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「オイ!惇哉!!」

「早く!どかせっ!!」

自分の目の前で一体何が起こったのか…
監督の叫ぶ声が響いてる…スタッフも慌しくセットに飛び込んで行く…

「………惇哉…さん…」

たった今まで…目の前にいたのに…
目の前で…あの 『 石原竜二 』 を演じてたのに…

一瞬の事だった…
天井に吊るしてある撮影用のライトが落ちて…
途中でセットに当たって…周りを巻き込んでセットが崩れた。
もともと何だかんだと所狭しと荷物が置かれていた倉庫のセットは
足の踏み場も無いほど物が散乱した。

そんな場所で惇哉さんと高瀬さんが…たった今まで演技してたのに……

「惇…哉さん……?」

周りの騒ぎでそんな私の声なんて聞えるはず無いのに…
でも…脚が震えて動けない…声が出ない…

「気をつけろよ!」
「そっち持って!!」

そんな大きな声がスタジオ中に響いてる…

「はぁ!!!」

しばらくしてスタッフ1人に腕を引っ張られて高瀬さんが顔を出した。

「亜優大丈夫か?」

北館監督がセットに飛び込んで高瀬さんに声を掛ける。

「私は大丈夫です!でも楠さんが…私を庇って……」

「 !!! 」

もう目の前が真っ暗……

「オイ!!惇哉!!!大丈夫か?」
「監督そこの板…どかして!!」

しばらくそんな会話が交わされてたけど…私はもう立ってるのがやっと……
苦しくて…自分が息を止めてた事に気が付いた…

「オイ!惇哉!!返事しろっ!!」

「………頭の上で…うるさいよ…監督……」

「惇哉!!」
「楠さんっっ!!」

どかされたセットの下からスタッフの人と監督に引っ張り出される惇哉さんが見えた!

「………」

良かった……

「楠さん!!」

「 !! 」

傍にいた高瀬さんが惇哉さんに抱きついた。

「 ………… 」

私は…その場で立ったまま…抱き合ってる2人をじっと見てた…
本当なら惇哉さんに駆け寄って行きたかったのに…未だに脚が震えて動かない……

「亜優ちゃん…ちょっと…」
「え?…あっ!!」
「オイ!救急車呼べ!!」

北館監督がこっちを振り向いて叫ぶ。

「はい!」

誰かがそう返事をして携帯を取り出してる……

「いて……」
「立てるか?」
「何とか……ったく…監督の撮影はいつもこんなだ…」
「悪態つけるなら大丈夫だ。」

「 !! 」

監督と高瀬さんに支えられて立ち上がった惇哉さんの左腕が血で真っ赤に染まってた!

「………あ…」

私はもう頭の中が真っ白で……

「……貴…」
「………」
「由貴………由貴っっ!!!」

「はっ!!」

惇哉さんの私を呼ぶ声で我に返る…

「…惇哉…さん?」

「大丈夫か?」
「大丈夫かって…それは惇哉さんの方でしょ……」
やっとの思いで返事をした…
「そうだな…救急車…一緒に乗って…」
「…うん…」
「私も一緒に行きます!」
高瀬さんが惇哉さんを支えながら叫ぶ。
「お前も一応医者に見てもらえ。頭打ってるかもしれないからな。」

結局救急車には惇哉さんと私と高瀬さんが乗って…
別の車で高瀬さんのマネージャーさんと監督がついて来る事になった。

「痛い?」
「まあそれなりに。」
「何よそれなりって…」
「楠さん…私…なんて言っていいか……」
「亜優ちゃんが気にする事じゃ無いでしょ?事故なんだし…」
「でも…私を庇ったから楠さんが…」

「あの時は誰が相手でも庇うでしょ?男なんだし…気にする事無いよ。ね!」

「…………」

惇哉さんがやんわりと彼女を突き放した……

私は…何だか複雑で…思わず黙ってしまう……


病院に着いて高瀬さんがCTを撮って異常なし。
彼女が言う通り惇哉さんが庇ったお陰で殆んど無傷だった。
当の惇哉さんは高瀬さんを庇ってセットが直撃…
割れた棚の扉のガラスが斜めに惇哉さんの腕を切った。
他に擦り傷打撲が数箇所…幸いな事に傷の深さは浅くて…
角度が悪ければもっと出血して神経も危なかったって言われた…
それでも15針も縫う大怪我で…しばらく腕は動かす事が禁止された。
CTの検査は異常無しで…でも大事をとって今日1日は病院に入院する事になった。

「まあ大事に至らなくて良かった…でもあのライトが落ちるなんて有り得ねぇんだけどな…」

北館監督が不思議そうに首を傾げる。

「ネジでも緩んでたんじゃないの?」
「……後で詳しく調べてみるけどな…まあしばらく休め。
どうせあのセットも直さなきゃ使えないんだし…腕も動かせないしな。」
「腕は平気だけどさ…何か悔しいな…」
「そう言やお前が撮影に穴開けるなんて珍しいもんな。」
「珍しいなんてもんじゃ無い!初かも!初!!」

そう言えば惇哉さんって仕事に関しては真面目だものね…
サボったり休んだりしないから…

「じゃあオレはスタジオに戻るから…また明日にでも顔出す…亜優も無理すんな。
撮影は撮る順番替えりゃ済むし…まだ日にちに余裕あるから。」
「はい…」
「じゃあお大事にな!」
「あ…ありがとうございました…」

監督を廊下まで見送って深々と頭を下げた。

「楠さん…あの……」
「亜優ちゃんも帰って休んだ方が良いよ。オレも少し休むし…」
「はい……」
「由貴…」
「あ…もう…大丈夫ですので……亜優さんもお大事になさってください…」
「はい……」

亜優さんとマネージャーさんを廊下で見送って病室のドアを閉めた。

個室の病室は皆がいなくなってシン…となる…

「由貴…」

何でだか…身体がピクンとなった…ただ名前を呼ばれただけなのに…

「こっち…来て…」

「………」

惇哉さんがいるベッドに座ると怪我をしてない惇哉さんの右腕で抱き寄せられた。

「大丈夫か?由貴……」

そんな惇哉さんの声と言葉と腕の中で…今まで押さえてた涙が溢れた。

「惇哉……さん…良かった……あんなに…血が出て…わた…私…もう…何が何だか…うっ…」

惇哉さんの身体に腕を廻して抱きしめた…

「ごめん…由貴…心配させて…」
「ううん……うっく…うっ…」

「ちゅっ…」

泣きじゃくる由貴のオデコにキスをした…涙が伝ってる頬にも…

「ン……」

最後に優しく唇にキスをした……

「ちゅっ……落ち着いた?」
「……うん…ごめんなさい…私の方がしっかりしなくちゃいけないのに…」

本当に情けない…怪我してる惇哉さんに慰めてもらうなんて……

「今夜はここで2人っきりだな…こんなのもなかなか新鮮で良いかも…」

「…もう…今日は大人しく寝ててね…約束して…」
「はいはい…由貴にまた泣かれたら困るからな…今日は言う事聞くよ…」
「 『 はい 』 は……1回…」
「はい…」
「もう……」
「くすっ」

2人で笑い合って…また惇哉さんがキスをしてくれた……



「…………」

え?……今…2人って…キスしてた?


どうしても楠さんの事が気になって…もう少し傍にいさせてもらおうと…戻って来たけど…

そっと開けたドアの隙間から見えたのは…2人が抱き合いながら…キスしてる所だった……


え?ええ??ええええーーーーー????

あの2人って……付き合ってるの????
あの人…マネージャーじゃないの???

恋人同士なの????