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昨夜由貴が珍しくオレの帰る時間を聞いた…
メイク担当の女の子が彼氏に浮気された時に帰る時間を聞いて来たって…
まさかとは思いながらも…
一度芽生えた疑心暗鬼な想いは消える事が無くて…
オレの胸の中でくすぶって…
撮影が終わっても消える事がなかった……
だ・か・ら・!!
「…………」
帰る直前で由貴に電話した。
基本的に由貴はオレに早々電話は掛けて来ない。
撮影だってわかってるから帰って来る事を催促したりしない…
メールは余程の用事がある時…に…たまに…
由貴にとって携帯は公衆電話代わりで電話を探さずに済むくらいの感覚だ…
『毎日本人に会うのに何を電話で話すの?』
なんて言われた事がある…そう言う所が由貴はサッパリしてると言うか…
冷めてると言うか……甘さが無いんだよな…
『はい?』
「由貴?オレ…」
『どうしたの?珍しいじゃない?』
「うん…昨夜由貴オレの帰る時間気にしてたみたいだから…」
『そうだけど…』
「撮影早く終わったから今から帰る!」
『…………え”っ!?』
!!!
なっ…なんだ?その驚きは!?
「由貴?」
『い…今帰れるの?』
「あ…ああ……」
『あ…明日は?明日は早く帰れる?』
「そんなのわかんないよ!今日だってたまたま早く終わっただけなんだから!」
『…そ…そうよね…』
「由貴今何処にいる?」
『え?…まだ外だけど…』
「智匱の仕事は終わったんだろ?」
『うん……まあ…』
何だその歯切れの悪い返事は?
「もう帰れるんだろ…」
『あ…うん…』
「……由貴?オレの話し聞いてる?」
何だか上の空っぽくて…ついイライラする。
「とにかく今から帰るからな!!」
『……うん…わかった……惇哉さん今から帰って来るんですって!どうしよう!』
ブチッ!!
「…………は???」
………………なっ!!なんだぁああああ!!今の由貴の最後のセリフはぁあああっ??!!
どうしよう?どうしようって言ってたか?
それに誰に言ってる?智匱?智匱なのか?
だったら何でオレが帰るのをそんなに驚くんだ??
由 貴 ーーーーーー!!!
こっ……これ…これはっっ!!!もしかして今デート中だったとか?
ちょっと待て!!おいおいおいおい……
「おい惇!」
「ぁあっ!?」
きっとその時のオレはとんでもない形相だったに違いない…
「何だよ…どうしたんだよ?」
「帰る!」
「は?」
「帰るんだよっ!じゃあな!!」
「は?ちょっと待て!お前大丈夫か?」
「ああ?何が?」
駐車場にひたすら突き進むオレの横をレンジが一緒に歩いて来る。
「何だか人でも轢きそうな勢いだぞ?」
「はあ?んな事するか!オレ自分の車じゃ無いし!」
三鷹が車で待ってるはず。
「何だ?またメガネちゃんか?」
「………」
「俺の車で送ってやるよ。」
「は?」
「俺の方が早いぞ!」
「………それ本心じゃ無いだろ?」
「はは ♪ そんな事無いって!友達だろ?素直に受け取れ!」
そう言ってオレの肩をガッシリと掴む。
「………」
結局…レンジの車に乗ってるオレ……確かにレンジの運転の方が三鷹より早い。
マンションの手前で車を止めると入り口から見た事のあるシルエットが通った。
「智匱?」
「あ?何だ知ってる奴か?」
「………由貴が今臨時でマネージャーやってる奴。」
「は?マネージャー?あんな若い奴の?」
「ああ…」
「随分急いで歩いて行くじゃねーか…帰ったのか?」
「多分…前もオレのいない時に部屋に上げてたからな…」
「メガネちゃんがお前の留守中に若い男部屋に上げたのか?」
「……そんな言い方すんな!」
「ってお前だって今メガネちゃんの事疑ってんだろ?」
「………疑ってなんか……ない…」
「へぇ……」
「何だよ…」
「そんな顔じゃねーぞ?」
「……ウルサイ……サンキュ…じゃあな。」
「一緒に…行ってやろうか?」
レンジが車のドアを閉めようとしてるオレを心配そうに見つめる…
「………心配してる演技すんなっ!!」
「演技じゃねぇよ…」
「お前のキャラじゃ無いんだよ!興味津々なんだろうが!」
「……当たり前だろ?」
レンジの奴がニヤリと笑う。
「惚れまくってやっと結婚出来た 『 楠 惇哉 』 が新婚早々嫁さんに浮気されたかもしれないなんてよ!」
「やっぱ演技じゃねーかっ!!サッサと帰れ!」
「行っちゃダメか?スンゲー気になる…気になって夜も眠れん!」
「殴られる前に帰れ!」
「へぇ〜そんなにマジか?はぁ〜仕方ないなぁ…ヘイヘイ帰るよ!」
「じゃあな!」
「オイ惇!」
「ん?」
「どんな事があっても明日の撮影遅れんなよ!」
「縁起の悪い事言うな!仕事に穴は開けないって…何があってもな。」
「じゃあ頑張れよ!土下座して許してもらえ。」
「何でだよ!オレ何も悪い事してないしっ!!」
「いや〜元はお前の様な気がする…」
「だから違うって!!早く帰れ!!」
そう言い捨てて…オレはレンジに背中を向けて歩き出した。