惇哉マネージャー編 06




楠 惇哉(kusunoki syunnya) : 由貴のマネージャー
柊木 由貴(hiiragi yuki) : 人気急上昇中の女優。






あの事件以来オレは神経がピリピリと過敏に反応してる…

でもそれも明日で終りだ…やっと撮影が終わる…
ただ問題は最後の最後で由貴と奴のキスシーンがあるってことだ…

普段オレはドラマの内容まで口出ししたりしない…でも…今回だけは…例外だ。

由貴のいない所で電話を掛ける…
「……あ!社長?ちょっと話があるんだけど…いい?」


「由貴ちゃ〜ん ♪ ついに今日で最後だね〜」
「はい…そうですね…お世話になりました…」
「いい子ちゃんだね…由貴ちゃんは ♪ 」
「え?」
「いや…こっちこそお世話になって……」

そう言ういい子ちゃんからかうの楽しいんだよね〜
ここまで俺の事フッてくれちゃってさ…だから…
最後くらい良い思いさせてよね〜俺それも楽しみでこの仕事してるんだからさ…


「はあ?キス無し?」
「そう彼女の事務所からダメだし出てさ。
まあアングルも引きの撮影だし…わからないから…寸止めでお願いしますね。」

助監督にそう説明されて奴が納得いかない顔してる。
台本をもらった時にどう見ても本当にする必要無いだろうと言うセッティングで
テレビ局にも由貴の初めてのキスシーンの相手が由良じゃ
納得がいかないって抗議のメールも届いてるらしいし…
こう言う時由貴のファン層には感謝する。

ただ…奴の事だ…ここで安心するのはまだ早い。


「は〜い!テストいきま〜す!!」

海をバックに2人が抱き合うシーン…
そしてエンディングを迎えながら本当ならキスをするはずだったんだが…


まったく…フリなんて出来るかっつーの!
撮影に事故はつきもの ♪ 上手くいかなかったって事で…
確か初めてのキスシーンなんだよな ♪
これで由貴ちゃんにとって本当の初めてだったら超ラッキー ♪

「残念だよな…由貴ちゃん。キスシーン中止だって。」
「あ…すみません…ウチの社長が…」
「まあ仕方ないよ。由貴ちゃん清純派のイメージだしね。」
「いえ…そんな……」

本当は私だって覚悟を決めてた…今までキスシーンなんて無かったから…
この仕事をしてればいつかこう言う事もあるって覚悟してたし…
でも…私…私生活でもこれが初めてのキスになるところだったのよね…
仕事だからって覚悟決めてたけど…
やっぱり初めては好きな人としたかったな…って思ってたから…
ちょっとホッとしてる…女優としては失格かもしれないけど…
だから次はこう言う設定になる前に好きな人と……出来たらいいな……

なんて本番前にそんな事を思ってた…
惇哉さん……こんな時にまた惇哉さんを探してしまう……


由貴がチラリとオレの方を振り向いた…
ついに本番が始まる…オレはそんな2人をジッと見つめてた…


「今度私の事置いていったら許さないから…」
「もう…そんな事2度としない……」

彼女の肩をしっかりと掴んで逃がさない。
彼女も緊張した顔して…まさか本当にされるなんて思ってもいないだろうなぁ〜

いただきます!

「あ!」

「んーー………ん?」

いつになっても由貴ちゃんの柔らかい唇の感触が無くて目を明けた。

「調子に乗るなよ…無しになったって説明されただろ…」

「は?」
「惇哉さん!?」

身体を引っ張られたと思ったら…目の前に惇哉さんが…でも何で?

「な…何でお前がここにいるんだよ!?本番中だぞ!」
「その本番利用してウチの大事な女優に何しようとしてた!」
「………」
「監督!ウチの社長から話通ってますよね?」
「ああ…聞いてる…」
「ならこの俳優にちゃんと納得させてもらえます?」

出しゃばってるのもわかってた…
でもちゃんと社長とも相談済みで監督にもちゃんとスジは通してある。

「由良君!後で揉めるの勘弁だし君も困るだろ?ちゃんと言われた通りやって。
それにさっきの…顔ニヤケ過ぎでNGだから!」
「……ったく…へいへい…わかりましたよ〜」

「由貴の唇はそんな安っぽくないから…」

由貴に聞えない様に相手にわかる位の小さな声で囁いた。

「…………」
「宜しく!」
「チッ……」
「惇哉さん?」
「由貴は何も心配する事無いから…演技に集中して…」
「……はい…」

由貴が訳のわからないって顔してオレがその場から離れるのを目で追ってたけど…
すぐに集中してその後は一発OKで撮影は終わった。



「もう…さっきは本当にビックリしたんだから…いきなり本番で目の前に現われるんだもん…」
「ウチの大事な女優に変態な事されて堪るか!」

最後の撮影も終り打ち上げも始まった夜の海辺を由貴と2人歩いてる…

「由貴の初キスシーンはもっと相応しい相手に取っておく…」
「相応しいって?」
「そうだな…あんないい加減な女ったらしじゃない…オレも含め誰もが納得出来る相手。」
「どんな人よ…」
「さあ…ね…もしかして次のドラマの相手かもしれない。」
「そうね……でも…」
「でも?」

「その前に…初めてのキスは仕事じゃ無くて好きな人としたいな…」

「 !! 」

そんな由貴の言葉と…声と…顔で…オレの理性があっさりと吹き飛んだ…

「由貴……」

「ん?」

ちゅっ……

由貴が返事をして顔を上げた瞬間…そっと…触れるだけのキスをした……

「 !! 」

「お疲れ様…由貴…頑張ったご褒美…」

「…………」

目を真ん丸くしてもの凄い驚いてる…怒る…かな?

「……もう…相応しい人じゃなかったの?」
「オレじゃ相応しくない?」
「だ…だって…惇哉さんはマネージャーじゃない…相応しいとかそう言う問題じゃ…無い気がする…」
「だって好きな人とのキスなんて絶対次の撮影までなんて間に合わないよ。」
「そうかもしれないけど…」
「何処の誰ともわからない相手と撮影で初めてするよりオレと初めての方がずっと良いと思うけど?」
「……そうかしら?」
「きっとそう。ならもう1回してみる?きっと納得出来る。」
「え?…あ……ン…」

今度は由貴の腰にしっかりと腕を廻して抱きしめた。
1回だけって決めてたのに…いとも簡単に気持ちは揺らぐ……
きっと由貴の手がオレのジャケットの上着を掴んだから…
余計に気持ちが高ぶるのか……

「ン……はぁ……」

十分由貴の唇と舌を堪能してゆっくりと離れた。

「初めて…なんだから…ハァ…もうちょっと軽…く…」
「ごめん…でも殴られるかと思ってた…良かった…」
「殴ったりなんかしないわよ…」
「どうして?」

「え?………ん〜…自分でもわからないけど…嫌じゃなかったから……」

「くすっ…そう…まあいいか…今はそれでも…」
「なに?」
「いや…一歩前進かなって…」
「前進?どんな?」
「こんな ♪ チュッ! 」
「!!!…もう!」
「由貴…」
「何よ!」

「いつまでも由貴の傍にいるから…ずっと傍にいる…だから由貴もオレから離れるなよ。」

「………はい…」

そう言ってニッコリ笑う由貴……


オレはそんな由貴がやっぱり好きで…愛おしくて…誰にも渡したくないと思う……

だからずっと由貴の傍にいて…そしていつか…

オレの事を好きになってくれたらいいと思う…

でもそんな日は…すぐにやって来る様な気がするのは……

オレの自惚れなんだろうか……



                           … FIN