37





「カメラテスト行きま〜〜す!」

流石にドラマとは違うけどやっぱりリハーサルにテストに何度も何度も繰り返す。
そうなると私の出番は無くてただ撮影を見守るだけ…

「惇哉 ♪ 」

「…………」
花月園さんの声が響く。



「真面目にやれよ。」
「失礼ね!やってるわよ!」

都心から少し離れた川添いの自然公園の芝生の広場で
新曲のプロモーションビデオの撮影が始まった。
恋人同士の設定のオレと美雨さんが甘く絡み合いながら2人の時間を過ごす場面だ。

「この案美雨さんが出したんだって?」
「当たり前でしょ?詩を書いたのあたしなんだから!」

2人で芝生の上で撮影を待ちながらそんな話をしてた。

「昔を思い出すわね ♪ 」
「まあね…」
「また昔みたいに戻れるかな…惇哉…」
「何で?戻りたいの?」
「戻りたいかも……だって…身体の相性良かったじゃない…あたし達…」
「まあね…」

確かに身体の相性は良かった…でもそれだけだ。

「あ!何だか乗り気じゃないんだ!」
「仕事はちゃんとするよ。」
「ふーん…仕事…ねぇ」
「何?」
「少しは大人になったんだと思って。」
「オレもう25だし…そりゃ大人にもなるよ。」
「そっか…あの頃は惇哉ハタチだったよね…」
「今よりもガキだった。」
「ねえ…惇哉…」
「ん?」

「あたし達…もう一度付き合わない?」

「 !! 」




撮影が始まって彼がいつもの様に俳優の 『 楠 惇哉 』 になる…
何もかも忘れて役になりきる彼はスゴイと思う。

目の前で惇哉さんと花月園さんが本当の恋人みたいに見える…
流れてる彼女の曲も重なって余計に…やっぱり元恋人同士だと役にも入りやすいのかしら…

2人が手を繋いだり惇哉さんが後ろから彼女を抱きしめたり…2人で芝生に寝転んだり…

NGが出ればまた同じ事を繰り返す…


私は何度同じ場面を見なくちゃいけないんだろう…


って仕事じゃない!何言ってるの私…あ!コーヒーの水筒車に置いて来ちゃった…
休憩前に持って来ないと…

私がマネージャーになってから私が淹れたコーヒーを水筒に入れて持って来る様になったから…
無いのはマズイ。

「今のうちに…」

私は駐車場に向かって歩き出した。


私もあんな風に…いつも惇哉さんに抱きしめてもらってるのよね…


「もう…何なのよ…あなたはマネージャーなんだからね…」

車のドアを開けて忘れてた水筒を掴みながらそんな事を呟く。

「柊木!」
「え?」

呼ばれて振り向くと…

「氷野君?」
「よお!」

彼が私服で立ってた。

「どうしたの?撮影無いわよね?」
「ちょっと暇つぶしの見学。」
「そうなんだ…」
「しかしアイツらイチャイチャ良くやるよな。」
「見てたの?だってそう言う設定なんだから当然なんじゃ…」
「でもよ…アイツ等昔付き合ってたんだろ?慣れたもんなんじゃねー?」
「らしいけど…惇哉さんは仕事にプライベート持ち込ま無いし…」
「あの2人またヨリ戻すのか?」
「さあ…私にはわからないけど…」

惇哉さんは付き合ったりしないって言ってたけど…
確かに息が合ってるし…美男美女でお似合いかも…

「柊木は付き合ってる奴とかいるのか?」
「え?私?い…今はいないけど…」

惇哉さんとの事は何て言ったらいいか…って言えるわけ無いけど!

「ふーん…じゃ今はフリーなんだ。」

「フリーって言うわけじゃ……!?」

急に目の前が暗くなった…何……

「 チ ュ ウ ! 」

「 !!! 」

どのくらい?ほんの一瞬?ううん…もっと?

「…なっ!!」

彼から離れて自分の唇に手の甲を当てた…何?今…彼は私に何をしたの?

「はは ♪ 挨拶 ♪ 挨拶 ♪ またな柊木!」


彼がクルリと背を向けて遠ざかって行く……


え…ウソ…私…今…彼に………キスされた…の?




「由貴!」

「!!あ…何?」

「何はこっちだよ。ぼーっとして…気分悪いのか?なら少し休んだ方が…」
「だ…大丈夫よ…気分なんて悪くないから…はいコーヒー…」
「ありがと ♪ 」
「わぁ良い匂い ♪ あたしも貰っていい?」
「あ…どうぞ…」
「由貴の淹れたコーヒーは美味いから ♪ 心して飲むように!」
「何よそれ?あ…でも本当美味しい ♪ やっぱり缶とは違う!」
「当然だろ。」

「そういえばさっき祥平がいたみたいなんだけど…マネージャーさん知らない?」

「えっ!?あ…さっき帰られましたよ……」

「ん?何アイツ来てたのか?」
「うん…でもすぐに帰ったから…」
「話たのか?」
「え?」

そんな惇哉さんの言葉に思わずさっき彼にされた事が唇に蘇る…

惇哉さんとは違うキス…タバコの匂いがした…


「由貴?」
「少しね…暇つぶしの見学って言ってたけど…」
「何よ本当暇人ね!でも気の利かない…差し入れぐらい持って来いっての!後で文句言ってやる!」

「…………」

由貴…?



彼は一体なんのつもりで私にキスなんてしたんだろう…
会ったのはついこの間でほとんど話なんてしてなかった人なのに…
挨拶って言ってたけど…軽そうな人だからふざけてたとは思うけど…

挨拶で勝手に人の唇にキスなんて…ヒドイじゃない!!何だか今頃怒りが…



「由貴?」

「はいっ!」

「どうした?」

考え込んでたから思わず返事に気合いが…

「え?あ…ううん…」
「本当は何か遭ったんだろ?」
「ううん!何も無いって言ってるでしょ。はい!これ運んで。」

出来上がったサラダの入ったボウルとドレッシングを惇哉さんに押し付ける。

「…………」

惇哉さんは何か言いたげな顔だったけど何も言わずサラダをテーブルに運んだ…

だって…こんな事惇哉さんに話したら絶対怒るし…
まだあの人達とは仕事で顔を合わせるから…黙っていようと決めた。


「由貴…本当にアイツとは何も無かったのか?」

「もうしつこいです!何も無いって言ってるでしょ。」

「…………」

今度は惇哉さんが黙った。

「どうしたの?」
「なら…オレに怒ってんの?」
「は?」

「仕事だって言っても美雨さんとイチャイチャしてたから…」

「失礼ね!私はそんなに心の狭い人間じゃありません!
ちゃんと仕事とプライベートは分けて見てるつもりですけど?」

そりゃ…多少は気になってたかもしれないけど…仕事じゃない!

「じゃあそれで怒ってるわけじゃ無いんだ…」

良かった…それが気に入らないのかと思った…

「惇哉さんが仕事にプライベート持ち込んでたなら別ですけど!」
「そんな事しないって!ヨリを戻したりなんかしないって言っただろ?オレを信じて!」
「あと撮影は2日もあるのよ…まだわからないじゃない…」

キスシーンだってこれからだし…って何考えてんの!私っ!!

「由貴…」
「ごちそうさま。」
「由貴?」

ガタリと席を立ったら惇哉さんが慌ててついて来た。

「何?」
「今日はオレがコーヒー淹れる。」
「え?あ…そう?ありがとう。」

珍しい事もあるもんだわ…なんて思ってた。



「惇哉さんが淹れたコーヒー飲むなんて久しぶりかも…」

ソファで2人並んで座ってコーヒーを飲んでる。

「あ…今度お母さん帰って来るからその時は私自分の部屋に戻るから。」
「え?あ…そっか…」
「流石にあなたと一緒に暮らしてるなんて言えないし…」

1つのベッドで寝てるなんて絶対言えないわ…言ったらお母さん卒倒しちゃう!嬉しくて…
私が惇哉さんと親密になるの楽しみにしてるんだから…

「別に言えばいいのに…満知子さんなら文句言わないと思うけど?」
「言えるわけ無いでしょ!言ったらどんなに舞い上がるか…
それに何言い出すかわかったもんじゃ無いわよ…」

「オレは何言われても構わないのに…」

また…彼のそんなちょっとの言葉で胸がドキンとなる…

「私が構うの!」
「いい加減気にしなきゃいいのに…往生際が悪いったら…」
「何の往生際が悪いのよ!勝手な事言わない!」

もう…

「由貴…」
「ん?」

「 ちゅっ ♪ 」

「 !!! 」

「隙あり!」
「……………」
「ん?あれ?由貴怒らないの?いきなりするな!とか…勝手にするな!とか…?」
「怒ったって止めないんでしょ?言うのも疲れた…」
「へぇーー…それはそれは…」
「だからって調子に乗るなら怒るから!!」
「ホーイ ♪ 」
「もう…」



コーヒーの味がするキス……いつもの…惇哉さんのキスだ…

良かった……何だか彼のキスを忘れられそうみたい……