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「冗談じゃないわよ!そんな事あたしは許しませんからねっ!!!」

今度は握りこぶしをにぎって……
自称幼馴染みの彼女はそう言い切った………


「は?」
「は?じゃないでしょ!あんたあたしとの約束忘れたの?」
「約束?」
「あたしの言う事何でも聞くって!」
「そんな約束したっけ?」
「したわよっ!」
「いつ?」
「確か………年長の時?」
「なっ……話しになんないだろ!そんなの無効だろ?」
「それだけじゃないわよ!柾クンから守ってあげたでしょ!」
「それだっていつの話だよ!小学生の低学年の時だろ!」
「泣きながらあたしに 『 ありがとう 』 って言ってたのは何処の誰よ!」
「知るかっ!」

「あ…あの惇哉さん…」

「はっ!由貴!!」
しまった!
「ここじゃ落ち着いて話も出来ないでしょ…上がってもらったら?」
「え?」
………コイツを部屋に?
「嫌だ!」
「ちょっ…惇哉さん!」

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

その時霈(megumi)の携帯が鳴った。
しかも着信音が“ジョーズ”のテーマ曲って…

「うっ!マズイ!」

「は?」

送られて来たメールを見るなりとんでもなく驚いてる。

「とっ…とにかくあんた達の結婚は一時保留ですからね!」

急に慌て出して後退りする様に車に乗り込む。

「何でだよ!」

「あたしの人生がかかってるからよ!!いい!勝手に話進めたら許さないからね!
一生恨んでやるから!!」

そう言って急発進で車をスタートさせるとあっと言う間に見えなくなった。


「何だよ…」

突然やって来て人の事掻き回して…さっさと帰りやがって……
この空気どうしてくれんだよ……

オレの背中に当たる由貴の視線が痛いと思うのは気のせいか…

「………」

気配で由貴がマンションの方に歩き出したのがわかった。

「由貴!」

何気に早足で歩く由貴にエレベーターの前でやっと追い付いた。

「なに?」
「!!」

何事も無かったかの様な…しかもとんでもなく優しい言い方…逆に怖い!

「あ…あのさ…説明させて欲しいんだけど…」

エレベーターが着いて2人で乗り込んだ。

「幼馴染みなんでしょ?」

ボタンを押しながら…でもオレの方は見てない。

「そうなんだけど…でも…」
「彼女の人生左右するくらい深い仲の!!」

「!!」

やっぱ怒ってる!?

「由貴…違くて…ちょっと話聞いて…」

エレベーターが上に着いて扉が開くと由貴はスタスタと歩いて行く。
あのぬいぐるみを抱きしめて。

「由貴!」

そんな由貴の腕を掴んで振り向かせた。

「ちゃんと話聞くわよ。コーヒーくらい飲んだって良いでしょ?」

振り向いた由貴は普通の顔で…何だよ…怒って無いのか?
わかんねー……オレは心臓がドキドキ…



「あいつはオレの家の2軒隣に住んでて…オレと同い年の 『 汐田 霈 』(siota megumi) …
幼稚園から中学まで同じで確か仕事は輸入関係の会社に勤めてて…
今もあの家にいるかはオレは知らない…そのくらい会って無かったし付き合いも無かったから…」

「なのにここまで訪ねて来たじゃない。」
「だからオレもびっくりで…しかもあんな訳のわからない事言い出すし…」
「惇哉さんが忘れてるだけなんじゃないの?」
「そんな事無い!まあ子供の頃ならちょっと自信無いけどオレの記憶だと
何か約束した覚え無いし…結婚とかに絡んだ約束してたら覚えてる。」

その前に好きでもない女とそんな約束オレはしない。
それにあいつオレとそんな約束してたとかで文句言ってたわけじゃ無いんだよな…
思えば 「 好き 」 と言われた事も無い様な…一体何に文句言いに来たんだ?

「ふーん…」

ふーんって…

「由貴…」
「ん?」
「怒った?」
「んー…怒ってはいない…かな…」

かな?

「ただびっくりしたのとどう対処していいのかわからないだけ…ただ1つ言える事は…」
「言える事は?」
「私があの人の事納得するまで婚姻届けは出さないから!」
「ええっっ!!何でだよ?」
「何で?当たり前でしょ!他に女の人がいるかもしれない人と結婚なんて出来ないでしょ!」
「他に女なんていないって!何だよ…オレの親に会ったら届け出す約束だろ!」
「約束はしてないでしょ!会ってからって言っただけ……ンッ!!!」

いきなりガバッっとキスされた。
座ってたソファに押し倒される。

「…ンッ……うー…ぷは!!ちょっと惇哉さん!!」

押し倒されながら惇哉さんの肩と服を掴んで抵抗する。

「何でこんな事…これで誤魔化すつもり?」
「誤魔化したのは由貴だろ!話が違う!」
「………惇哉さんのせいでしょ!」
「オレのせいじゃない!オレには何も身に覚えが無いんだから!」
「でも惇哉さんの幼馴染みじゃない!」
「だから……」

ピ ン ポ 〜 ン ♪ ♪

「は?」

こんな時にチャイムが…誰だよ…
仕方なく由貴から離れて起き上がった。

「はい?」

超不機嫌な態度と声だ。
視界に入る由貴はソファに座り直してムッとしてる。
まったく…後でまた押し倒してじっくり話つけてやる…

『 僕だけど… 』

「え?」
『随分な挨拶だね…惇。』
「………」

まかさ…

「兄…貴…?」
『早く開けて欲しいんだけど。』
「 ………」

間違いない確かに兄貴だ!映し出されてる映像に映ってる姿も声も…

『惇哉?』
「あ…今開ける…」

オレは震える手でロック解除のボタンを押した…

「………」

受け答えした惇哉さんの様子がおかしい。

「惇哉さん?」
「え?」
「どうしたの?」
「……いや…」
「?………もしかしてさっきの彼女が戻って来たの?」
「違う…」
「?」

やっぱり…変…そのまま玄関に向かう惇哉さん…誰が来たのかしら?
そんな事を思ってたらチャイムがまた鳴った…


ためらいながら玄関のドアを開ける…

「久しぶり惇。」
「ああ…久しぶり……」

ニッコリと笑うオレよりちょっと目線が高い…オレと面影が似てると昔から言われてる男…
ああ…オレが弟なんだからオレが兄貴に似てるのか…

「上がっていいのかな?」
「え?あ…もちろん…」

オレはそんな事にも気が廻らない程…緊張してたらしい…

『 楠 柾哉 (kusunoki masaya) 』 オレより2歳年上の27歳独身。
落ち着いた雰囲気が漂う人当たりの良さそうな優しい感じの顔に態度…昔から兄貴はそうだった…
恋人はいるのかいないのか不明だ。
オレは今まで兄貴の女関係なんて見た事がない…
まあ役者の仕事を始めた頃からあんまり家にはいなかったし高校卒業と同時に
家を出たから…余計わからない…
と言うか兄貴は元々そう言う話を親やオレに話したりしなかった…

「随分印象が変わった…黒髪なんて中学以来?」
「かもね…」
「惇哉さん?」

由貴がリビングの入口に立ってる。

「由貴…」
「え?どなた?」

オレと一緒に歩いて来る兄貴を見て由貴が緊張する。

「兄貴…」
「えっ!?お兄さん?うそ…」
「初めてまして。惇哉の兄の柾哉です。」

そう言って優しくニッコリ笑う兄貴……


でも昔からオレは兄貴が苦手…いつの頃からかオレは兄貴と距離を取るようになった…
別に兄貴に何をされたとか言われたとかは無いのに…


ただ時折オレを見つめる眼差しに冷たさを感じる様になったのはいつの頃からだったろう…