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「岡本さん入りま〜す。」

スタジオの入口からそんな声が上がって周りから挨拶の声が掛かる。

先に入ってた惇哉さんもそっちに視線を向けてた。

「え?岡本さん?岡本さんって……あの 「 岡本 毅 」(okamoto tamotu) さん?」
「そうだけど?」
「うそっ!!!!」
「え?」

由貴が両手で顔を覆って真っ赤になってる…まさか…

「由貴…」
「え?」
「もしかして…岡本さんのファンなの?」
「なっ……やぁだ〜〜〜!!!」
「イテッ!」
ばしんっ!!と思い切り腕を叩かれた。
「そんな…ファンってわけじゃ…だたテレビに出てたりしたら見ちゃおうかなって…
それくらいで…」

それをファンって言うんだろ…

「オレが出てたって見てくれないくせに…」

そう…昔から由貴はそうだ。

「何で惇哉さんをわざわざテレビで見なきゃいけないの?」

「あーそうですか…」


いつもそう言われる…いいじゃんいつもと違うオレが見れて!!


でも由貴と知り合って約6年…好きな俳優がいるなんて…

そんな事初耳なんだけど?????


「何で今まで黙ってたの?」
「え?ああ…何だか恥ずかしくて…照れるじゃない…」

それに惇哉さんに知られると何となく面倒な気がしてたから…
でも生の本人を目の前にしてもう隠す事が出来なくて…

「由貴ってあーゆーのがタイプなんだ…」
「何よ!あーゆーのって!失礼でしょ!!」

岡本さんは確か年は30代なかば…ちょっとおっとりした感じが滲み出てて
落ち着いた大人の雰囲気の持ち主だ。
年齢の割には落ち着いて見えるけどだからって老けてるわけじゃない…
今回は役柄からヒゲも生やしてて中々の男前っぷりだ…

役者としても何でもこなすやり手だって聞いてるし…
オレは初めて共演するけどレンジと七瀬さんは変な事は言ってなかったな…

そう言えば由貴って確かダンディな男が好きだったんじゃなかったけ?
付き合う前にそう言ってた様な…

「やあ…楠君…」
「おはようございます。」

うわ〜バリトンの声…耳に心地良く響く…

「おはよう。これからしばらくの間宜しく。」
「はい…こちらこそ…」
「えっと…こちらの女性は?」
「…………」
「あ…マネージャーなんですけど…由貴!」
「………え!?あっ!!…えっと楠由貴です!宜しくお願いします!」
もの凄い勢いで由貴が頭を下げる。
「ああ…宜しく…って楠?」
「オレ達結婚してるんです。」
「へえ〜そうか…夫婦で仲がいいんだ。」
「臨時なんですけどね…マネージャーが事故って入院したもんだから…
退院するまでの間なんですけど…」
「そう……う〜ん…あのさ…」
「はっ…はい!」

岡本さんが顎に指を当てながら由貴を覗き込む。

「君…僕とどこかで会ってない?」

「え?」

「 !! 」

なんだ!?いきなりナンパか??しかも旦那の目の前で???

「んーーーーダメだ。思い出せない…すまない。」
「いえ…きっと他人の空似ですよ…」
「そうかな〜〜?まあ撮影は始まったばかりだし今に思い出すかな?」
「そうですね…」
「じゃあこれから宜しく。また後で…」
「はい。」
「…………」

オレはペコリと頭を下げただけ…

「はあ〜〜〜〜やだ…ドキドキしちゃった!」

「由貴顔真っ赤だぞ。」
「え?うそ…」

ムッ……

「そんなんでこれから先大丈夫か?」
「え?」
「だって今回オレ岡本さんとの絡み多いんだぞ。
岡本さんの役石原につきまとう刑事の役だし。」
「えっ!?そうだった…」
「…………」

頭の中に 『 嬉しい ♪ どうしよう ♪♪ 』 って言う言葉が見えた気がした…

「由貴…」
「え?」
「………何でもない…」
「?」

今回だって…由貴にマネージャーやらせたのはオレだし…

由貴のあの態度は…ただのファン心理の表れだし……

ただ……その相手がオレじゃ無いってのが…どうも納得いかないってだけで……

んあ!!くそっ!!

何処かに八つ当たりしたい気分だ……

「おはようございます。楠さ〜ん!今回も宜しくお願いします〜〜♪ 」
「あ…」

前回一緒に仕事した新米刑事役の 『 小谷 宏二(kotani kouji) 』 がニッコリ顔でやって来た。

「またお仕事ご一緒出来て嬉しいです。」

歳はハタチだったかな?
人当たりも良くて人が良くて新米の自信なんさげな刑事役にピッタリ!

悪く言えばイジメられっこタイプ…

「いたたたたたた…!!!なんですか!!いきなり!」

「ちょっと…惇哉さん!!」

目の前にいる奴の耳を引っ張った。
結構プニプニしてて柔らかいと前回の撮影でも皆に良く弄くられてた。

「挨拶!」

「ええ!?これが???」

「おはよう。小谷…由貴…」

「はい…」

「タバコ吸ってくる…」

「あ…はい…」


由貴がちょっと困ってたのはわかってた…

はあ〜〜〜〜初っぱなから…なんでこんな事になるんだか…

何事もなく…撮影が終わってくれればいいけど……


オレはそんな事を思いながら廊下を歩き出した…