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「……あふ」

私は朝から欠伸ばっかり…今のも一体何度目かしら?

「由貴!まだ寝ぼけてんの?」

惇哉さんは至って元気。
信じられない…私の記憶が正しければ昨夜私が動けなくなった後も
こちゃこちゃ人の身体で遊んでたみたいだったし…

身体中キスマークがたくさんついてた…
まあ普通にしてれば見えない部分だけど…あ…あんな処にまで…

絶対人が寝てる間につけたに決まってる!!

思わず惇哉さんをキッ!と睨んだ。
あんな恥ずかしい場所……

「ん?」

由貴が赤い顔でオレを睨む…なんで?

「こっちのラーメン食べたかった?」
「ちっ…違うわよ!!」

札幌駅の周辺を惇哉さんとデートと言う名目で歩いて…
帰りの事を考えて駅から遠くを先に攻めてどんどん駅に近付こうって事で…
今は駅から10分ほど離れた札幌の時計台を見て近くのラーメン屋さんでお昼を食べてる。

「早く食べないとノビルよ。」
「うん…」

全く気にもしてない…まあ…黙って睨んだだけだから…
わかるはず無いと言えばわからないんだろうけど…

「時計台に来たらここのラーメンなんだってさ ♪ 」
「へえ…」

2人でちゅるん!と仲良くラーメンを食べる。

何だか……

「ふふ…」
「ん?」

由貴がいきなり笑う。

「何だか変な感じ…惇哉さんがラーメンすすってるなんて…」
「何で?普通だろ?」
「だって新婚1日目のお昼がラーメンよ。それに一緒にラーメン食べたの初めて?」
「そう?うどんとかソバとかは食べた事ある気がするけど…庶民的でいいじゃん ♪ 」
「だって惇哉さんラーメン好きだったっけ?」
「普通。」
「そう…じゃあ帰ったら今度は向こうのラーメン食べましょうよ…今色々なのが出てるんですって。」
「由貴食べた事あるの?」
「事務所の皆の情…」

「あの…楠 惇哉さん…ですよね?」

「 !! 」

テーブルの横に高校生くらいの女の子が2人立ってる。

「はい。」

「あ…あの……ずっとファンなんです…あの…握手してもらって良いですか?」

「………」

惇哉さんなんて返事するんだろう…食事中なのに…

「いいけど……場所移ろうか?ここお店の中だし料理もあるしさ ♪ 」

そう言ってニッコリ笑う。

「はいっっ!!」

言われた女の子達は2人で手を取り合いながら喜んで
惇哉さんの後に続いてお店の外に出た。

周りもそんな会話にヒソヒソと声がする…

窓越しに惇哉さんと女の子が握手してるのが見えた…何だか久しぶりにそんな場面を見た。
マネージャーやってる時は頻繁に見かけたけど…

本当惇哉さんってファンの人を邪険にする事が無いのよね…
どんな相手でも…

「あ…」

今度は携帯で撮られてる…1人ずつツーショットで…
サービスいいんだから…それに指輪に気付かれたみたい…

もうあんなにニヤニヤしちゃって…


しばらく女の子達と喋って…手を振って別れた。



「はあ…結婚したのバレちゃった ♪ 」
「そりゃ指輪見られればね…」
「でもオレが発表するまでナイショにしてって頼んだら快くOKしてくれた ♪ 」
「………」
どうかしらね…
「オレ北海道って来た事無かったしあの子達も滅多にこっちには来れないんだってさ。
だからすっごく喜んでもらえた ♪ 」
「顔がニヤケきってたわよ。」
「やっぱさぁ〜幸せは滲み出ちゃうんだよ〜〜なんせ新婚ホヤホヤだから ♪ 」
「どうでもいいけどラーメンノビてるわよ。」
「え?あっ!!………ま…いいや。仕方ない…」

そう言って冷めてノビたラーメンを惇哉さんが食べ始める…

「ねえ…惇哉さん…」
「ん?」
「今までファンの人で困った事無いの?」

「えー?………んーまあ結構しつこい子とかいたことはいたけど…
そう言う子にはとっておきの笑顔と握手でこれからも応援宜しく!って言っといた。
その後は会ってないからわかんないけど…」

「…………」
「ん?」

「ううん…惇哉さんってホント仕事に関しては前向きね…」

「オレ役者の仕事好きだしそんな役者をやってるオレの事好きになってくれるなんてやっぱ嬉しいじゃん…
そりゃ色んなヤな事もあるけど…そんな事よりも役者の仕事出来る方がオレは大事だし……嬉しい…」

「………」

ナデナデ…

「なっ!!!何だよ!!」

由貴がオレの頭を撫でた!!!

「うーん…惇哉さんてソコだけは偉いなぁーって…素直に感心してるの。」
「そ……そう?まあいいや…由貴に褒めてもらえたんなら ♪ 」
「素直に受け取って貰えて良かった ♪ 」
「由貴の言う事なら何でも素直に受け取るけど?」
「へえ〜〜〜初耳!」
「そう?はあ〜〜ご馳走様!さて由貴!時間が無いから次行く!」
「せっかちね…」
「だって当分札幌には来れないんだぞ。それに皆にお土産も買わなくちゃいけないし。」
「あ…そう寺本さんに 『 北海道に行くならお土産は白い恋人ね! 』 って頼まれてたんだ。」
「まあ定番だな…ホントそれでいいの?」
「でも5箱よ…気の済むまま食べたいんですって。」
「は?何だそりゃ?まあいいか…悩まなくて済むから。でもそれは最後な。とにかくGO!」
「うん。」


その後は 「 雪祭り 」 でも知られる 「 大通り公園 」 …
大きな道路を挟んで両脇に木も茂ってて…真ん中に広場や噴水なんかもある…

「雪が降ったらこの辺りも一面雪景色なんでしょうね…」
「きっとオレ達の方とは積もる量が違うんだろうな…」

なんてあの結婚式前夜の 「 悪夢 」 を思い出す…
あの時は目の前に2mの雪の壁があったもんな……良く歩いたよ…オレ!!

そのすぐ近くに 「 テレビ塔 」 があってテレビ繋がりと言う事で登ってみた。

展望台からの眺めは最高だった。

「札幌の街が見渡せるな。」
「うん…」
「結構食べ物屋も多いな…色々入ってる…」
「え?本当?」
「でも残念だけどゆっくり寄ってる暇は無い!さて次!」
「ええ!?」

もうデートなのか観光なのか…ただ寄っただけなのか…めまぐるしく移動する…

「惇…惇哉さん…ちょっと休まない?」
「駅まで待って。 「 JRタワー 」 って所で休もう。色々お店も入ってるらしいし。」
「うん…」
「そこも夜景が綺麗なんだってさ…でもそんな時間までいれないし…今回は諦めだな…」
「惇哉さん…」
「ん?」
「いつの間にそんなに調べたの?」
「オレこう見えても由貴の為ならマメなんだけど?知らなかった?」
「………」

そんな…優しく微笑まないでよ…胸が…ドキン!ってなる…

「由貴?」
「何でも…無い…」
「由貴…」
「…………」

惇哉さんがぎゅっと私を片手で抱きしめる…

「惚れ直した?」
「……自惚れてる…」

そんな事を言いつつも…私は惇哉さんの胸に顔をうずめてた…

「疲れた?」
「ちょっと…」
「昨夜頑張りすぎたかな?」
「惇哉さんがでしょ…」
「じゃああそこで休む?」
「え?」

って…惇哉さんが指差したのは…私達が泊まってたホテル!?

「休むわけ無いでしょ!どんな下心よ!」

ドキドキした私が馬鹿だった!!
でももう札幌駅の近くまで戻って来てたんだ…

「由貴…」
「何よ!あっ!」

グイッと腰に腕を廻されて引き寄せられた!

「な…」

惇哉さんがとっても近くなって…思わず見上げる…

そうよね…惇哉さんって背が私よりも大分高いのよね…今更再認識…

「ちょっ…やめて…周りの人に見られるでしょ…」
「疲れてるならちゃんと言えよ…真面目にどこかで休むから。」
「大丈夫よ…でも何処かでコーヒー飲みたい…」
「そうだな…でもオレは早く由貴の淹れたコーヒーが飲みたい。」
「帰ったらね…」
「新妻が淹れるコーヒーはまた格別に美味しいんんだろうな…」
「腕は変わってないんだから同じ味でしょ?」
「いや…ブラックでもきっと甘い。」
「え?あ……」

本当に素早く…惇哉さんが歩道の真ん中でキスをする…

「も…!!」
「はい。元気の補充完了!足りないならもっとあげるけど?」
「いらない!!」
「はは…元気出たね ♪ ではまずは美味しいコーヒーの飲めるお店を探そう!」
「知ってるの?」
「直感!多分2人で探せばいい店が見つかる。」
「……そうね…」


そう言って笑う惇哉さんと手を繋いで歩き出す…

繋いだ私の左手の薬指には2人で選んだ指輪が光ってる…


結婚したんだと…改めて思う……


この人が……私の旦那様なのよね……何だか変な感じ…

恋人同士と言う時間が短かったせいなのかしら…




それから数時間後…オレと由貴は無事に戻って来た。

一度部屋に戻って荷物を置いて大事にしまっておいた 「 婚姻届 」 を持って役所に向かう…

そう…待ちに待った 「 婚姻届 」 を出す為だ!!



「うわぁ〜〜〜すっげー緊張する……」
「そう?」

オレは受け付けのカウンターの前でずっと大事に保管してた 「 婚姻届 」 を
賞状を持つ様に持ってフルフルと震えてた…

長かった……本当に長かった……

この用紙を手に入れてから一体何ヶ月掛かったんだ……

ホント偉いよオレ!!自分の性格を考えると本当にそう思う!!もう感無量っっ!!!


「お願いします。」

「 あっ!!! 」


そんな風に感慨に浸ってたら由貴がオレの手からヒョイと用紙を摘んで
さっさとカウンターの上に置く。

置かれた用紙はそのままいとも簡単に係りの人が 「 お待ち下さい 」 の一言で奥に持って行く!!


「 うわぁぁぁぁ!!ちょっ…ちょっと待っ…!!!すいません!!ちょっとそれ返して!! 」



「もうどうしたの?何か記入漏れ?そんなはず無いわよね?ちゃんと確かめたもの。」

「………う……由貴っ!!」

「何よ?」
「何であんな出し方するんだよ!一緒に出すって言っただろ!!」
「だから一緒に出しに来たじゃない?それにさっさと出さないから…」
「違くてっ!!一緒に用紙を提出するって事!カウンターの上に出すの!」
「…………は?」

由貴が思い切り呆れた顔をする。

「いいだろ!オレはそうしたかったんだから…」
「何もそんなにイジケなくたって…はい。わかったわよ…一緒に手を添えて出せばいいのね?」
「そうだよ!まったく由貴はオレのこの微妙な胸の内をわかってない!」
「わかるわけ無いでしょ?そんな特殊な気持ち!」
「なっ…」
「いいから!もう時間掛かり過ぎ!出すわよ?」
「うん。」

「 「 お願いします! 」 」


2人で婚姻届に手を添えて…どう見ても引きつり笑いをしてる係りの人に手渡した。




「は〜〜〜これで本当に法律的にも晴れて夫婦になった ♪ 」
「そうね…」
「これで由貴は 「 楠 由貴 」 になったんだな ♪ 」
「そうね…」

って結婚して届け出したんだから当たり前なだけど…
きっと惇哉さんのあのニコニコの顔を見ると私とはちょっと気持ちが違うんだろうなと思う…

さっきの届けを出すのでもあれだものね…

「長かった…」
「え?」
「ここまで来るのに…長かった〜〜」
「そう?私は普通より早いと思うけど?だって結婚を決めてからホンの数ヶ月でしょ?」
「オレにはその数ヶ月が何年にも感じたの。」
「……そんなもん?」
「焦らされたから今オレがどんなに嬉しいかわかる?由貴?」
「まあ…何となく……」

「このくらい…」

「 !!! 」

ホンの数秒だけど…役所のロビーの真ん中で堂々とキスされた!!

「まあ本当は今の数百倍嬉しいんだけどね ♪ 」

「…………こ…」
「こ?」
「このおバカ!!ここ何処だと思ってるのよっ!!!」
「いてててて…由貴暴力反対!」

思い切り惇哉さんの耳を引っ張ってやった!!
顔はこれから撮影があるから勘弁してあげた。

「早く仕事行きなさいよ!」
「行くよ…だから帰ったらちゃんとオレを出迎えてね……」
「……どうしようかしらね…」
「くすっ…そんな事言っても由貴はちゃんとオレを出迎えてくれる…
だって由貴はオレの仕事理解してくれてるから…」
「……いいから…遅れるわよ…」
「大丈夫!オレ仕事には真面目なんだからさ ♪ 」
「それでも…」
「はいはい…」
「 「 はい 」 は1回! 」

「はい。じゃあ…行って来るね…「 奥さん ♪ 」 」

「 !! 」


そう言うと惇哉さんは私の頭をぽん!として…そのままそっと頬を撫でて…

人混みの中を歩き出した……

そして…何度もふり振り返って手を振る…しつこいくらいに…


私も手を振り返して…しばらく歩き出した惇哉さんの後ろ姿を見つめてた…

人混みで惇哉さんが見えなくなると…

私は惇哉さんとは反対に歩き出した……