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「え?」
「んー?だからジムにでも通おうかなぁ…って言ったの。」
「惇哉さんが?」
「うん。」
朝ごはんの食器を流しに運ぶ私の後ろをくっついて来て
いつもの様に私を後ろから抱きしめて肩の上に顎を乗せる。
「重いし動きにくいってば…」
「由貴も一緒に通う?」
「結構です。ほらどいて!遅刻しちゃう。」
「…ちぇ…休みなのはいいけど由貴は事務所に顔出すなんてつまんない。」
「いいじゃない…少しはゆっくり休めば。映画の撮影が始まったら休みなんてないんだし。」
「そうだけど由貴がいないんじゃ意味が無いんだよ。」
「私は会社員で働かないとお給料もらえないんです。」
「オレのお世話も今は立派な仕事だろ?」
「!!」
ズイッと顔を近付けられた。
「そ…そうかもしれないけど…そんないつも惇哉さんにつきっきりなんて訳にはいかないの!」
「由貴…」
「な…なに…」
横向きで話してた由貴をオレの方に向かせる。
流しの縁を掴んでいつもの如く由貴をオレの腕の中に捕まえた。
「そんな事無い。つきっきりが由貴の仕事!」
「違います!」
「じゃあ今日事務所に行った ら社長に聞いてみなよ。
オレのお世話とずっと傍にいるのが仕事だって言うから。」
「………」
そう言われそうで嫌だわ…
「由貴のすべてはオレだけの為にあるの。オレに尽くす為にね ♪ 」
「何よそれ…」
「物凄い口説き文句だと思うんだけど?」
「何で口説き文句なんて私に言うの?」
「え?なんで?……それは…」
「それは?」
「由貴を口説き落としたいからだよ…」
由貴の顎を人差し指と親指で軽く掴んで上を向かせて思いっきり甘く優しく囁いた。
どうだ?参ったか?
「!!」
あ!何気に顔が赤くなった?
「私を口説き落とす意味がわからないわ?」
「 は あ !? 」
物凄い不思議顔!?なんで?
「朝から変な事言ってないで…コーヒー淹れるからカップ出して。」
「………」
オレは撃沈!なんで?オレの方が聞きたいよ…何でスルー?
いや…待て…こ…これはもう既にオレの手の中に落ちてるのにって事?
だから今更って事か?わからない……え?どう言う…?
もしそうだとしたら由貴ってやっぱり 『 S 』 だ!惚けて焦らして…はあ…
「………」
心臓がドキドキしてる…なんであんなに簡単に 人を惑わす事を言うのかしら…
しかも朝から…言われ慣れてない私にはちょっと持て余しちゃう…
それにそんな言葉を素直に受け入れたら…私…
自分がどんな風になるのか想像出来なくて…
「由貴?」
「え?」
「コーヒー!」
惇哉さんがコーヒーカップを両手に持って待ってる。
「あ…うん…」
だから…自分で意識してないと……
……って
「ちょっと!離して!」
「まだいってらっしゃいのキスしてないだろっての!」
玄関で惇哉さんが私の腕を掴んで離さないから…
「だからいらないってば!」
「由貴!」
「何よ…」
「今なら軽いキスにしてやる。逃げるなら濃厚なしばらく動けないくらいのキス!どうする?」
「どっちもイヤ!!」
カ チ ン !
「濃厚決定!」
「なっ…!!きゃあーきゃあー!ちょっ…」
惇哉さんの腕が伸びてまた両手を万歳状態で壁に押し付けられた!
「いや!!」
「諦め悪い!オレがするって言ってる…由貴…」
「だって…」
「だって?」
「何だか最近の惇哉さん…いつもと違うって言うか…その…」
「それは…」
「それは?」
「由貴が優等生だから ♪ 」
「優等生?」
「ちゃんとオ レの質問の答えが解っただろ ♪ 」
「………」
確かにわかったって言ったけど…だからって…
「に…逃げないから…軽目のキスで…ダメ?」
「ダメ!もう遅い。」
「あっ…あっ…あ…ちょっと…ンンッ!!!」
下から押し上げる様に口を塞がれて…本当に濃厚なキスを延々とされた!
これがいってらっしゃいのキスなんてウソよ!!
「…ぅ…ん…」
息が…詰まって…苦しい…でも…拒めない自分がいるのも確かで…
「 ! ! 」
いつもは私の身体に廻さられる惇哉さんの片手が今日は腿に触れて…
両脚はいつの間にか惇哉さんの片脚が割り込まれてて閉じれない!
「んっ!んっ!んんっ!!」
惇哉さんの掌が密着したまま腿から腰…脇をゆっくりと登って来る!
きゃーーー!!ちょっと!!
「ぷはっ!!」
心の中でそう悲鳴をあげた瞬間惇哉さんの唇と脇にまで登って来てた掌が離れた。
「はぁ…はぁ…」
「濃厚なキスをしてみました ♪ どう由貴?」
「はぁ…はぁ…どうって…良いわけ無いでしょっ!重大なセクハラよ!!」
身体まで触って…
「そう?やってる事はベッドの中でしてるのと同じなんだけど? 」
「…ど・こ・がっ!!」
「全部 ♪ 」
「もういい加減にして!遅刻しちゃうから!手離して!!」
「これで仕事頑張れる?」
惚けた顔して!!
「今の事を忘れるために頑張るわよっっ!」
「いってらっしゃい ♪ 」
「…い……行って……きます……」
返事を返してる自分が情けない……
「後で事務所顔出すから一緒に帰ろう。」
「………」
そんなオレの言葉に由貴の返事は無く…
でもオレは玄関のドアが閉まるまでずっと笑顔で由貴を見送ってた。
由貴の顔真っ赤だった…恥ずかしかったのか…それとも怒ってたのか?
パタンと玄関のドアが閉まる…
「うーん…今の由貴にはさっきのがギリギリか?なかなか難しいな…」
オレは由貴の身体に触れてた掌を眺めてそう呟いた。
タイムリミットは約2ヶ月って所か…
「……はあ…」
玄関のドアが閉まってそのままドアにもたれ掛かった。
身体が震えてる?それとはちょっと違う…ドキドキはしてる…
あんな風に惇哉さんに身体を触れられたの初めて…?
ベッドでは確かに密着してるけど…ぎゅっと抱きしめられるだけだった様な…
「もう…考えるのやめやめ!!」
そう呟いて頭を振った。
またいつものオフザケなんだろうし!
「本当に遅刻しちゃう!」
私は自分の腕時計で時間を確かめて慌ててエレベーターのボタンを押した。