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「今回の作品は今まで演じられて来た人物と180度違いますが
最初お話が来た時はどう思われました?」


映画の公開初日…オレと共演者の 『 高瀬 亜優 』 は朝から大忙しだった。
早朝の情報番組を何局もはしごして訪れてはホンの数分の映画紹介を何回もこなす。

「北館監督の作品にはずっと出たいと思っていたので即答でOKしました。」
「高瀬さんはこの作品が初映画作品となるわけですが…」
「私も北館監督の作品には出たいと思ってましたし楠さんの昔からのファンでもありましたから
もう決まった時は飛び跳ねて喜びました。」
「今回今までと違った役柄が話題にもなってストーリーの方も推理サスペンスで
注目されてますが…今回もう1つ話題になってる事がありますが…」
「はあ…」
彼女がちょっと照れた顔になる。
「濃厚なベッドシーンがあると言う事で話題にもなってますが?」
「オレも彼女もお互い初のベッドシーンだったんですよね。」
「楠さんは今までそう言うシーンは無かったんですか?」
「まあキスシーンとかは何度もありましたけどここまでのラブシーンは…
それも監督に最初に言われてましたけど…」
「ではそう言うシーンがあるってわかっててお受けになった?」
「あ…いや…そう言うシーン無くても受けましたけどね…」
「あ!そうですよね…ごめんなさい…変な聞き方して…」
「いえ…」
「ではお2人共記念に残る作品になったわけですね?」
「はい。」
「そうですね…」
彼女も一緒に頷く。
「楠さんにとっては他にも記念に残る映画撮影になったんじゃないんですか?」
「え?ああ…はい…そうですね…」

ヤバイ!!

「確か…お相手はあの 「 柊木満知子さん 」 のお嬢様ですよね?」
「……はい…」

その話題は……

「あの全国の公開プロポーズ!私も拝見させて頂きました!」
「そ…それはどうも…」

今のオレには…

「私生でそのプロポーズ見たんです ♪ とっても素敵でした!!」
「そうなんですか!まあ羨ましい…」

か…顔が…

「あ!でもスタジオで事故があって怪我されたんですよね?もうそちらの方は?」
「え?ああ…もう殆ど完治してます。」
「そうですか…それはなによりです。では映画の方の映像をちょっとご紹介しましょう。」

「…………」

目の前のモニターに映画の告知の映像が流れ出す…

「はあ…」

オレは小さく息を吐いてホッと一息…

もう今のオレには 『 結婚 』 に関する言葉はすべてNGだ。
何でかと言うと 『 結婚 』 を連想させる言葉を聞くと…条件反射で顔がニヤケるからだ!

なんせ明後日は……

待ちに待った…オレと由貴の……結婚式だからだっっ!!!

長かった……あのプロポーズ騒動から早数ヶ月…
この日を…どんなに待ち望んだ事かっっ!!!!

本当だったらとっくに籍を入れててもおかしくない状態なのに…
あの意地っ張りな由貴が納得する様にオレがどれだけ折れて…諦めて…我慢したか!!

それが……それが……やったーーーっっ ♪ ♪



「……さん…くす……楠さん!!」

「え?あ…何?」

「いよいよ明後日ですね。」

移動中のワゴンの中…亜優ちゃんがオレの顔を覗き込んでニッコリ笑う。

「私すぐにでも結婚しちゃうと思ってたんですよ。」
「オレもそのつもりだったんだけどね…まあ色々と…」
「でも冬の札幌で結婚式だなんてロマンチック ♪ 」
「いや…まだ雪も無いんだけどね…ロマンチックかな?」

オレはただこの時じゃないともっと先になるからと思って決めたんだけど…

「由貴さんお元気ですか?」
「ああ…元気も元気…毎日文句言われっぱなし…」

式が近づくにつれてハイテンションになるオレを毎日の様にいさめるのが
由貴の日課になってる所がある今日この頃だ。

「今日はこれからテレビ局が4局とラジオ局3局…その後舞台挨拶が3ヶ所ありますから
気合入れて宜しく!監督も途中から合流しますので頑張れとの事です!
明日は午前中2ヶ所舞台挨拶のあと午後札幌に移動してそこでも舞台挨拶2ヶ所控えてますので!」

映画の宣伝担当のスタッフがメモを見ながらの予定を話す…
相当ハードだと思うけど…

「OK!」
「……はい。」

それが仕事だからオレは何も文句は無い。
それにこの映画の宣伝と舞台挨拶が終わった時の喜びの方がオレには大きいから ♪

ちょっとやそっとの事じゃヘコたれない!!



「えっと…もって行くものはこれでいいのかしら…」

ついにこの日がやって来てしまった…

明後日……本当に結婚式…あるのよね?

惇哉さんが動けない分私とお母さんで式場と打ち合わせをした。
何度か現地に足も運んで…もうお母さんはやる気満々で…
でもしっかりと惇哉さんと念密な打ち合わせをしてるらしく
まるで惇哉さんがいるかの様に惇哉さんの好みそうな内容で話が進んでいく…

「いつの間にそんな所まで打ち合わせたの?」
「今の時代携帯とパソコンがあれば意思の疎通なんて簡単なのよ!
それにお母さんと惇哉クンの仲ですもん ♪ 惇哉クンの考えてる事は私にはわかるの ♪」
「結婚相手の私よりも?」
「由貴はこう言う事に冷めてるでしょ!
式さえ挙げられればそれで良いくらいにしか思ってないんだから。」
「普通そうでしょ?」
「由貴っ!」
「な…何よ…」
いきなり怒鳴られた!
「あなた…一体誰と結婚すると思ってるのっ!!あの 『 楠 惇哉 』 と結婚するのよ!わかってる?」
「わ…わかってるわよ…」
「いいえ…わかってない!あの 『 抱かれたい男 』 ランキングで殿堂入りした人なのよっ!!
その惇哉クンがどれだけ今日という日を待ちわびてたかっ!!」
「………」
「だって……あの婚姻届に私がサインしてあげた時…あんなに喜んでたんだもの…」
「そう言えばそんな事もあったわね…」

あの婚姻届は今も大事に惇哉さんが保管してるはず…

「それなのに……あなたって子は……この親不孝者!
私がどれだけ今日という日を待ってたと思ってるの!
惇哉クンが私の息子になってくれるのをあなたずっと邪魔してるのよ!」
「ええ?そう言う期待?娘の結婚は喜んでくれないわけ?」
「喜んでるじゃない ♪ こんなに ♪ 」
「………私の結婚を喜んでるんじゃなくて…惇哉さんの結婚を喜んでるんでしょ?」
「同じ事でしょ ♪ 」
「…………」

微妙に違うわよ!もう!


そんな事を何度も繰り返しやっと今日にこぎつけた…

「事務所もお休みもらったし…まあ2泊3日だし…足りないものは向こうでも買えるし…
あ!そろそろ時間…」

1ヶ月前から結婚式の為にお母さんの所で 「 ブライダルエステ 」 なるものを
強制的に通わされてる…

まあ一生に一度の事だし…お母さんの顔も立ててと言う事で
大人しく言う事を聞いてるわけなんだけど…

もう…惇哉さんのうるさい事…


『やっぱさぁ〜磨けばホント光るんだからさぁ〜由貴は ♪ 』

『普段は普通〜〜〜にしてればいいからな!
化粧も薄くでメガネもちゃんと掛けて!街で声掛けられても無視して追い払えよ!!』

『楽しみだな〜〜由貴のウエディングドレス姿…オレが選んだのに決めてくれたんだろ?』



「まったく…惇哉さんってば……」

毎日毎日……そんな話ばっかりで…男のクセにどれだけ楽しみにしてるの…よ……

「って……ずっと楽しみにしてるのよね…
こんなに待っててくれたんだもの…あの惇哉さんが…ふふ…」

惇哉さんの……あの嬉しそうな顔を思い出すと思わず笑っちゃう…

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪

「ん?惇哉さん?」

携帯のディスプレイには惇哉さんの名前…今一番忙しいんじゃないの?

「はい?」
『あ!由貴?今何処にいる?』
「今?家だけど?」
『え?家?まだ家にいるのかよっ!!今日が満知子さんんの所のエステ最後の日だろ!
早く行ってこいよっ!!』
「行くわよ!ってそんな事言う為にワザワザ電話なんて掛けて来たの?」
『そんな事って何だ!もう明後日なんだぞ!!万全な体勢で臨むんだよ!!』
「いいから仕事に集中しなさいよっ!!
サボってたら明日惇哉さんと一緒に飛行機乗りませんからねっ!!」
『なっ!!そんな事許すかっ!!』

明日惇哉さんが映画の舞台挨拶で札幌に行く時に
何故か私も一緒の飛行機で行く事になってた…

いいのかしら?私なんかが便乗しちゃって…
って費用はこっち持ちだから気兼ねする事は無いんだけど…
しっかりと惇哉さんと隣同士の席なのよね……

「私は別々に行ったって構わないんだから!」
『わかった!もう電話しないから!!一緒に行くんだぞ!』
「約束よ!」
『ああ…仕事に集中するから………由貴…』
「なに?」

『好きだよ……愛してる…』

「………あ……えっと…」


こんな時…本当はそっくりそのまま同じ言葉を返せばいいのに…

未だに私は同じ言葉を返せない……


『くすっ…じゃあな由貴…なるべく早く帰る。』
「うん……惇哉さんが帰って来るまで……私…寝ないで待ってるから!!」
『ああ……待ってて…オレが帰ったら玄関で出迎えて…由貴…』
「わかった……仕事…頑張ってね…」
『オレを誰だと思ってるんだよ。 「 楠 惇哉 」 だぞ。』
「うん…そうだった…彼なら大丈夫だもんね……」
『じゃあな…由貴…気をつけて行ってこいよ。』
「うん…行ってきます…」

お互いそう言い合うと電話は切れた……

何でだか…胸の中がホンワカと暖かくなってる気がする……


「あ!本当に遅れちゃう…今度はお母さんから電話が掛かって来ちゃう!」


私は手早く出掛ける支度を済ませて…玄関のドアの鍵を閉めた。



そして…その日の日付が替わる頃…

私は帰って来た惇哉さんに 「 お帰りなさい。 」 って…

笑顔で迎えてあげる事が出来た。