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「じゃあテストいきまーす!!」

そんな声がスタジオに響く。
リビングのセットのソファに惇哉さんと相手の女の人が座ってる設定。

大手のコーヒーメーカーのCMでまたもや恋人同士が
朝のモーニングコーヒーを仲良く飲んでるって所…

『 由貴の淹れたコーヒーなら演技無しで美味しいって言えるのにな… 』

なんてお世辞を言ってた…
私なんかに言ってどうするんだか…訳がわからない。

彼が心配してた元恋人の小西さんは未だに現れない。
大体彼の会社の仕事って言っても彼1人で担当してるわけじゃあるまいし…

あれから7年…か…
元恋人なんて言い回しも何だか今更な様な気がする…



オレは何とか撮影に集中する。

今日は本当に由貴を連れて来たくは無かったのに…
変に真面目で意地っ張りだからやっぱり来るって言い張った…

オレの気持ち…察して欲しいよ…

どう頑張っても半日は掛かる撮影で由貴があいつに会わない保障は無い。
相手は由貴とヨリを戻そうとしてるみたいだし…オレは内心穏やかじゃない!

だからってずっと由貴を見てるわけにもいかないし……




「ちょっと飲み物買って来ようかな…喉乾いちゃった…」

撮影は私がいなくたって痛くも痒くも無いんだし…休憩までまだ時間は掛かるだろうし…

スタジオから出て長い廊下を進む…確か入り口の近くに販売機があったような……

「由貴!?」

ビ ク ン っ !!

聞き覚えのある声で呼ばれて身体が一瞬で固まった。

「何で此処に?」

「…………」

振り向くと…思った通り彼が…小西さんが私に向かって歩いて来る。

「由貴?」
「…今…彼の… 『 楠 惇哉 』 のマネージャーしてるの…だから…」
「え?由貴が彼のマネージャー?本当?」
「彼の担当のマネージャーが病気で入院して…復帰するまでの間だけど…」
「へぇ…それは大変だね…」
「 ………… 」
「…由貴…」
「!!!」

彼が私の肩を抱いて販売機が置いてあるコーナーの奥に連れて行く。

「な…何ですか?ちょっと…離して!」

「そんな邪険にする事無いだろ?確かにもう付き合ってはいないけど
あの時だって一方的に由貴の方から別れ切り出されて…俺は納得してなかったんだ。」

「私はちゃんと自分の胸に聞いて下さいって言いましたけど?それで分りませんでした?」

彼から少し離れてそう言い返した。

「だから忙しくて構ってあげられなかったのは悪かったって思ってる…
それにあの時由貴は学生だったし…こっちだって気を使ってあげたつもりだったんだけどな…」
「は?何の事言ってるんですか?」
「今はお互い大人だ…もう俺も気兼ねしないで由貴の相手が出来るって事だよ。」
「?」

この人の言ってる意味がわからなくてちょっと考えてしまった。

「きゃっ!!」

そんな隙を突かれて抱きしめられた!!!

「ちょっっと…何するんで……ううっ!!」

いきなり掌で口を塞がれた!

「大きな声出すなよ…由貴…大人の付き合いをしようって言ってるんだよ。」

「………ううっ!!うーーっっ!!!」

暴れたけど体格の違いで相手にならない!!!やだっ!!惇哉さんっっ!!!!

「 !!! 」

って…何で?何で彼の名前が頭に浮かぶの??

「まさか由貴が『 楠 惇哉 』 のマネージャーやってるとはな…助かるよ…
彼ちょっと勘が鋭いって言うか…俺の事軽蔑してるって言うか…そんな態度だからさ…
由貴から色々彼に話してくれれば助かるんだよな…きっと彼と俺なら良い仕事出来ると思うんだ。」

「 !! 」

この人は…まだ私を利用しようしてるだけなのね…
しかも今度は大人になったから身体の関係で繋ぎとめれるとか思ってるんだ!
確かあの時の女の人にもそんな様な事言ってたものっ!!!

「由貴…」

「 !!! 」

彼の顔が近付いてくるっ!!!ちょっと!!!




「由貴?」

やっと休憩になって由貴がいた場所に来たのに…由貴がいない…

「どこに行ったんだよ…」

周りも見渡しても由貴はどこにもいない…外か?
由貴はタバコは吸わないからトイレか……あ!飲み物か!

オレはダッシュで販売機のある所に向かう。
確か入り口から入って直ぐの所にあったよな?
何だか嫌な胸騒ぎがしてたまらない……オレってそう言う勘って妙に当たるから…

今までもそんな勘で結構助かった事もあったし…自分の勘は信じてる。
そんなオレの勘が急げって伝えて来る……由貴!!



「いやっ!!!触らないで!!」
「由貴!」

何とか彼を突き飛ばして逃げた。
揉み合って…髪は乱れるし…メガネも落ちそうになるし…服も乱れた…

本当にこの人は!!!

昔は私も子供だったし人生経験も少なくてあんな風にしか出来なかったけど…
今はそれなりに大人になったし…何より毎日の様に惇哉さんを怒りまくって
慣れて来たせいか逆にこんな態度の彼に無性に腹が立つ!!!

昔の…あの時の悔しさまで込み上げて来るっっ!!!

「いい加減にしてっ!!!私が何も知らないとでも思ってるのっ!!」

「由貴…?」

彼がキョトンとした顔してる。
でも…もう…止まらないっ!!

「あなたが私の事ガキ扱いしてたのは知ってるのよっ!
私と付き合ったのだって 『 柊木 満知子 』 の肩書きが欲しかったからでしょ!
私と付き合いながら本当はあなたが好きな本命の大人の女の人と関係してたじゃないっ!
ちゃんとあなたとその人がイチャイチャしてる現場見たんですからねっ!!」

「…なっ…」

もの凄い驚いた顔してる…ざまあみろだわっ!!

「今だってウチの母親の肩書きと今度は 『 楠 惇哉 』 の肩書きまで欲しくなったの?」

「………由貴…」

「馴れ馴れしく名前で呼ばないでっ!!
もう赤の他人なんだから苗字で呼びなさいよっ!小西さん!」

もう…自分でも訳がわからなくなってる…次から次へと言葉が出て…止まらない!

「こっちだって気を使って自分の胸に聞きなさいって言ったのに全然気付いてくれなかったのね!
ガキで悪かったわねっ!キスぐらいで舞い上がって悪かったわねっ!!
でも人を騙してコケにしてたあなたの方が最低な男じゃないっ!!
顔洗って出直してきなさいよっ!!」

「………」

「はぁ…はぁ…」

何だか一気に言い切ったら呼吸してなかったらしくて息が上がってる…苦しい…

「あなたとはもう!絶対!お付き合いするなんて事ありませんからっ!!
でもお互い大人なんですから仕事とプライベートはちゃんと分けてお願いしますねっ!!」

そう言い捨てて歩き出した。

「…ちょっ…由貴待っ…」

彼が私に手を伸ばして追い駆けて来た。

「 !! 」

手首を捕まれた瞬間……

「オレのマネージャーに変な事すんの止めてくれる?」

私と小西さんの間に…何で?彼が…惇哉さんが立ちはだかった。

「惇哉…さん…?」
「大丈夫か由貴?」
「え?あ…うん…大…丈夫…でも…どうして?」

「お姫様のピンチに王子様が現れるのは当然だろ?」

「……君…」

「いい加減しつこいんじゃない?小西さん。由貴はヨリ戻すつもりなんてこれっぽっちも無いし
大体別れて7年も音沙汰無しなのに一体あんたは由貴に何を期待してんの?」

「俺は…別に……」

「ならもう由貴にチョッカイ出すの止めてもらえますよね?」

「………」

「何か納得いかないって顔してるけど…あんた結婚してるよね?」

「えっ!?」

思わずビックリして声が出ちゃった。

「…どうして…それを…」

「あんたの大好きな色々なコネを使って ♪ 」

って満知子さんが調べてくれたんだけどね…この前メールで教えてもらった。

「…なっ…」

「何でその事を隠してるのか不思議だけど…独身ってしてた方が色々都合いいから?」
「別に…そう言うつもりじゃ…」
「それなのに由貴に迫ってたって事は由貴に愛人でもさせようとしてたの?
ああ…今はセフレって言うんだっけ?」
「あ…愛人?セフレ?」
「俺は…ただ…昔…由貴には…すまなかったと思って…」

「ホント…謝っても謝りきれない事したらしいね…」

「……惇哉さん…」

さっきの話…聞いてた…の?

「こっちもプロだから仕事はちゃんとしますんで!
でも由貴の事は今後一切!絶対に!手出し無用で!」

「………」

「由貴行くぞ。」
「え…あ…うん…」

小西さんは何も言わなかった…そっか…結婚したんだ…あの女の人としたのかしら…

私は惇哉さんに手を引っ張られながらそんな事を考えてた。




「由貴っ!!」

「はいっ!?って…え?ここ何処?」

気付いたら何でだか非常階段の踊り場?なんで??いつの間に…

「まったく!危ない所だったじゃんかっ!やっぱ事務所で大人しくしてれば良かったんだよっ!!」
「そんな…怒らないでよ…私だってビックリだったんだから……」
「……何かされそうになったんだろ…髪も服も乱れてる…」

そう言うと惇哉さんがそっと私の髪を撫でた…

「大丈夫だってば…ちゃんと自分の身は自分で守…あっ!」

「………」

彼が……ギュッと私を抱きしめた。

「由貴……ホント危なかったんだぞ…わかってんのか?」
「……ごめんなさい……ありがとう…助けに…来てくれて……」
「……良かった…ホント良かった……」
「………」

私は彼のされるがまま…ずっと強く抱きしめられてる…
でも……ホッとするのも確かで……


「由貴……」

「なに?」

「キスしたい…」

「え?……んっ!!」

私の返事を聞きもせず…キスされた。
だったら私に聞く意味無いじゃないのよ……

「…ん…」

階段の壁に背中が着いた……階段の壁に頭がぶつかった……

惇哉さんが…そんな事に気付かずに…

深い深い…それでいて…優しいキスを…ずっとしてくれた…


「…ちゅっ…ちゅっ ♪ 」

「…んっ……はぁ…」

「あんな男の事なんて忘れちゃえよ……」

「……うん…もう…大丈夫…ちゃんと昔の事にケリが着いたもの…」

あの時言えなかった事が…全部言えたから…もう大丈夫…

「由貴………」

惇哉さんが私のオデコに自分のオデコくっ付けたまま囁く様に私の名前を呼んだ…

「なに?」

「…………す……」

「 ああーーーーーっっ!!! 」

「 なっ…なにっ!!!??? 」

いきなり由貴が叫ぶから心臓が飛び出るくらい驚いた!!!

「惇哉さん撮影は?」
「え?ああ…10分休憩…」

「ええ!?や…ちょっと…もう時間過ぎてるんじゃないの?
やだ!!何やってるのよっ!!もう!!!」

「って…ええ??何で文句言われるの?オレ!!」

そんな事より何なんだよ…このタイミングは…

「何言ってるのよっ!!メインの惇哉さんがいなかったら撮影が進まないでしょっ!!
ほらっ!早くっ!!行くわよっ!!」

「はあ??……マジかよ…」


せっかくの告白ムードが……ウソだろ…?

今なら…由貴にオレの気持ちが素直に伝わると思ったのに…



オレのそんな落ち込んだ雰囲気も由貴はまったく気付きもせず…
オレの腕を今度は由貴が引っ張って走ってる…

でも…まあ…今はそれでもいいか……

これで完璧由貴の中の過去の男は綺麗サッパリ消えてくれたらしいから…