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「今日から前田が出て来れるまで新しいマネージャーが来るんだってさ。」

ここは羽柴家の朝のリビング…
智匱がソファに寝そべって誰かと携帯で話している様子…

『そうなんだ…で?前田さんは大丈夫なの?』
「大丈夫だろ?ただの盲腸なんだし…切って取ったからおしまいだよ。」
『何だかヤナ言い方…もう少し労わった言い方出来ないの?』
「何でだよ…迷惑掛けられてんの俺の方なんだぞ!」
『もう…智クンは言い方が乱暴なのよ!』
「杏華は今日仕事あるのか?」
『うん…ちょっとした役だけどね…智クンみたいに目立たないけどさ。』

相手は 『 鳥越 杏華 (torigoe kyouka)』 15歳。
智匱とは違う高校に通う智匱の幼馴染…家は道路を挟んで反対側…

こちらも智匱程ではないがチョコチョコCMやドラマの脇役などで活躍中。

小学生の時智匱と一緒に劇団に入り人気の出て来た智匱が惇哉の所属する
プロダクションに移籍したと言うわけだ…


『ねえ…あの後楠さんに会えた?』
「ええ?会ってねぇよ…俺そんなに事務所行かないし…まだ入ったばっかだし…
ドラマの撮影の方が忙しいし…」
『そっかぁ…いいな…智クン…楠さんに会えて…』
「…………」

杏華は昔から 『 楠 惇哉 』 のファンだ。
この世界に入っていつか生の 『 楠 惇哉 』 に会える事を夢見てる…
だから俺が 『 楠 惇哉 』 と同じ事務所になったのを自分の事の様に喜んで…
大分前に本人に会ったって言ったら舞い上がって…「サインは?」なんて聞かれた…

確かに人気はあるし…憧れるのもわかるけど…
俺はそんな杏華を見ると何でだか気分が悪くなる…

 
「そうそう…そう言えばマネージャー女だって言ってたな。」

だから少しは気にするかと思ってそんな事を言ってみた。
でも本当の事だ。

『え?そうなの?』

ちょっとは気にしてくれたか?

「何でも以前 「 楠 惇哉 」 のマネージャーやった事があるって…」
『えっ!!!それって? 「 柊木 由貴 」 さんの事?』
「はあ? 「柊木 由貴」 ? さあ…そこまでは聞いてないけど…」

何だかそんな話を聞いたような気もするけど…
適当に聞き流してたから良く覚えてない…だって俺には興味の無い事だから…

『確かホンのちょっとの間楠さんのマネージャーやったんだよ。それで付き合って結婚したんだから!
プロポーズだってとっても大胆で全国の人の前で堂々としちゃたんだから!覚えてるでしょ?』
「そうだっけ?」

そう言えば杏華がそんな事を騒いでた気もするけど…
結局は 『 楠 惇哉 』 の話だったから俺は聞いてるフリをして聞いてなかったかも…

『もう…智クンは人の話全然聞いてないんだから!』
「杏華がくだらない話するからだ。」
『くだらないなんて失礼ね!…って…あ!もうこんな時間…遅刻しちゃう…』
「遠い学校は大変だな…俺地元だからゆっくりだ。」
『仕方ないでしょ!それでも女子高で一番近かったんだから!』
「何で女子高なんだよ…共学ならこっちでいくらでもあったのに。」
『智クンが自分は男子校行くから私に女子高行けって言ったんじゃない!』
「だからって本当に女子高行くこと無いだろ?」
『いいの!この学校校則が緩いから芸能活動しててもうるさくないし…
勉強もそんなにレベル高くないからちょっと頑張れば単位落とさなくて済むし…』
「へいへい…じゃあ気をつけて行ってこいよ。」
『智クンは今日仕事あるんでしょ?』
「ああ…午後からな…学校に迎えに来るし…」
『いいご身分ね…私なんて現地集合なのに…』
「これが売れてる奴と売れてない奴の差か?」
『いいも〜〜ん!今に追いついてやるんだから!!』
「さあ…どうかな…」
『もう!じゃあね!頑張ってね!』
「ああ…杏華もな…」

そう言って…杏華はすぐに電話を切る…
確かに早く行かないと遅刻かもな…

なんて思ってたらまた俺の携帯が鳴った。

「メール?なんだ?杏華からだ…」

送られて来たメールには写真が添付されてて…
メールのタイトルは 「 ちゃんと勉強しておきなさい! 」 だって…

「なんだ?」

不思議に思って開くと…そこに写し出された写真は…花婿と花嫁の写真…
多分どこかのサイトかblogで手に入れたのか…

どう見ても花婿は 『 楠 惇哉 』 で……という事は…その隣の花嫁は…

「 「 柊木 由貴 」 か?」

思わず携帯を食い入る様に見る……

「何だよ……美男美女か?」

なんて言葉が俺の口から漏れた……


「智匱!」
「ん?」

同じリビングのダイニングテーブルに座ってた親父が俺を呼ぶ。

「さっき… 「 柊木 由貴 」 って言ったか?」
「え?ああ…今日から俺のマネージャーらしい…臨時だけど…」
「……あの… 「 楠 惇哉 」 の結婚相手のか?」
「そうだけど…何だよ親父こいつの事知ってんの?まさかファンとか?一般人だぞ?」
「いや…そう言うわけじゃ……お前プロダクション移籍したって…
「 楠 惇哉 」 と同じプロダクションだったのか?」
「そうだけど…何だよ親父…いつもは俺の仕事の事なんて気にも留めないのに…」
「いや……ちょっと気になってな…何でもない…」
「 ? 」

珍しい事もあるもんだと…思ったけど…
別にたいした事も無いと思って俺はあっという間にそんな事は忘れてた…




「おはようございます。」

午前の授業が終って昼も食べずに校門まで行くと事務所が寄越した車の前で
深々と頭を下げてる女…コイツが?

「今日から 「 10日間! 」 一緒に仕事をする事になりました楠由貴です。」

なぜか 「 10日間 」 を強調して顔を上げた女は化粧っけ無しの…
真っ黒な髪にそれを後ろに一つで縛っていかにも真面目って言う黒ブチ眼鏡を掛けてた。

これが…あの美男美女の美女か?

「はい?」

あんまりにも俺がマジマジと見てたから何かあるのかと首を傾げられた。

「いや…」
「時間が無いので…」
「ああ…」

そう促されて慌てて車に乗り込んだ。

「昼飯は?」
「時間が無いので車の中で食べて下さい。」
「はあ?もしかしてコンビニ弁当?」
「はい。」
「どっか寄れないの?俺ハンバーガー食べたい。」
「寄ってる時間ありませんから…」
「ええ?2・30分遅れたって大丈夫だよ…他の奴らだってきっちり来ないし。」
「………ダメです。」

「ああ?前田は買いに行ってくれたぞ!いいから寄れよ!」

「あなたはまだ新人のペーペーなんですよ!そんなあなたが遅れて行くなんて何考えてるんです!
これ食べて我慢してください。なんなら明日のお昼にハンバーガー用意しておきますから。」

そう言ってドカリと弁当が入っているであろうコンビニの袋を膝の上に置かれた。

「なっ…」
「気に入らなければ食べなくて結構ですから。」
「お前マネージャーだろ?俺にこんな態度許されると思ってんのかよ!」

「私はマネージャーじゃありませんから!」

キッっとものすごい目付きで睨まれた!?

「社長命令で仕方なくですから!私だってどれだけ……」

「は?」
「……いえ…何でも…」

急に大人しくなって前を向く…なんだ?



つい…ムキになりそうになってしまった……

だって…昨夜やっぱり機嫌の悪かった惇哉さんに……
これでもかってくらいベッドで攻められた…未だに腰と腿が筋肉痛…

怒ってないって言ったくせに…
そんな事に耐えてまで別にやりたい仕事でもないのに…

逆切れされて思わずこっちも逆切れしそうになってしまった…大人げない…

『 はぁ… 』

彼に聞えない様に溜息をついた…



「………ちぇっ…今日はこれで我慢してやるよ。」

「………」

ペコリと頭をだけ下げる相手を横目で見てた…

確かに…同じ女だよな?そんなにあの写真も化粧をしてた訳でもないのに…
何でこんなに感じが違うんだ…?

そんな事を思いながらもコンビニのおにぎりを頬張る。

「 ! 」

食べて気付いた…
おにぎりの具が俺の好物の 「 イクラしゃけ 」 だった……
他に入ってたおにぎりも俺の好物の具で…飲み物も俺のお気に入りのメーカーの烏龍茶だった…

調べたのか……?


俺は真っ直ぐ前を見つめる女の横顔を…相手にわからない様に見つめてた…