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出しっぱなしのシャワーがずっと私の頭の上から流れ落ちてる…

さっきまで…私は何をしてんたんだろう…

確か…惇哉さんに抱きつきながら……ずっと……キス…して…


「…うそ!!」


思わずそんな言葉を呟いてその場にしゃがみ込んだ。


そう…ずっとキスしてたわよね……
しかも惇哉さんの首に腕を廻して…思いっきり舌を絡ませた…恋人同士がする様なキス…


「なんで…?」

今までそんなキスなんてした事無い…
小西さんとだって…肩を掴まれて…そっと唇を重ねるくらいのキスだった…

そう思うと小西さんもちょっとは気を使ってたのかと思うけど…


どう考えてもあれは遊びのキスなんかじゃ無い…
いつもと…その…惇哉さんの雰囲気が違ってたし…

って問題はそこじゃなくて…自分よ!じ・ぶ・ん!!
やっぱり私変!!!逃げようともしなかったし嫌がらなかった……

これって…これって…やっぱり…私…惇哉さんの事……好きなの???

好き?…す…き……


  ── マ タ ウ ラ ギ ラ レ ル ───


そうよ…きっとまた…裏切られて…傷付いちゃうんだから……だから…

でも…惇哉さんは私の母の肩書きなんていらないし…じゃあ……なんで?

あ!私の身体が目当て!!

って…一緒に1つのベッドで寝てるのに何もしないじゃない……

顔だって…お化粧しない方が良いって…言ってくれてたし……


私の事を… 『 柊木 由貴 』 を相手にしてくれてるって事?


『 嘘だから…今の…冗談 』


そう…彼は昨夜そう言った…嘘だって……

でも…それは私が取り乱したから…そんな事言ってくれたの…?

どうなんだろう…でも…今更聞けないし……でも…さっき…

『 オレだけを見てて 』 

って…彼は言ってた…それに…

『 由貴だけを見てる 』 

って……それは…


「……………」


惇哉さんを……信じて…いいのかな…ううん…私が惇哉さんを信じられるの?

今まで惇哉さんは何も飾らずに…正直に私と向き合ってくれてたと思う…

だから……惇哉さんの事は信じたい……ううん…信じられる…


彼は…惇哉さんは…私を裏切ったりしないって……





「随分ゆっくり入ってたな…中で酔っ払って倒れてるのかと思って見に行こうかと思った。」
「それってセクハラだから。そんな事したらチカンって叫ぶから。」
「オレと由貴の仲で?」
「私と惇哉さんの仲でもよ。」
「?」
「何?」
「ううん…何だかサッパリした顔してるから。」
「シャワー浴びて酔いが醒めただけよ…いつもと同じ…」
「そう?」
「惇哉さんも早くシャワー浴びて早く寝た方がいいわよ…せっかくのお休みなんだから。」
「じゃあ入ってこよっと。あ!由貴先に寝るなよ!」
「わかったわよ…起きてるから…」
「じゃあ風呂から出たら軽く何か食べたいな。」
「わかった…何か用意しておく…」
「やったね ♪ 」


そんな事で喜んでリビングを出て行く惇哉さんの後ろ姿をしばらく見つめてしまった…




「初めまして。これから宜しくお願いします。」

「いいえ…仕事ですから。」

「ちょっと…惇哉さん!」

惇哉さんの後ろから小さな声で注意した。

「なによぉー!惇哉ったら何か不満でもあるの?」

「無いよ。冗談だって…」


惇哉さんの休日を挟んだ次の日…

『花月園美雨』 の事務所でプロモーションビデオの撮影の為の打ち合わせと
彼女と彼女のバンドの人達の顔合わせ。

「いやぁ〜本物の 『 楠 惇哉 』 だ!」

「どうも。」

「えっと…あたしの事はいいとして…ギターの祥平にベースのタツオに
キーボードのカズにドラムの健也。」

「楠です。」

「そっちの彼女は?」

どうやら私の事らしい。
私は惇哉さんの後ろに立ってたから…

「え?あ…マネージャーの柊木です。宜しくお願いします。」

深々と頭を下げた。

「柊木?」
「え?」

さっきから何かと話し掛けて来る確かギターの祥平さんって言う人が私に近付いて覗き込んだ。

「え?もしかしてあ・の・柊木?」
「 『 あの柊木 』 ?何由貴昔何かしたの?」
「するわけ無いでしょ!もう!」
「俺だよ俺!」
「はい??」

俺って言われても…あなた…誰?人違いじゃ無いの??

「祥平?」
「あーわかんねぇか…クラスは同じになった事ないからな…
俺 『 氷野 祥平 』 柊木と同じ高校の同級!」
「ええっ!?」

って…でもやっぱり知らない…

「文化祭とかでバンドのライブとか毎年出てたんだけど?
あー柊木そう言うの興味なさげだったもんな。真面目だったし…」

「由貴って高校の時から真面目だったんだ?」
「子供の時から真面目です!」

「しかし…随分変わったなぁ…あの頃は高校生とは思えないほど大人びてて綺麗だったよな…
学校中の野郎共の注目の的だったのに…」

「…………」

この男…由貴の高校時代知ってるのか…

「今じゃ普通のOLじゃん。メガネも掛けてなかったし…」
「………」

由貴は黙ってそっと笑った。

「由貴はこれで良いんだよ。もうオレのマネージャーに構うな。仕事の話だろ?」

オレは由貴の前に立ってそう言った…ちょっと言葉に棘があったかもしれない…
でも…ムカついたから関係ない。

「惇哉?」

「そうね!じゃあまずは曲の方を聞いてもらいましょうか?」

花月園さんのマネージャーがそう言って私達をスタジオに案内してくれた。





「何か機嫌悪い?」
「別に!」
「そうかしら…」

打ち合わせの終わった帰り道…惇哉さんが車の運転しながらどう見ても怒ってる。

「由貴…」
「なに?」
「アイツと何話してたんだよ…」
「アイツ?」
「高校の同級生!」
「ああ…氷野君?別に…高校の時の事とか…今回の仕事の事とか…大した話じゃ…」
「ふーん…」

オレが美雨さんと話してる間由貴は高校の同級と言うあの男と話してた。

胸の中が…モヤモヤ…嫌な感じだ…



「由貴…」

「だから…これじゃご飯の支度出来ないってば…」

「……………」

惇哉さんが部屋に帰るなり私の傍を離れなくて…
挙句の果ては流しに立つ私を後ろから抱きしめるから…

身動きが取れない………

「もう!いい加減にして!何拗ねてるの?私何かした?」
「何もしてないよ!……だから!」
「は?言ってる意味がわからないわよ??」
「もっと邪険にすればいいんだよ!知らない奴なんだから!!」
「え?何の事?」
「あの氷野って男!由貴に下心丸出しだったろ!もっと適当にあしらえば良いんだよ!」
「何言ってるのよ!今回の仕事の相手なのよ?そんな事出来るわけ無いでしょ!
惇哉さんもプロなんだから!もう少し真面目に仕事して!!」
「………由貴…」
「はい!離れて!!夕飯食べたくないの?」
「食べたい……」
「じゃあ言う事聞いて!大人しくしてて!あ!新曲のCD貰ってきたから聞いてたら?
イメージ湧くんじゃない?」
「……仕方ない…そうする…由貴がうるさいから。」
「なっ!何よ!!うるさくないでしょ!!」

由貴の怒る声を聞きながらリビングのソファに倒れ込んだ。

目の前で他の男と話してる由貴を見てこんなに胸が騒ぐ…

仕事とプライベートはちゃんと分けて来た…
今まで仕事にプライベートを持ち込んだ事なんて無いのに……



「も…苦しい…暑苦しい…欝陶しい!!」

いつも通りの彼のベッドの中…いつも以上に引っ付かれて迷惑極まりない!

「惇哉さん!聞いてる?」
「聞こえない!」
「もう…」

いつまで拗ねてるんだか…

「そんなに気にしなくてもバンドのメンバーの人って惇哉さんとは絡み無いんだから
そんなに会う事も無いでしょ?」

ほとんど彼女と2人のシーンなんだから…しかもキスシーンまであるなんて…

「そうだけど…おさまらないの!このモヤモヤもイライラも!由貴のせいだから由貴責任とって!」

「お門違いも良いところでしょ!」

「じゃあマネージャーとしてオレの機嫌直して!
役者が万全の体勢でいられる様にするのがマネージャーの仕事だろ ♪ 」

「…………」

何よその急に浮かれた顔は…

「いいわよ…じゃあ起きてちゃんと姿勢正して座って。」
「わかった。」
「…………」

まあ…素直な事……私も惇哉さんの真っ正面にちゃんと正座して座る。

「じゃあ目瞑って。」
「ん!」

素直に惇哉さんが目を閉じた。

「!!!……いって――――っっ!!」

ちょっと強めに期待満々の惇哉さんの両頬を抓ってやった!

「由貴!」
「気が引き締まったでしょ?」
「役者の顔に何て事すんだ!商売道具なんだぞ!」

惇哉さんが両頬を摩りまくってる…

「ちゃんと加減したわよ。」
「由貴!」
「おやすみなさい。」

惇哉さんを無視してベッドに横になった。

「由貴!!」
「何?」
「こんな騙し討ちみたいなのズルイぞ!」
「惇哉さんだって何度も騙し討ちみたいな事私にしてるでしょ!これでおあいこ!」

「………由貴…」

「?」

今までと呼び方が違うから惇哉さんの方を見た。

「オレ以外の男なんて見なくていいんだからな…」

「自惚れてる…」
「由貴だけには自惚れさせて…」
「……意味がわかんない。私は 『 楠惇哉 』 のマネージャーなんだから
何も心配する事なんて無いでしょ。」
「そんなのはわかってる…」
「じゃあ何が心配なのよ?」
「……」
「私が氷野君とどうにかなるとでも?」
「由貴はそんな事ないかもしれないけど相手はわからないだろ!
しかも高校の時の由貴を知ってるし…」

あの…綺麗な由貴を知ってる…元カレの時とはまた違う心配なんだよ…

「……もう付き合いきれないわよ!
だいたい私は惇哉さんの彼女でも何でも無いんだからそんな心配無用でしょ!」

ハ ッ ! ! ! 言った後で後悔した…だって…あんまりにも心配するから…


「……確かにオレは由貴の彼氏じゃないけど…由貴の一番傍にいるだろ…
由貴のこと大事に思ってるんだから心配すんの当たり前だろ!」

「……ごめんなさい…」

「 ! 」

え?…由貴が謝った?関係無いって言われるかと思ったのに…

「由貴…」
「ん?」
「いや……何でもない……」

そう言いながら仰向けで寝てた私の身体に惇哉さんの腕が廻される…

「おやすみ…由貴…ちゅっ…」

触れるだけのキスを惇哉さんが私のオデコにした…

「おやすみなさい…惇哉さん…」


私もおやすみを言って…2人で寄り添いながら眠りについた…