10





「はあ…美味かった ♪ 」

約束通り由貴は夕飯を作ってくれた。
オレは満足満足 ♪ 自分の気持ちも理解したからもう大丈夫…

だからオレは由貴が傍にいるだけでこんなにも嬉しくて楽しい。


「どうしたの?何だか今日ずっと嬉しそうね?」
「言っただろ…嬉しい事があったって ♪ 」
「一体何?」
「内緒 ♪ 」
「…まあいいけど…」

そう言いながら由貴は食べた食器をキッチンに運ぶ所だ。


オレが由貴の事を好きと言うことは由貴には内緒だ。
そんな事を話したら由貴はオレとの間に距離を置くかもしれないし
変に意識されると困る。

今のままで…どうやって由貴にオレの気持ちをアピールしていこうか
考えるとどうも気持ちがウキウキワクワクする。

だから勝手に顔が緩んで由貴に何か好い事があったのかなんて言われる。

オレとしては警戒されない様に迫ってその気にさせて由貴がオレの事を
好きだと言ってくれるのを密に願ってたりする。

今由貴にとってオレは母親に面倒を頼まれてる男で自分には無害の相手だ。
そのオレが恋愛の対象になる為には由貴をその気にさせなければいけないって事で…

ああ…考えるだけで気持ちが高ぶる…


「 ! 」

いつもの様に流しに立つ由貴を後ろから流しの縁を両手で掴んで捕まえる。
これは何度やっても嫌がられる事は無いから安心して由貴の温もりを堪能出来る…

でも今日からは今までとは気持ちが違う……


「どうしたの?」

オレの事なんてまったく気にする様子も無く食器を洗い続けてる…
この時の由貴の心境は一体どんな心境なんだろう?

子供がじゃれてる感じなのか?

「……由貴…」
「なに?」
「いや…何でもない…」
「なに?…変なの…」
「そう?」
「うん…」
「片付け手伝おうか?」
「え?本当に?珍しい…」

他愛もない会話を繰り返す……

「由貴…」

「ん?」

「……後でコーヒーな…」
「わかった。」

本当は 『 好き 』 と言いそうになるのを何とか抑えた。


もう…誰にも由貴を渡さないからな……



「ちょっと…」
「ん?」
「なんのつもり?」
「え?あ!」

つい気持ちが盛り上がって由貴の身体に腕を廻して抱きしめてた。

「ちょっと!欲求不満なんじゃ無いでしょうね!」
「は?」
「だって人の事抱きしめるし昨夜は胸…触るし…」
「あのなぁ…」

どんな誤解だよ…

「確かめたの!サイズ変わってないか!」
「失礼ね!変わってませんから!はい!離れて!!」
「可愛くないなぁ…由貴は…」
「可愛くなくて結構です!もういつになったら手伝ってくれるのよ!」
「はいはい…」
「 『 はい 』 は1回!」
「……はい。」
「これ拭いて。」

そう言って洗剤を流した皿をグイッっと渡された。


「……………」




何だか由貴に好きと言わずにオレの事を好きになってもらうなんて…

果てしなく遠い道のりなんじゃないかとちょっと気が遠くなった……





次の日からは撮影が立て続けに入っててのんびり由貴と話も出来なかった。
終わるのは深夜だし朝は由貴が出勤した後に起きるの繰り返しで…

なのに由貴はオレに会えなくても全然平気な顔でさっさと仕事に行く。

事務所に顔を出す暇もありゃしない…くそっ!!
夜中じゃ由貴の部屋の玄関のドアを叩くわけにもいかず…オレはイライラが溜まる。

「最近ちょっとご機嫌斜めですか?」

撮影の合間の休憩で自分としては表に出してるつもりは無いのにそんな事を言われた。
相手は今同じドラマでオレの恋人役の若手女優 『 九条 真理 』 だ。

ハタチだったと思うけど…小さな頃から子役として活躍してるからこの歳でもベテランになるのか?

「別に…普通だけど…」
「そうですか?ちょっと前はもっと機嫌良かったと思うんですけど…」
「…………」

多分その頃は自分の気持ちに気付いてこれから先の事を考えてウキウキしてた頃だろう…
まさかこの短期間でこんなにも気分が低迷するとは思わなかった……


今まで人を好きになった事はある…付き合った事だって…
ただそれは相手も…いや…相手の方がオレの事を好きだったって言うパターンか…

だからそんなに深入りはしなかったし…時間に不規則って言えば不規則で…
会えなかったり…変にヤキモチ妬かれたりして…
面倒臭くなって自然消滅やら別れ切り出されたりとか…自分からサヨナラした事もあった…

いつからだろう…仕事から帰って由貴がいる部屋に帰る様になったのは…
そう言えばいつの間にか自分の部屋より由貴の家に帰る方が多くなってたな…

自分の部屋は風呂に入るのと寝に帰るだけになってた…



ああ…今すぐ……由貴に会いたい…