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「あんたさ…本番でもないのに何であんな本気?」

カメラテストとリハーサルが終わってコイツが代役を務めてた奴が遅れて到着して入れ替わった。

「はあ?本気って…あんなの普通だろ?悪どい設定だって言うからそうやったんじゃん。」


リハーサルでスタートの声が掛かった途端一瞬で俺達の周りの空気が重くなった…
原因はコイツの雰囲気…

カットの声が掛かってふっと空気が元に戻った気がした…

何とも落ち着かなくて休憩時間に飲み物を飲みにスタジオから出て
廊下を歩きながら何でだか普通に会話してる…

「何だか昔を思い出す…」
「は?」
「お前くらいの頃は周りもあんな感じではしゃいでたなってさ。」
「あんたデビュー幾つなんだよ?」
「んー…13…いや14か?」
「ふーん…劇団かなんか入ってたのか?」
「スカウト」
「………ふーん…」
「だから1から勉強した…まあもともとセンス良いからオレ ♪ 」
「はいはい…そうですか………杏華?」
「ん?」

他のスタジオの入り口の近くで何だか真面目な顔した杏華がいた。

「……智クン……え!?あっ!!やだ…楠惇哉…さん!?」
「お前ここで何やってんの?仕事か?」
「うん……って智クン!!ほ…本物??本物の楠さん??」
「当たり前だろ…」

「本物の楠です。初めまして杏華ちゃん ♪ 」

「きゃーーーっっ!!く…楠さんに名前呼ばれちゃったっ!!うそうそ!!!いやぁーー!!」

「オイ…杏華…」

その乱心乱舞…どうにかしろ…

「何で?どうして楠さんが?由貴さんは?」
「今日は休みなんだってさ。だから代わりだってよ。」
「えーそうなんだ…流石ご夫婦ですね ♪ 」
「由貴の事知ってるの?」
「きゃ〜〜「由貴」だなんて…楠さんの口から生で聞けちゃった〜〜〜 ♪ 超ラッキー ♪ 」
「杏華!何で黙ってたんだよ!同じ場所で仕事だったら言えば良いだろ。」
「え?あ…だってチョイ役だし…智クンの方が忙しいだろうし…会えるなんて思ってなかったから…
いいじゃない…ホントちょっとした役だから…もう行きなよ…私ももう本番だし…」
「……杏華?」
「楠さん!」
「ん?」
「あ…握手してもらっていいですか?」
「ああ…いいよ。はい!」

そう言って俺の目の前であの上下ブンブンの杏華握手が交わされてる…

「じゃあ行くね。良かった…本番前に楠さんに会えて…
握手までしてもらって嬉しい ♪ 本番頑張りますね!」

「………」

俺に会えたのは嬉しくないのか?杏華!

「ああ…頑張って。」
「じゃあね!智クン!私の演技なんて見なくていいから…早く戻って自分の準備しなよ。」
「余計なお世話だよ。」
「そうですか〜〜〜くすっ…じゃあね ♪ 」

そう言って杏華はスタジオの中に入って行った…

「彼女…何か初めての演技でもあるのか?随分緊張してたけど?」
「そうか?アンタに会えてハイテンションだったけどな…」
「……その前に最初に見た時不安そうな顔してじゃないかよ…何処見てんだよお前は。」
「イテッ!」

コツン!と頭を小突かれた。

「どうする?行くか?」
「…………いや…ちょっと様子見ていく…」

確かに杏華が俺に仕事の話をしないなんて珍しかった…
いつもなら同じ撮影所になると 「 会えるかな?会えたらいいね ♪ 」 なんて言うのに…


こっそりと中に入ると何ヶ所かの室内のセットが組まれててその一角に杏華がいた。

数名のスタッフと助監督と…セーラー服の杏華と…多分同じ出演者の若い男の俳優3人…


「…………」


何だか…変な胸騒ぎがする…

話も終わって本番が始まる…周りは静かで…

「はい!用〜〜〜意……」

カチン!と音がした途端立って待ってた杏華が男優の1人に突き飛ばされて
セットの洋間の床に倒れこんだ。

その拍子にセーラー服のスカートが腿の近くまで捲くれ上がる…

「これって……」

まさか……襲われるシーンか?


悲鳴を上げる杏華に1人の男が近づいて腕を押さえる。
その上にまた1人四つんばいになって男が覆い被さった!

俺は…心臓がズキン!と波打って……鼓動が早く動き出す…

「はい!カット!!………はい!OKです!」


終わった瞬間倒れてる杏華に覆い被さってた男優が杏華に手を差し伸べる。
そんな差し伸ばされた手を杏華は掴んで起き上がると「すみません」と頭を下げる。
「転んで怪我しなかった?」なんて会話も聞こえて来て…

そう…これは演技なんだと…自分に言い聞かせてた…
でも…俺の心臓はドキドキしたままだ…


「あ!」

しばらくして杏華が俺達に気付いた。

「何?見てたの?やだ…」
「ちょっと来い!」
「え?何??」

俺は直ぐ傍にいる 「 楠 惇哉 」 も気にする余裕も無く杏華を廊下に連れ出した。



「智クン??」
「お前何してんだよ!」
「何って…仕事だよ?ほんのちょっとの回想シーンだけどさ…」
「何で断らないんだよっ!」
「……え?」
「緊張して悩むくらいならやらなきゃ良いだろ?あんな役!!」
「あんな……役って?」
「仕事選べって言ってんだよ!!」
「………智クン…?」
「いくら仕事でも他に何かあんだろ?なんでよりによってあんな…」
「何でよ?あれだって立派な仕事だよ!!」
「だから…同じ仕事でも…」

「仕事のえり好みなんてしてらんないもんっ!!」

「杏…華?」

いきなり杏華が震える声で俺を怒鳴った。

「どんな小さな仕事でも一杯こなして認めてもらうんだから…
何処でどんなキッカケで大きな役の話が来るかもしれないじゃない!!」

「………杏華…」

「じゃないといつまで経っても智クンに追いつけないじゃない!!
私は智クンと同じドラマに出る事が夢なんだから!!!
その夢が叶う為なら何でも…どんな仕事もする!!!
智クンにはこの気持ちわかんないよっ!!!」

そう叫んで杏華は廊下を駆け出した。

「杏華!…なっ!!」

追いかけ様としたらアイツが俺の肩を掴んで引き止めた。

「何すんだよ!!離せよ!」
「もう時間だ…こっちも本番が始まる…戻るぞ。」
「なっ…!!ふざけんな!杏華を放っておけるか!!」
「あのな…ガキみたいな事言ってんなよ!お前もプロだろ?役者の仕事してんだろ?
だったらこのまま戻れ!お前1人の撮影じゃないんだぞ!」
「…………」
「彼女はオレに任せろ。お前は戻って仕事しろ!いいな!」

「………くそ…」

納得いかない顔で智匱がその場から動こうとしない…ったく…

「何してる?早く行けよ智匱。」
「うるうせえ……行くよ!!」

「………お前なんかより彼女の方がよっぽど真剣にこの仕事してる…」

「!!」

「彼女を見習え!」


それだけ言うと…オレは彼女の走って行った方へ走り出した。