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「どんな役なの?」

その日の夕食の後…お互い風呂にも入ってソファで珍しく2人でお酒を飲んでた。
半ば強制的に由貴にはお酒を勧めて。

「大学生…なんだけど大学内じゃ変人で通ってる男。」
「変人?惇哉さんが?」
「そう。」
「初めてじゃない?そんな役…」
「北館監督に脱アイドル俳優って言われたよ。」
「……へぇ……」

「大学内で次々に殺人事件が起こってオレが限りなく黒に近い灰色の容疑者。
オレの事を疑う若手の女刑事がしつこく接近して来てそこで色々あって
ストーリーが展開して行くってわけ…」

「その女刑事役が今日紹介してくれた?」
「ああ…デビューして5・6年ってとこらしいけどな…
オレは会った事無いけど…まあ北館さんが決めたんだから大丈夫だと思うけど。」

「惇哉さんが犯人なの?」

「え?」

由貴が期待一杯の顔でオレを見てる。

「………」
「ねえ…」
「内緒!」
「ええっ!?何で?」

「台本だってまだ出来てないし由貴だけ今から知るのはズルイから。」

「えー…」

って言うか…オレもまだ知らないんだけどね…

「由貴…」
「ん?」

ふて腐れてビールをゴ クゴク飲んでる。

「キスしよう。」

「………ブフッ!ゲホッゴホッ!!」

「由貴…大丈夫か?」
「も…なによ…ゴホッ…急に…」
「何で?」
「だから堂々とそう言う事言わないでよ…」
「今日は由貴とちゃんとしたキスがしたいんだ。」
「ちゃんとしたキス?」

「いつもはオレが突然するか無理矢理するか由貴が眠ってる時にするか…」

「眠ってる時にそんな事してるのっ!!」

「あ…」

しまった…つい…

「時々だよ…ホントたま〜に…」

ウソだけど…

「もう…」

文句を言いながらビールを一口飲んだ。
良かった…酔いが廻って来てるらしい…

「ほら由貴。」
「!!」

由貴のビールを取り上げてソファの前のテーブルの上に置く。

「!!」

いきなり由貴の顔がお酒のせいじゃないのに赤くなる。

「やぁよ…恥ずかしいから…大体何で急にそんな事言い出すの。」
「だってオレ由貴と普通のキスがしたいから。」
「普通?今までは普通じゃないの?」
「お互いがしたいなぁって思いながらしてみたい。」
「?」

由貴がハテナって顔をする。

「だから付き合い出した2人が目が合ってあ!ってなって
ちょっと ずつ顔が近付いていって…チュツ ♪ って ♪ 」

凄いニコニコ顔の惇哉さん!

「テレビの見すぎよっ!」
「だからオレはテレビ出てるって!いいだろ?由貴!」
「いや!」
「今まではずっとオレが強引にだったから…」
「私からだって…した事あるじゃない…」

あんな恥ずかしい思いまでして…

「あれはオレがお願いしたからだろ!」
「………む…無理!」
「大丈夫…由貴…」
「………」

「オレがしたいって言ってる…由貴…オレが言ってるんだぞ…」

いつもの決め台詞を言われた…

「すぐそうやって言うんだから…」
「だって由貴がゴネるからだろ?」
「ゴネるんじゃなくて当たり前の主張でしょ!」
「答え…解ったんだろ?由貴…なら当たり前の行為。」
「………」

オレがそう言うと由貴は黙る…と言う事はオレと由貴の答えは同じだって事…か?よしよし♪

「なら目瞑りなよ。それでもいいから。」
「ええ!?」

「そのかわり笑顔で待っててな。」

「は?」

「 『 早くして ♪ 』 って顔して待ってて。」

「や…やぁよ!」

「由貴…オレ物凄い妥協してるんだけど?」
「………」
「ほら!目瞑って ♪ 」
「………」
「由貴…」

まだダメか ?

「由貴…」

凄い真っ赤だ。

「そんなに嫌?」
「……嫌じゃない…けど…」

恥ずかしいんだってば…

「由貴……可愛い ♪ 」

「!!」

恥ずかしがってる由貴が本当に可愛いかった。

「可愛いよ…ホント…」


別にその言葉にほだされたわけじゃないけど…
惇哉さんの言葉は私にはどこか心に響く時があって…逃げられなくなる…
だから言われるまま目を瞑る…


「ちょっとでいいから期待してる素振りして欲しいな…」

「………」

「 !! 」

由貴がちょっとだけ顔を上げて微かだけど閉じてた唇を開いた…

ド ッ キ ー ー ン ! とオレの心臓が大きく跳ねる!

「………ちゅっ…」

宣言通り…初々しい恋人同士がする様な…そんなハニカんだキスを由貴とした…


そっと惇哉さんの唇が私の唇に触れる…
いつもならすぐに惇哉さんの舌に絡まれて…強引で息の上がるキスをされるのに…

このキスは…何だろう…ちょっとくすぐったい様な…恥ずかしい様な…

子供のキスみたい…


そっと目を明けるともう私から離れてた惇哉さんが微笑んでた…

「あ…」

やだ…心臓が凄いドキドキしてきた…思わず惇哉さんから視線を逸らす。

「なんか改まると照れるな…」
「………」

私はもっとですから!って…

「惇哉さんも照れる事なんてあるの?」
「初めてかも…はは…」

本当に照れ臭そうに笑うから…

「………くすっ!」
「あ!信じない?」
「ううん…信じるわよ…」
「え?ホントに?」
「うん…」
「そう…」

だって…惇哉さんってば……

耳たぶまで真っ赤なんだもん…信じないわけにいかないじゃない。


その日から惇哉さんは毎晩そんなキスをする様になった。


映画の撮影が始まろうとしていた頃……
惇哉さんはオフで私はその日事務所勤務で帰ると
玄関まで惇哉さんがお出迎えしてくれた…んだけど…

「え!あ…惇哉さん?」
「お帰り由貴 ♪ どう?似合う?」

「どうしたの?朝は茶色だったのに…!?」

惇哉さんの髪の毛が真っ黒になってた!

「役が黒髪だからさ。」
「……黒髪なんて初めて見たかも…」
「貴重だぞ。由貴 ♪ 」

何でそんなに得意気?


「髪も随分伸びたね…」

いつもの様にドライヤーで乾かしながら惇哉さんの髪の毛を指で撫でながら呟いた。

「元が短いからちょっと伸びただけでも長く感じるんじゃないの…」
「何だか…別人みたい…」
「そう?」

俳優仲間の「鏡レンジ」さんの紹介で同じジムにも通う様になって…
元々普通だった惇哉さんの身体はちょっと引き締まってきた…

って…身体をしぼるって…いつ聞いたんだっけ?