87





「ふわぁ〜〜〜」

ベッドでムックリと起き上がって大欠伸をした……
あれ?オレいつの間に寝たんだ?しっかりとパジャマにも着替えてるし…

昨夜の記憶をボンヤリとまだ寝ぼけてる頭で考える…
確か…映画の撮影が終わって…打ち上げで監督達としこたま酒を飲んで……
昨夜はずんげー気分良くて…酒が進んで……

「…………」

あれ?……何だっけ?オレ今までどうしてたんだっけ?

酒の飲み過ぎか…寝起きのせいか…記憶が曖昧で変な感じだった…

何か大事なこと…忘れてる様な…オレ…1人だったっけ?

「………由…貴?」

そう…確か…

「 由貴ーーーーっっ!!! 」

何故か不安で由貴の名前を呼んだ。

「…………」

え?いない??まさか…マジで今までの全部夢って事…無いよな?

オレは心臓がドキドキで嫌な汗まで出てきた…

「 ! 」

パタパタと廊下を歩く足音がする…オレは一瞬で胸の中がホッとした…

バ ン ッ !!! と勢い良く寝室のドアが開く。

「起きたなら自分でこっちに来なさいよっ!」

由貴がエプロン姿で立ってる…

「私は今ご飯の支度で忙しいんだからっ!」
「…くすっ……ごめん…」
「何笑いながら謝ってるのよ!」
「由貴…」
「何?」
「こっち来て…」
そう言ってオレは由貴に手を伸ばす。
「嫌よ!」
「何で?」
「絶対いやらしい事するに決まってるから!」
「昨夜はしなかっただろ?」
確かしてないはず。
「あれだけ酔ってたらね。大変だったんだから…覚えてないの?」
「多少は…ねえ…来て…由貴…イヤらしい事なんてしないから…お願い。」
「…………」

とんでもない疑いの眼差しと逃げ腰で由貴がベッドに近付いて来る。
そんな由貴の腕を掴んでベッドに座らせた。

「どうしたの?」
「なんで?」
「何だか様子が変…」
「………二日酔いのせいかな…」
「ホント?大丈夫?」

本当はそうじゃないと思うけど他に理由が見当たらないからそう答えた。

「……全部…夢かと思ったんだ…」
「え?」
「目が覚めたら1人だったから…今までの事が全部夢だと思えた…」
「自分が俳優って事も?」
「違くて…由貴との事……」
「私の事?」
「そう…由貴は未だにただのお隣さん…って…」
「惇哉さん…」
「そう思ったら急に不安になちゃって…由貴の事呼んでた…
来てくれなかったらどうしようかと思ったけど…来てくれたし…オレの傍にいてくれた…」
「あ…」

由貴を背中から抱きしめた。

「私は別に結婚するまで別々でも構わないのよ。」
「は?……まったく…由貴はずぐそうやってオレをイジメて楽しんでるんだろ?」
「そんな事無いわよ…でも…いつも惇哉さんに振り回されるから…時々こうやって仕返し。」
「やっぱり…」
「ウソよ…でももう起きてね。それに明日からは惇哉さん1人だからちゃんとご飯食べてよ。」
「え?何で?」
「何でって…私は明日から事務所勤務だもの。」
「………え?…あ!!」

そうだ…由貴のマネージャーの仕事って映画の撮影が終わるまでだった。

「そ…そうだけどなんでそんなに早く出勤すんだよ。もう少し休んでからだって…」
「休んでたってやる事無いし…私はそっちの方が良いから…」
「…………」

惇哉さんが一瞬で機嫌が悪くなった。




「もう…ご飯の時くらいそんな顔止めてよ。」
「ホーーーーント!由貴は冷たい!!」

遅めの朝食をテーブルで向かい合って食べてる真っ最中…

「失礼ね…どこが?」
「やる事無いってあるだろ?オレと一緒にいる事!」
「……休まなくたっていつも一緒にいれるでしょ?一緒に暮らしてるんだから…」
「そう言う問題じゃ無いんだよ!まったく…由貴は相変わらず鈍いし男心がわかんないんだから!」
「な…何よ…そこまで言う事無いでしょ!だからいいわよ!しばらく別々で!
そしたらいつも一緒にいたって言う実感がわくんじゃない?」
「由貴とは基準が違うの!!」
「どんな基準よ…もう…とにかく私は明日から仕事でいませんからね!」
「はいはい……」
「 『はい』 は1回っ!! 」
「はーーーーーーいっ!!!フンっ!!」
「……………」

まったく何なのよーーー!!私何か悪い事した?

「あ!そうだ!」
「何よ!」

「じゃあこれからデートしよ ♪ 」

「は?」
なんでそうなるの?
「昨日約束しただろ?今日じゃないと今度はいつ昼間のデート出来るかわからないからな。
そうだそうしよう!由貴早くご飯食べて!」
「…………」

機嫌が直ったのはいいけど…何でそんな展開に?

「惇哉さん…」
「ん?」
「デートはもう少し後でしない?」
「え?なんで?」
「だって…あれからまだそんなに日にちも経って無いし…騒がれたら困る…」
「…………」
「…………」
「由貴!」
「ん?」

「オレがするって言ってる……」

「 !! 」

「言ってる…」
「い…いつもズルイ!惇哉さんいつもそうやって私を黙らせるんだもの…」
「じゃあ抵抗してみれば?オレはただ言葉で言ってるだけだよ。」
「そうだけど…」
「嫌って…言えばいい…」
「…………」
「由貴?」
「わかってる…くせに…」

「ん?」

由貴が俯き加減の小さな声で呟いた。

「言い返せないの…わかってるクセにっ!!!」

「わかってるよ…言い返せないのも…どうして言い返せないのかも…」

「え?」

「 由貴はね… 」

そう言って惇哉さんがガタリと席を立ってテーブルに手を着く。
そして手を伸ばして私の顎を掴むとちょっと強引に上を向かせる…

「 初めてその言葉を聞いた時から…… 」

「あ…」

「 オレの事が好きだったから…… 」

「ん…」

そんな事を言われながらそっと唇が触れた…
その後はゆっくりと口が塞がれて惇哉さんの舌に自分の舌が絡めとられる……
ちょっと無理な体勢だったから惇哉さんの腕に掴まった。

「ん……うっ……」

長くて…深くて…とっても気持ちのこもったキス…
それが食卓の上って言うのがなんだけど……


そっか…だから私…惇哉さんの世話をするのも…

一緒にベッドで眠ったのも…キスされたのも…嫌じゃなかったんだ……


惇哉さんの言う通り…私って…鈍いのかも……


今…惇哉さんに言われて初めてわかった気がした……