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ザワザワとスタジオの中がざわめいている…
何気にスタッフの人達も緊張気味に感じるのは気のせい?

当の惇哉さんはここに来る廊下で気持ちを入れ替えてたみたいで…
1度私が 『 石原竜二 』 を警戒したらそれから
惇哉さんはあまり私の前では 『 彼 』 を出さなくなった…
それにしても…

何となくいつもよりセットの周りにいる人達の人数が多い様な気がするのは…気のせい??

そういえばそういうシーンになると見学の人が増えるっていうの聞いた事があるけど…それ?


私は……スタジオの…他の人の後ろの方から見守ってた…

だって…やっぱりそんな近くなんかで見れない……



監督の声が掛かって撮影が始まる…
刑事役の高瀬さんが惇哉さんの所にやって来る所から始まった…

「こ…ここで?」
『ああ…俺はムードなんて考えて無いしとりあえずベッドがあるんだからいいんじゃないの…』
「………」
『別に俺は構わない…ただ刑事が情報を貰う為に身体を差し出すのが見たいだけだから…
これから先何処の誰がどれくらい死のうが俺の知ったこっちゃ無い。』
「本当に…ちゃんと話してくれるんでしょうね…」
『信じてもらうしかないね。でも今までの情報はあんた達には役にたっただろ?くくっ…』
「………」
『早く決断した方がいい…こうやってる間にも誰か殺されるかもしれない……フフ…』


そんなセリフのやり取りの後カットが何度か掛かってシーンが順調に過ぎて行く……

何だか…胸がドキドキして来た…
惇哉さんの言う通りキスシーンなんかとは比べ物にならないのかも…

いよいよだ…


セットで作られた部屋の隅のシングルサイズのベッドの脇に高瀬さんが立って自分で服を脱いで行く…
それを惇哉さん扮する 『石原』 がじっと薄笑いを浮かべてながら見つめてる…

ブラウスを脱いだあと彼が高瀬さんをベッドに突き飛ばした。
そのまま彼女に覆い被さって激しく唇を奪っていく……

知らない内に自分の服をぎゅうっと握り締めてた。

カットは入らない…ずっと撮り続けて…
彼女の上半身が裸になる頃に1度カットが入ってスタジオの中の空気が一瞬和らぐ…

私は未だに心臓がドキドキ…

惇哉さんの言う通りに大人しく家にいれば良かったのかしら…
でも…これから先も惇哉さんが役者を続ける以上こんな事は何度だってある…
だから…私はしっかりと見届けなくちゃいけない……
それに…さっきから目を瞑ると耳元に惇哉さんの声が響いてる…

『 目の前でどんな事があっても…オレを信じて…由貴… 』

惇哉さん……

『オレが…由貴を全身で好きって言ってるの…想い出して…』

惇哉さんが私に触れた感覚が身体中に残ってる…


それでも…流石に最後の方はどうしても見てられなくてそっとスタジオから抜け出した。

あんまりも生々しくて…って言うか変な事に段々演技をしてる2人が自分と惇哉さんにダブって見えて…
皆に私達の事を見られてる様な錯覚に陥って…凄く恥ずかしくて…

「なんでそんな気分になるの?」

自分でも不思議で不思議で……
きっとこの2日間で惇哉さんがどれだけ私に色んな事したかって事なのかしら?

『 オレと愛し合った時の事…オレの全部を想い出して… 』

もう……

「若い女の子には刺激が強すぎかな?」

「え?」

急に話し掛けられて…振り向くと知らない年配の男の人がニヤニヤ笑いながら立ってた。

「ちょっとしたアダルトビデオなんかよりも生々しくて興奮するね。」
「………映画の…関係者の方ですか?」

何となく嫌な感じだったけど関係者じゃ早々邪険にするのもまずいかと思って
聞いてみる事にした…それにどう見ても廊下には私1人で…私に話し掛けて来たんだろうし…

「映画って言うかここのスタジオの関係者かな…」
「そうなんですか…」
「あんな撮影の時が唯一の楽しみでね…だから普段は事務所にいるんだけど今日は見に来たってわけ。」
「……はあ…」

何だか…何気に近付いてくる…?

「あんた撮影関係の人?」
「え?あ…はい…マネージャーで…」
「誰の?」
「……はあ…あの…」

惇哉さんのマネージャーって言うのは言わない方がいいと思って言葉を濁した。

「じゃあ…まだ撮影が残ってますので……あっ!!」

サッサと歩き出してスタジオに戻ろうとする私の腕を掴まれた!

「え?…あ…あの…」
ちょっ…ちょっと何?この人!?
「あんた綺麗だな…」
「はあ?」
「誰のマネージャーか知らないけどあんたが女優で出たらどうだ?」
「ちょっ…何言ってるんですか?離してください!」
「そう言う関係者知ってるんだよ…紹介してやってもいいんだよ。
身体だっていいプロポーションしてるし…へへ…」
「結構です!離して!……きゃっ!!!」

なっ……お…お尻触られた!!!

「あっという間に人気AV女優だよ。」

A…AV女優って…一体どんな知り合いに紹介するつもりなのよっっ!!

「変な事言わないで下さい!あなたも仕事中でしょ!真面目に仕事したらどうですか!」
「ならあんたがマネージャーやってる役者に仕事廻してもらう様に話つけてやっても良いぞ。
だからその代わり…」

なっ……何が…

「何がその代わりなんだ?エロ親父っ!!!」

「!!!」
「惇哉さん!?」

「オレのマネージャーからは・な・れ・ろ・!スケベジジイ!!」

「…っつ!」

そう言って私の腕を掴んでた腕を捻り上げて突き放した。

「…あんた…主役の…」

「由貴に仕事の斡旋なんて無用だしオレに仕事なんて廻してくれなくて結構!
さっさと仕事に戻れよ!オレの方があんたの事クビに出来るぞ。」

私を自分の背中に隠してくれた惇哉さん…
そう言えばいつも私の事背中に庇ってくれてた……

それに今は 『 石原竜二 』 の衣裳だから…何だか彼に助けられたみたいで…

「……ちっ!」

そう舌打ちをして男の人は廊下を歩いて行った…

「まったく……気が強いくせに無防備なんだからな由貴は!」
「知らないわよ!いきなり話し掛けられて急にあんな風になっちゃったんだから…」
「あいつここじゃ有名なオヤジなんだよ。セクハラまがいな事して何度か揉めた事あんの。」
「何でそんな人がずっと働いてるの?」
「ここの重役の身内なんだってさ。
外に出して問題起こされるより自分とこで監視してた方がまだマシって事。
最近は皆それわかっててアイツには近寄らないんだけど…」
「そんな事私知らないし…」
「そっか…由貴は初めてだもんな。話しとけば良かったな。」
「もう今更だけど…撮影は?」
「オレを誰だと思ってる由貴!何度も同じ事しない。だから時間が余って休憩時間 ♪ 」
「そうなの…じゃあコーヒー飲む?」
「由貴が淹れたヤツだろ?」
「そうよ。」
「じゃ飲む ♪ 」

本当はどうやって由貴に話しかけたら良いのか迷ってた…
途中由貴がスタジオの隅に立ってたのは気付いてたから…
困った様な顔してたから気になってた……
でも幸いな事に変な事に巻き込まれててそんなのもあやふやになって…普通に話してる。

「由貴…」
「ん?」

「……大丈夫…?」

「…………うん…大丈夫…」

「……無理…してる?」
「してないわよ……臨時でもマネージャーですから。」
「……へえ…すごい自信…」
「それに…」
「ん?」

「ずっと惇哉さんが傍にいてくれたから…」

「え?」

「ずっと…傍に感じてた……ぎゅって…私の事抱きしめててくれてたから……」

「由貴……」

「なんて言われたら嬉しい?」

「なっ!!」

何だ!その満面の笑みはっ!!

「くすっ…ちょっと仕返し!」
「……由貴…」

「ん?」
「キスしたいな。」
「ダメ!」
「何で?」
「仕事中だから。」
「今は休憩中! チ ュ ッ ♪ 」

「 !!! 」

一瞬のうちに惇哉さんが触れるだけのキスをした。

「もう!誰かに見られるでしょ!!」
「オレは平気だってば。」
「私は平気じゃ無いの!」
「照れない ♪ 照れない ♪ 」
「照れてないですからっ!!もう…」


そんな惇哉と由貴がイチャイチャしてた頃……

事務所に戻ったセクハラ男こと 『大幡』 は未だに腹の虫が治まっていなかった。


「くそっ…何がクビに出来るだ…若造が……1人でイイ思いしやがって…」

どうやら今日の撮影の事を言っているらしい。


「今に見てろ……」