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惇哉さんが撮影中の事故で腕を15針も縫う大怪我をした。

あの後事務所の社長が来て事務の皆が来て三鷹さんが来て
鏡レンジさんと真理さんも来てくれて…
お母さんからはニュース見たって半泣きで電話が掛かって来るし…
もう病室の中は暫くの間ザワザワワサワサ…落ち着かなかった…
やっと静かになったのはもう夜の9時に近かった…

「疲れた…」
「大丈夫?」

惇哉さんが目を瞑ってベッドに横になる。

「んー…ちょっと身体がダルイ…」
「え?」

珍しく惇哉さんがトロンとした顔してた。

「熱がある…」

念のためにオデコに当てた手が熱い。

「冷やした方がいいかも…」

確か怪我のせいで熱が出るかもって言われてるし…

「ちょっとナースセンターに行って氷枕貰って来るから…」
「ん…」
「惇哉さん?」
「ん?」
「大丈夫?何だか元気ないから…」

って怪我してて元気って言うのも変だけど…

「オレ熱なんて久しぶり…だから結構堪える…」
「薬も貰ってくるから…」
「ん…」

頷いて目をつぶる惇哉さんを見て本当に辛そうだと思った。

ナースセンターに声を掛けて氷枕と薬が届いたのは10分 程経ってからだった…

「すう……」
「もう寝ちゃった…」

薬を飲んで20分もしないうちに寝息が聞こえて来た…

「………」

顔にも擦り傷がある…あの時惇哉さんがあのままどうにかなってたら…私…
そんな事を考えてたらまた涙が込み上げた…

「……うっ…」

だめだめ…メソメソしても仕方ない…
それにこうやって目の前にちゃんと惇哉さんはいるじゃない…

「………」

そう…目の前に…

「チュッ…」

今日は私から惇哉さんにキスをした…
眠ってて気付かないだろうけど…

その後はずっと惇哉さんの傍にいた…

明け方近く流石に眠くなってベッド脇に座ったまま
ベッドに上半身だけ俯せにして眠ったらしい…
きっと精神的に疲れてたからか途中で看護師さんに
風邪をひくからちゃんとベッドで寝なさいって
言われた気がしたけど夢うつつで良く覚えて無い…
でもモソモソとベッドに潜り込んだらしい…
掛け布団の感触と温もりがあったかくて気持ち良かった。



「おはようございます。」

そんな挨拶と共にカーテンが開けられて朝日が部屋一杯に差し込む。

「ん……」

え?……朝?

「おはよう…ご ざいます……」

条件反射で挨拶したけど……誰?

「おはようございます。」

惇哉さんの声がすぐ傍でした。

「えっ!?」

一瞬で目が覚めて顔を上げると惇哉さんの顔が目の前に…
え?何……で?って!!

「付き添いの方の予備のベッドありましたのに…仲がよろしいんですね。クスッ」

「いえっ!!そう言うわけじゃ…」

慌てて跳び起きた!
何で?何で惇哉さんと一緒にベッドで寝てるの??
しかも怪我してない腕で腕枕までしてもらって……

「オレが寒いって言ったら添い寝してくれたんです。」
「あら…熱が上がったのかしら?」
「今はもう大丈夫です。恋人の献身的な看病で熱も下がりました。」

ニッコリと満足気に笑っちゃって…

「ちっ違いますっっ!!こっ恋人とかじゃありませんからっっ!!」

「はい。」

ニッコリと笑ってるその顔…信じてませんね!

「本当です!何もイヤらしい事もしてませんし…あ…ちがくて…うっ…」

ああ…もう自分でも何言ってるんだか!!

「とっ…とにかくこの事はご内密にっ!!」
「心得てますよ。ここ撮影所から近いですから良く役者の方が入院される んで…」
「よ…宜しくお願いします!」

話しのわかる看護師さんは朝の検温を済ませて病室を出て行った…


「…由貴…何であんなに否定すんの?」
「するでしょ!普通!!ここでまた変な噂がたったら大変じゃない!」
「何で由貴との事が変な噂なんだよ?」
「……そ…それは…だって…やっぱり…」
「やっぱり?」
「まだ世間に知られなくても良い事なのっ!!」
「ふーん…」
「惇哉さんでしょ!」
「何が?」
「私をベッドに連れ込んだの!」
「風邪ひいちゃうからベッドに入りなって言ったら由貴が自分から入って来たんだよ。」
「…だったら起こしてくれれば良いのに…」
「オレはそれで良かったからいいの。由貴と一緒に眠りたかった…」
「怪我してる所に私の手が当たったらどうするつもりだったのよ…」
「別に…オレ 『 M 』 らしいから。」
「え?」

由貴がキョトンとした顔してる…本人は自分が 『 S 』 だとは自覚が無いらしい。

「由貴…おはよう…」
「お…おはよう…」

チュッ♪

「怪我の具合は?」

もう当たり前になったおはようのキスでは由貴は怒らなくなった…良かった…

「平気…痛み止めが効いてるのかも…」
「熱も下がったみたいだし…良かった…」
「うん…でもセットが直ったら仕事出るから。」
「え?もう?無理じゃないの?もうちょっと休んだ方が…」
「大丈夫だよ…別にアクションシーンがあるわけじゃ無し…
腕もなるべく動かさない様にするし…撮影も後もう少しだし…」
「………惇哉さんがそう言うなら私は何も言わないけど…でも…」
「心配?」
コクリと無言で由貴が頷いた。
また不安そうな顔をする…

「大丈夫だって…もうあんな事故起きたりしないから…」
「当たり前でしょ!あんな事もう2度とご免よ!」
「由貴……」
「何?」

「好き…」

一瞬で由貴の顔が赤くなる。

「昨夜みたいに由貴からキスして欲しいな ♪ 」

「…なっ!!!なん…起きてたの?」
更に由貴の顔が真っ赤。
「起きてたって言うかウトウトしてたら唇に柔らかい感触が…」
「ゆゆゆゆ夢よ!熱で幻覚でも見たんじゃないの?」
「見たわけじゃなくて感じたんだけど?」
「ききききき気のせい!!気のせいですっ!!」
「そうかな?」
「そうですっ!!」

明らかに由貴がオレにキスをしてくれたってバレてるのに…
まあいいか…今の由貴見てて面白いし。

「今日退院出来るんだよな?」
「お昼前には出来ると思うけど…」
「北館さん来るって言ってたよな…」
「うん…」

昨日の事故の原因分かったんだろうか?


その日の朝9時過ぎに監督がやって来て昨日の事故は
やはりライトを止めておく止め具のネジが緩んでいたのが原因らしい。
緩んでいたネジに負荷がかかって折れたそうだ…
人為的なものか偶発的なモノかはわからないと言う事で
明日には壊れたセットも修復されるそうだ。

ただ監督命令で今日1日は大人しくしてろとクギをさされた。

オレとしては撮影の予定が入ってるのに仕事が出来無いと言う悔しさはあったけど…
いつもより数倍もオレに気を使ってくれてオレの傍に由貴がいてくれるから…
1日くらい大人しくしててもいいかな……