男を見る目が無いから!」
箸で指された。
「失礼ね…それに行儀悪いわよ。」
「失礼。」

そう言って笑った顔はやっぱりいい男でドキリとした。
何気ない仕草に時々ドキリとしちゃう…ヤダヤダ!


しっかりおかわりまでして満足げな彼…食後はいつもコーヒーを飲むから…
って何で当たり前の様にすんなりとコーヒー淹れようとしてんのかしら…

「…………」
「お!サンキュ ♪ 」

ソファで寛いでる彼にコーヒーを渡した…

「やっとオレが満足するコーヒー淹れられる様になったか。」

カチン!

「別にあなたの為じゃ無いから!それ飲んだらさっさと帰ってよね。
私支度しなきゃいけないんだから。」
「由貴も行くのか?パーティ?」
「…昨日いきなり社長に言われてさ…事務所代表で社長のお供よ。はあ〜気分が重いなぁ…」
「事務所の代表なんだからちゃんとした格好で来いよ。」
「!!…分かってるわよ…だから気分が重いんじゃない…」
「…………」

オレはその時心の中でニヤリと笑ってた。
社長にそう頼んだのはオレだからだ。

「あ!」
「ん?」

由貴が何かに気付いた様にソファに座ってるオレの目の前にしゃがんだ。

「 !! 」

すっと由貴の手が伸びてオレの左の頬に触れる。

「ご飯粒付いてるわよ。」

オレの頬に付いていたご飯粒を由貴が摘んでパクリと食べた。

たったそれだけの事なのに心臓がドキンとなって…ドキドキと動き出した。

「ホント子供みたい。くすっ…」
「…………」
「さてと!支度しないと本当に遅刻しちゃうわ…」

そう言って由貴が自分の部屋に入って行く…オレはそんな由貴の後ろ姿をじっと見てた。

「…………」


今はドキドキしてない…ちゃんと掌で触って確かめた。

うん…ドキドキしてない。

何だ?今のは?



「?何よ?」

出勤の支度が出来た由貴と2人玄関までの廊下で
じっと由貴を見てたオレに向かってのセリフだ。

「もっと色気のある服着ろよ。」
「余計お世話だって何回も言・っ・て・る・でしょ!」
「まったく…いっつも黒かグレーのスーツじゃん。」
「いいの!」

「あ!今日は9時過ぎると思うからすぐに飯食える様にしといてな。」

「は?」

「宜しく!」
「嫌よ!私はあなたのメイドじゃないの!」
「メイドだろ?」
「違うっっ!大体仕事関係の付き合いって無いの?そっちの友達とたまには食べたら?」

「由貴…」

「ヒッ!!ちょっ…」

彼が私を抱きしめた?何で?

「やめ…」
「昔散々そいつ等とは遊んだからいいの…オレは由貴の飯が食べたいの…」

仕事がら女との出会いも付き合いも多い。
ちょっと前はそんな相手とその場限りで遊んだり大人数で遊んだり…
純粋に愉しい時もあったし仕事のストレス発散で遊んだ事もあった。
でも今はその時ほど騒いだりはしなくなった…

私の背中で交差してる彼の片方の手が後から私の耳に掛かる髪を指先で退かして
口を耳元に付けて囁いた。

もう片方の手は優しい力加減で私の腰を引き寄せてる。

「も…やめなさいよっっ!ふざけないで!離して!」
「じゃあ作っといてな。」
「……わかったわよ!」
「最初っから素直にそう言えばいいんだよ。」
「ムカつくっっ!」

頭にきたから彼の頬っぺたを抓って引っ張った!軽くだけど…

「だから顔はやめろっての…」

軽くだから全然痛がらない!余計ムカつく!

「フン!だっ!」
「じゃあな!後で事務所に顔出すからさ ♪ 」
「来てもシカトするから!」

そう言って由貴はエレベーターに乗って下りて行った。
そんな閉じたエレベーターを眺めつつ自分の胸に手を当てる…

「やっぱりドキドキなんてしないよな…」

さっきのは一体何だったんだ?