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「はぁ〜美味い ♪ 明日から由貴の淹れたコーヒーがいつでも飲める。」

彼がいつもの様に遅い夕飯を私の家で食べ終わってのコーヒーを飲みながらの一言…

「…………明日は…どうすればいいの?社長はあなたに聞けばいいって…
あとは追々教えてくれるって言ってたけど…?」

今日彼のマネージャーが病気で長期入院の為に急きょ私が
社長命令で彼のマネージャーをする事になって…

私はもう…超…超〜〜〜ブルー!!

「明日は10時に雑誌の取材。場所はうちの事務所だから9時過ぎに着いてれば大丈夫。」
「そう…じゃあ私先に事務所行ってるから…あなた後からゆっくり来なさいよ。」
「由貴!」
「なに?」
「一緒に行くんだよ ♪ 」
「え?だって事務所でしょ?1人で来れるじゃない?」

「オレが一緒に行くって言ってる…由貴!」

「………」


彼の…いつもの決め台詞…

『 オレが言ってる! 』

って言う時はもう何が何でも彼は気持ちを変えない…


「……わかったわよ…」
「じゃああと1つ。」
「なに?」

「オレの事 『 あなた 』 とか 『 楠 君 』 じゃ無くて… 『 惇哉 』 って呼ぶ事!」

「えっ!!??なんで?」
「だってよそよそしいじゃん。前から思ってたから丁度良い。」
「えーーー無理!言えない!!」

言える訳無いでしょっっ!!

「なんで?大体知り合って5年も経つのに何で名前で呼べないんだよ?」
「だって…」
「だって?」
「何だか恥ずかしいのよね…男の人の事名前で呼んだ事無いから…」
「学生の時も?」
「うん…みんな苗字…」
「ええ??」
「だってクラスメイト呼ぶのに名前なんて変じゃない!」
「彼氏とかいなかったの?」
「……とにかく男の人は全員苗字だったの!!」

ちぇ…誤魔化したな。

「とにかくこれからはオレの事は名前で呼ぶ事!わかった?」
「……だから…無理だってば……」

由貴が往生際の悪い態度だ。

「由貴!オレが名前で呼んでって言ってる…呼べるよな?」

「………もう…すぐそうやって言うんだから…じゃあ 『 惇哉さん 』 でいいでしょ?」

それだってとんでもないくらいの譲歩なんだから……

「…仕方ないな…じゃあ練習!呼んでみて。」
「え!!??名前だけ呼ぶの?」
「当然!早く!」
「もう…嫌だなぁ……」
「グズグズ言わない!」
「……しゅ…や……さん…」
「聞えない!」
「……惇哉…さん…」
「オレの事ちゃんと見て。」
「……惇哉さん!」

「OK!これからはそう呼ぶんだからな。わかったか由貴?」

「わかったわよ……もう…」


由貴がイヤイヤの渋々でオレの名前を初めて呼んでくれた…

オレがどれだけ嬉しいか…由貴はわからないだろうな……

貸しと言う名目で由貴をオレのマネージャーにもしたし…

これでまた1つ…由貴をオレに縛りつけた…あともう一押しだ……

未だに一緒にいたいと言うオレの言葉を
由貴は自分をコキ使う為だと誤解してるのが何とも言えないけど…

いい加減気付かないのか?

何度もキスしてるのにそれすら嫌がらせと受け止めてる様じゃ…まだまだかな…


由貴の落ち込んだ姿を見て…

オレだって由貴のすべてを手に入れるというゴールが…

まだまだ先だという現実を噛み締めてるなんて……

由貴は…わからないんだろうな……


「ああ…そうだ!由貴。」
「なに?また何か人を困らせる様な事言うつもり?」

もの凄い警戒されてる…

「いや…仕事の事なんだけど…」
「なに?」

「何かと面どいから由貴 ♪ 今日からオレの部屋で一緒に生活しよう。」

「………………… …… …… は?」

「いてててててっっ!!」
「何言ってるのかしら?この口は?」

ぎゅっと彼の唇を抓って引っ張った!

「痛いって!!何すんだ!」

彼が口を押さえて喚いてる。

「だって戯言言ってるから…ちょっとお仕置きを。」
「戯言なんかじゃ無いって!オレを起こしに来るのいちいち面倒くさいだろ?
だったら部屋空いてるしそんなに長い期間じゃ無いからオレの所にいればいい ♪ 」
「何 『 名案! 』 みたいな顔してんのよ!嫌です!別に不便じゃ無いから!
あなたの…」

ギロリ!と睨まれた。

「しゅっ…惇哉さんの部屋で生活した方が不便だもの。」
「どこが?」
「お風呂も洗濯も何もかもよっ!!!」
「別にオレは全部一緒で構わないけど?まあ嫌ならそれだけはここに戻ってすればいい。」
「だ・か・ら・!!その必要性は無いってばっ!!!」
「ある!!」
「じゃあ聞くけど三鷹さんだって一緒に暮らしてなかったでしょ?」
「それは全部由貴に頼ってたからだよ!毎日時間に起こしてくれてたのは由貴だったろ?」

なんてマネージャーと暮らしてる奴なんて滅多にいないけどな。
夫婦でってのはたまにいるけど…

「……そうだけど…それじゃ私のプライベートなんてまるっきり無いじゃない!絶対嫌!!!」
「今だって無いじゃん。」
「ぐっ!!!…あ…あるわよっ!!」

多分…

「オレがそう決めたの!マネージャーは役者が気持ち良く仕事できる様に
万全の体勢を整えるのが仕事!」
「それと私があな……惇哉さんの部屋で暮らすのと何の関係があるのよ?」
「そうなったらオレは毎日気分良く寝れて起きれる。きっとストレスなんて溜まらない!」
「?なんで?」

「 由貴がいっつも一緒にいてくれるから ♪ ♪ 」

ド キ ン !!!

「由貴!」
「…何…よ…」

やだ…何でドキドキしてるの?

「オレと一緒に暮らそう。」

「…………」

「由貴!返事!」

「…………」

「オレが一緒に暮らそうって言ってる……」

「 !! 」

「由貴…」

「…三鷹さんが…戻って来るまで……よ…」
「ああ…わかってる。」
「ちょくちょくここに戻って来ても文句言わないでよ…」
「言わない。」
「寝てる私のベッドに入って来ないでよ…」
「…………」
「入って来ないでよっ!!!」
「寝て無い時に入ってるのはいいの?」
「それもダメっ!!!!この変態!」
「え〜…それはつまらないな…」
「その下心丸出しどうにかして!大体私なんか構っても仕方ないでしょ?
もっと綺麗で話の合う人沢山いるでしょうに…あなたなら…」

「オレは由貴と一緒にいる時の方が楽しいしゆっくり休める…」

「そうなの?」
「ああ…だからいつもこうやって由貴と一緒にいる…癒されるんだよ…ホントに…」
「…へぇ…私って癒し系キャラだったんだ…」
「まあ…オレだけの…ね…」

うわぁ…何だか今オレって結構口説き文句言ってるんじゃないか?
こんなに由貴の事いつもどんな風に思ってるか…わかってくれてるよな?

「私はあなたといると癒される事なんて1度も無いんだけどね…」

「は?」

由貴がそんな風にしみじみと言う…ちょっと待て!

「いいわねぇ…あな…惇哉さんって単純で…私は一体何で癒されるんだろう…
今度探してみようかしら…癒し系のグッズ!何か見付かるかしら…ね?」

「…………」

人の話をどれだけ捻くれて聞いてるんだ!由貴の奴……

「じゃ…じゃあさっそく今夜から支度してオレの所に来いよ!」

何とか気持ちを持ち直してそう言った…

「でもベッドちゃんとあるの?そう言うのちゃんと準備してからにして欲しいんだけど?」
「ゴチャゴチャうるさい!!そんなのどうにかなるからっ!!とにかく今夜からだからっ!!!」

「えーー…そんなに急がなくたってあんまり変わらないと思うんだけど……」

「ブツブツ文句言わない!まったく…」


期限付きとはいえ由貴をオレの部屋に連れてくる事に成功した。
本当は滅茶苦茶な誘いなんだけどそれを正論だと思わせれば問題無い。

こう言う時仕事熱心な真面目な由貴はすぐ話を鵜呑みにするから助かる。

これでまた1つ…由貴をオレに縛り付ける事に成功した…と思う…

今回はちょっと自信が無いけど…とにかく承諾させればこっちのもんだ。

このままオレの部屋でずっと一緒に暮らせる様に考えないと…



ああ…でも…当分の間由貴はオレ1人のものになった…




彼に一緒に暮らそうと言われてなぜか胸がドキンとした。

言ってる事は変だなって思うけど…確かに起こしたり食事の支度とかは
いちいち呼びに行かなくて済むのは助かる…

でも…本当に一緒に暮らす必要性があるのかな?良くわからない…

でも… 『 オレが一緒に暮らそうって言ってる 』 って言われちゃうと…
彼の意思の強さが現れて…もう私の抵抗は無意味に等しい…

この彼の台詞は…私にとって 『 決め台詞 』 なのよね……


絶対に…逆らえない……不思議な言葉……