30





「………」

問題のCM撮影が終わった帰り道…惇哉さんの運転で帰りながら私は助手席で無言。

流れてるBGMの音楽も頭に入らないほど考え込んでる…

今日昔付き合ってた小西さんに迫られて…
高校の時に言えなかった事を全部彼に言う事が出来た…殆どが文句だったけど…

それを惇哉さんに聞かれたのかどうかわからない…
文句の内容も情けない事ばっかりで…余計聞けなくて…
聞かれてたとしたら恥ずかしくて…

何でこんなに惇哉さんに聞かれたのかどうか気になるんだろう…
もう…落ち着かない…だったら…


「あの…惇哉さん……」
「ん?」
「あの…もしかして…」
「もしかして?」
「聞いて…た?」
「え?何を?」
「あの…」

車が赤信号で停まった…つん!!

「え?」

「はい。リセット完了!」

惇哉さんが私のオデコを人差し指で押軽くした。

「あの男の事はもう忘れろって言っただろ…」
「惇哉さん…」
「まあ…由貴個人の思い出だからあんまり強くは言えないけどさ。」


オレは強がりを言ってる…

本当は今すぐにでもあいつの事なんて忘れて欲しい…


「大丈夫って…言ったじゃない…」
「そう?そんな風には見えなかったけど?」

結構気にしてたっぽいじゃん…

「違くて!…別にあの人の事はもう大丈夫だもの…」
「?じゃあ何?」
「え?あ…えっと…」

もしかしてこれって…墓穴掘ったのかしら?

「由貴?」
「…あ!信号変わったわよ!それに事務所寄ってくれる?ちょっと用事が…」
「ごまかすなよ…由貴!」
「ごまかしてなんて無いわよ。」
「ふーん…そう?」
「………」

何で…これって…何?




「お疲れ様2人共。」
「お疲れ様です。」

もうすぐ午後7時半を廻る所なのにまだ事務所には数人の人が残ってた。

「柊木さん大分マネージャーの仕事も慣れたんじゃない?」
「全然ですよ…高橋さん…もう毎日目まぐるしく過ぎてって…」
「大丈夫?なんか顔色悪いわよ?」
「そうですか?丈夫だけが取りえなんですけど…」

なんて言ったけどちょっと疲れが溜まってるかな…今日は少しスッキリしたけど…

「あ!今社長の所に楠さんの仕事の事で誰が来てると思います?」
「え?誰が来てんの?」

事務所の中の簡単な応接セットのソファに座ってた彼が珍しくタバコを吸ってた。

「歌手の 『 花月園美雨 』 (kagezono miu)ですよ ♪ 」

「え?あの?」

私の方が反応して聞き返しちゃった。

「はい。あの!」

「何で?」
「何でも今度の新曲のプロモーションビデオを楠さんにお願いしたいって。」
「え?本当に!花月園美雨って言ったらミリオン達成してる人よね?」
「今度の新曲はしっとりとした恋人同士のせつない恋の歌なんですって!」
「へえ…」

また恋人同士か…仕方ないって言えば仕方ないけど…

「凄いじゃない。」

彼に向かってそう声を掛けたけど…

「え?ああ…そうかな…」
「?どうしたの?」
「別に…」
「?」

何だか彼の態度が変?


「由貴。」
「何?」

「由貴の淹れたコーヒーが飲みたい…」

「え?まだ飲むの?撮影で沢山飲んだでしょ?」

「由貴の淹れたのが飲みたいの。」
「いいけど…」
「相変わらず楠さんは柊木さんの淹れるコーヒーがお気に入りですね。」
「じゃあ皆の分も入れますから。」
「ありがとう ♪ 」




「ここでコーヒー淹れるのなんて久しぶりかも…」

本当に久しぶりの事務所の給湯室で落ち着く…

「そんなにホッとするなよ。」

「!!」

ドアの所に彼が立ってた…そのまま後ろ手にドアを閉める。

「だから個室に2人きりはダメって前言ったでしょ!」
「後で開ける。」
「ダメ!もう…今開けて。」

彼の横を通り抜けてドアノブに手を伸ばしたら…その手をパシリと掴まれた。


「?」
「由貴…」
「なに?」

「気にしなくていいから…」

「え?」

「これから起きる事…由貴が気にする事じゃないから…」

「え?何?何の事?」

「いいから…覚えといて…由貴が気にする事は何も無いから…」


「…………」

何が起きるのか…惇哉さんの言ってる事が何の事なのか…私にはわからなくて…

でも惇哉さんの顔は至って真面目な顔で…

「…………」

惇哉さんが掴んだ私の手をまた前したみたいに自分の指を絡め始めた。

「惇哉さん?」
「うん…」
「?」

本当にどうしたのかしら?




「お待たせしました。」
「ありがと〜う ♪ んあ…美味しい ♪ 」
「やだそんな大袈裟な…」

皆にコーヒーを配りながらチラリと惇哉さんを見るとやっぱり真面目な顔でコーヒーを飲んでた。


「 惇哉! 」

「え?」

「…………」

事務所の入口のドアが開いたと同時にそんな声が部屋の中に響いた。

「久しぶり ♪ 」

「!!」

いきなり入って来た女の人が惇哉さんに抱き着いた。

「久しぶり…美雨さん…」

「!」

この人が『花月園美雨』?初めて生で会っちゃった…でも…

「本当久しぶりよね〜まったく冷たいんだから…全然あたしに会いに来て来れないし!惇哉は…」

え?

「だって美雨さん忙しそうだったし…」
「何よぉ〜惇哉の為なら時間くらい作るのに ♪ あたしの事避けてたんでしょ?」
「そんな事無いって…」

「あの…楠さん…彼女とお知り合い?」

高橋さんが恐る恐る話し掛ける。

「あ!あたし達昔付き合ってたの ♪ 」

「  「  「  ええっ!!  」  」  」

そこにいた全員が驚いた!もちろん私も…

「え?本当なの?楠さん?」

「まあ…気は合って良く遊んでたけどね…それが付き合ってたって言うかは疑問だけど…」

「何よ!あたしは付き合ってたと思ってるわよ!」

「もういいじゃん…今は何でも無いんだから…」

「まあ…そうだけどさ…でも今度の仕事でわからないわよ ♪ また気が合って付き合うかも ♪ 」

「美雨ちゃん!変な事言わないで!ほら!次のスケジュール詰まってるんだから急いで!」

彼女のマネージャーが彼女の後ろから声を掛ける。

「わかったわよ。惇哉!社長には話通したけど今度の新曲のプロモ…受けてくれるわよね?
絶対OKしてもらおうと思って直々にあたしが出向いたんだから!」

「仕事なら別に構わないけど…」

「そ!じゃあ受けてくれるって事でいいのね!」

「社長もOKしたんだろ?ならオレは問題無いよ。」

「じゃあまた今度詳しく話に来るから。」

「ああ…」

「あ!言っとくけど相手役あたしだからね ♪ 」

「は?」

「じゃあね惇哉!楽しみだわ ♪ 」

彼女はそう言うと周りも気にせず惇哉さんにウィンクして帰って行った……

「……………」

何だか惇哉さんを除いたその場にいた全員がちょっと変な感じになってる…
そりゃ昔付き合ってましたなんて爆弾発言…驚かない方がおかしい…

相手はあの 『花月園美雨』 だし…しかもまた付き合うかも宣言までしていくなんて…

惇哉さんを見ると…ちょっとバツの悪そうな…それでいて普段と変わらない様な…

でも…私の方は1度も見ずにまた事務所のソファに座って黙ったままだった…


「あ…惇哉君帰ってたんですか?」

ちょっと経って社長が事務所に入って来た。

「社長…お疲れ。」
「彼女に会った?」
「ああ…」
「悪い話じゃ無いんで受けたけど…もしかして都合悪かったかな?」
「別に…オレは何とも思ってないし…仕事ならこなすだけだし…」
「そう?一応今のドラマの撮影が終わったら詳しい打ち合わせする様になると思うけど…
柊木さん!また忙しくなるけど宜しくね。」

「あ…はい…わかりました。」



これが…彼の言ってた…私は気にしなくて良い事なの?

気にしなくて良い事って……



それは…彼女…花月園さんと惇哉さん2人の事で……

私には関係の無い事だって言う意味なのかしら………