76





「嫌ってどう言う事だよ!」

一緒に婚姻届を出しに行こうと言ったら即答で由貴に断られた!

「嫌だから嫌って言ったの!」
「だから何で?」
「だって私惇哉さんのご両親に会った事も無いのよ!
それなのに勝手に籍入れてその後に会いに行くなんてそんなの絶対嫌!」
「オレの親の事は気にしなくていいんだよ。
放任だしそれにオレだって自分の事は自分で決める!自立してる一人前の男だぞ!」
「それでも嫌!これから一生お付き合いして行くかもしれないのに…最初が肝心だもの!」
「かもじゃない!かもじゃ!!…ん?」
「……何よ?」

「でもオレと結婚するって言うのは嫌じゃ無いんだな?」

何よ…その当たり前みたいな自信たっぷりの顔は?

「……さあどうかしら?」
「なっ!!由貴っ!!」
「フ ン!」
「………」

この……意地っ張りめ〜〜〜!!

「それに惇哉さん勝手に決めて…私に何の相談も無いじゃない!」

「相談しても結果は同じ事だろ!オレは今すぐ結婚したい!
由貴と身体の関係になったらすぐそうするつもりだった。
本当ならコレ書いた時にサッサと出したいくらいだったのを今まで我慢してた!」

書いた時って…あの時はお互いの気持ちも確かめ合ってもいなかったじゃないのよっ!!

「あっ!何すんだっ!」

由貴が不意をついてオレから婚姻届を奪おうとするから寸での所でかわして何とか用紙を守死した!

「それ!こっちに渡して!怪しいから私が預かっとく!」
「い・や・だ・!!」
「だって!!惇哉さん勝手に出しそうなんだものっ!!」
「だから前から言ってるだろ!勝手には出さないって!これは2人で出しに行くって決めてんの!」
「?」
「一生に一度の事だから…2人でちゃんとしたい。」
「そこまで思っててくれるならもう少し私の事も考えて欲しかったわね!」
「考えたから今出すんだろ!」

根本的に話が食い違ってる気がする……

「とにかく!その事は一旦保留って言う事で!!」



ぶっすぅ〜〜〜〜っっ!!!!

惇哉さんが超不機嫌で撮影場所にやって来た…
今日は大学でのロケだから着替えて腕組んでもの凄い不機嫌顔……

「いい加減機嫌直しなさいよ…」
「無理っ!」
「撮影に差し支えるでしょ!」
『仕事はちゃんとする………』
「 !! 」

いきなり 『 石原竜二 』 にならないでよ!!

「楠さん!おはようございます。」

珍しく高瀬さんが惇哉さんに声を掛けた。

『………』

もう返事くらいしなさいよ!

「おはようございます…高瀬さん。」
「あれ?今日はもう 『 石原 』 になってるんですか?気合入ってますね…」

そう言えば彼女も惇哉さんが 『 石原竜二 』 の時って苦手だったんだっけ…

「あの…もうすぐ撮影も終りになっちゃうんで…それで……今度皆で飲みに行きません?
撮影が早く終わった時ですけど…」

『………皆と一緒なら構わないけど…』

もうもの凄く素っ気ない言い方の返事…

「良かった!じゃあその時はまた声掛けますね ♪ じゃあまた後で。」

用件だけ言うと高瀬さんはいつもと変わらずに駆けて行った。



ひゃあ…たったあれだけの事話すのにエライ勇気がいって心臓がドキドキしちゃった…

昨日の事は…撮影だったんだから……
楠さんが何とも思わなくたって当たり前なんだから……
私だってこの仕事始めてから大分経つし…
それなりのシーンだって結構こなして来たじゃない……
だから…今回の事が特別って事じゃな無いんだから……

でも……私には……特別だった…かな……
楠さんとのキスも…楠さんが私の身体に触れた感触も…
全部まだ私の身体に残ってるから……


順調に撮影が進んで今日の撮影も残す所数シーンになった。
惇哉さんは撮影に入るとあの機嫌の悪かったのなんて感じさせないくらいの演技で…
って言うか… 『 石原 』 自体がいつも機嫌悪い役だからあんまり変わらないかしら…


「楠さんって…昨日…どうでした?」

「え?」

直ぐ横に高瀬さんが立ってた…でもいつもとちょっと雰囲気が違くて…
何だろう…?ちょっとモジモジした感じ?

「昨日…ですか?…んー…普段と変わらずでしたけど…」

いつも以上に私にチョッカイ出して絡み付いて来てたけど…
そんな事彼女に言えるはずも無く…

「ですよね……そうですよね…」
「高瀬さん?」

「私ずっと昔から彼のファンだったからかな…
何か昨日からドキドキしてて…楠さんを意識しちゃうって言うか…」

「………」

え…?

「なんて…プロ失格ですよね…あ…ごめんなさい…マネージャーさんにこんな事言って…」

「あ…いえ…」
「自分でもわかってるんです…あれはあくまでも仕事上の事なんだって…でも……」

…でも?

「いくら仕事とは言え昔から憧れてた人とあんなシーンを撮るって言うのは嬉しかったなって…
純粋に…ミーハーかもしれないですけど……」

「…………」

彼女はそう言うと黙って惇哉さんを見つめてた…

そうよね…今回の事は私だけじゃなくて相手だった高瀬さんにだって
とっても意味がある事だったのよね…

だって…もし男の人に裸見られたり触られたりしたのが昨日が初めてだったら…
彼女にとってその相手が今まで憧れてた相手だったら…

特別な思い出になって当たり前だもの……


「お疲れ様。」
「由貴…」

今日最後のシーンが終わって惇哉さんが休憩の場所に戻って来た。

「どうする?少し休んで帰る?」
「んー…そうだな……由貴」
「なに?」
「何かあった?」
「え?……ううん…何も…」
「何?少しは反省したの?」
「は?何を反省するのよ?」
「オレの存在を邪険に扱った事!」
「邪険になんて扱ってないでしょ?」
「そう?オレの事なんてどうでも良いのかと思ってた。」
「根に持つわね…そんな事これっぽっちも気になんてしてません!」
「ふ〜〜ん…あっそう。」

「楠さん…」
「ん?」

高瀬さんが小走りで走って来た。

「あの…明日撮影が早く終わりそうなんで…皆でどうかなって話が出てるんですけど…
楠さんは予定…どうですか?」
「別に構わないけど…由貴も一緒だけど?」
「あ…マネージャーさんも一緒で大丈夫です…私も一緒に来てもらうので…」
「わかった。明日順調に行ったらね。」
「はい!そうなる様に頑張りますから!!」

彼女がにこやかに笑ってマネージャーさんの所に戻って行く。
そんな後ろ姿を私は何とも言えない気持ちで見つめてた…

「良くある事だよ。」
「え?」

惇哉さんがそんな事言い出すから何の事かと思ってしまった。

「彼女に何か言われたの?」
「……別に言われたって言うわけじゃ無いけど…」
「昨日の事が忘れられないって言われた?」
「…惇哉さん…」
「たまにあるんだよ…仕事に真面目だからかもしれないけど…
役になりきって…役の気持ちに同調しちゃう…」
「そんな…彼女ずっと惇哉さんに憧れてたからって…」
「やっぱり何か言われたんじゃないか。」
「……だから…別に…言われたわけじゃ…」
「だったら尚更…なんせあんなラブシーンだもの…気持ちが舞い上がってもおかしくない。」
「…………」
「なに?」

由貴が納得いかないって顔でオレを睨んでるから…

「何だかそんな言い方冷たいなって…」
「そう?オレは逆に期待持たせる方が酷いと思う。
前共演した2人が付き合い出したの知ってる。男の方は結婚してたのにさ…
撮影が長く続いて錯覚するんだろうな…
自分達はこんなに好き合ってるって…周りが見えなくなる…
まあ男優の方もオレから見たらいい加減な奴だったけど…
案の定週刊誌にすっぱ抜かれて騒がれて…
男優の方はあっさり女優との関係を否定。
もともとキャリアの少なかった女優の方はそれをキッカケに仕事が無くなって…
引退を余儀なくされた…」

「………」

「だからオレは仕事は仕事って割り切ってる。
そんな感情にいちいち振り回されてたらドラマの度に相手役に恋しなきゃいけない。
そりゃその場限りで気持ちを入れる事はあるけど撮影が終わったらそれまで。」
「そうだけど…」

「じゃなきゃ自分も傷付く……」

「惇哉さん…」

「こればっかりは自分でどうにかしないといけない事だから…だからオレには関係無い事。」
「………」

そうかもれないけど…私は複雑な気持ちだった…

「由貴が恋人役だったら自信ないけどな。」

「え?」

「きっと自分でもわからないうちに由貴に恋して…必ず手に入れてみせる…」

「な…へ…変な事言わないでよ!そんなの例えばの話でしょ!」

「いや…きっとそうなる……だって実際そうだったんだから…」

惇哉さんが優しくにっこりと微笑むから……
もう…心臓がドキドキの顔真っ赤で……やだ……照れる!!

「由貴…」

「な…なに?」

「まだオレと結婚する気無い?」

「……い…今の所予定は無い…です。」

「ふーん…結構しぶといね…ま!いいや…」

随分諦めが良いわね……

「あと数日もすれば由貴の身体に嫌ってほどオレの愛情を受け取ってもらうから ♪
そうすれば結婚の事前向きに考えてくれるよな?由貴 ♪ 」

「 なっ!!!! 」

何なの?それはっっ!!脅し?脅し文句??

「さて帰るか…由貴。」
「………うん…」


そんな事を2人で話して…
私はふと…何で惇哉さんの結婚に素直にOKしないんだろう…と思う…
確かに惇哉さんのご両親に会ってないって言うのもあるけど…

でももっと……他に理由がある様な気がする……