145
由貴が撮影の最中に倒れて救急車で運ばれた。
治療を終えて呼ばれたオレに医者が言った言葉は…
「おめでとうございます。奥さん妊娠2ヶ月ですよ。」
「…………は?」
今なんと?
「え?」
医者がキョトンとした顔でオレを見てる。
「誰が?」
「……あなたの奥さんが…」
「妊娠?」
「はい。2ヶ月です。」
「!!!」
ク ラ ッ ! !
「ちょっと!大丈夫ですか?ご主人…」
眩暈がして後ろに倒れそうになって何とか堪えた。
そのまま今度は前屈みに伏せて手の平で自分の顔を覆った…
「本当…に?」
「え?」
「間違いじゃ…なく?」
「……はい…間違いじゃ…なく……」
医者も何かマズイ事ても言ったのかと言う様な顔と態度でオレを見てる。
「ただ…奥さん貧血が出てますしまだ妊娠初期で身体の変化についていけてないみたいで…
つわりも軽く始まってるみたいですし大事をとって入院と言う事で…」
「はい……」
オレは呟く様に返事をした。
「じゃ後は看護師が病室に案内しますから…」
「……はい…」
それから由貴は病室に移動した。
オレの仕事上個室にしてもらって由貴はベッドに移動してからも何も話さず大人しくしてる。
「……撮影大丈夫なの?」
やっと口を開いたと思ったらそんな話だ。
「もう戻る…」
「……あの…惇哉さん…」
「…………由貴…」
「はい……」
「……由〜貴〜…」
「は…はい…」
「ありがとう…」
「……え?」
「由貴……」
「あ…」
惇哉さんがぎゅっと私を抱きしめた…
「由貴……愛してる…」
「惇哉さん…」
「愛してるよ……」
「…ぁ…んっ…」
惇哉さんが深い深いキスをしてくれる…
今まで何も言ってくれないけど…
言葉の代わりにこのキスで何もかも伝わってくる……
「嬉しい…?」
「当然 ♪ 本当なら今ここで大声で叫びたいくらい…」
私を抱きしめながら耳元に囁いてくれる…
「やめてよ…恥ずかしいから…」
「でも…なんで?しばらく2人でいようって言った後はちゃんと気を付けてた…」
「……あの時にはもう…出来てたみたいなの……」
「え?マジ?」
「自分の身体なのに騙された…」
「なにそれ…」
「くすっ…」
「…そろそろ戻らないと…」
「うん…ごめんなさい…仕事の邪魔しちゃって…岡本さんにもお礼言わなきゃ…
1人だったらどうなってたか…」
「オレからお礼言っとく…でももうこれからは無理するなよ…由貴…」
「はい……」
「じゃまた後で来るから…本当ならこのままいたいんだけど…」
「仕方ないわよ…それに私は俳優の 『 楠 惇哉 』 の奥さんだから…」
「………由貴……ちゅっ ♪ 」
「ん…」
「本当に……愛してる…由貴……」
「はい……」
オレは後ろ髪惹かれる思いで病室をあとにした…
帰り際しっかりとナースステーションに由貴の事をお願いして…
「………子供……」
オレは病院から出た途端そんな言葉を呟いた…
「くっ……子供だって……オレに…オレと由貴に子供……くっくっ……」
ダメだ……我慢出来ないっっ!!!
「 やったああああああああーーーーっっ!!!! 」
オレは周りの事も気にせず大声で叫んでた!
「楠君まだ撮影終わらなくてね…」
「いえ…いいんです。仕方ないですから。でも岡本さんありがとうございました。
岡本さんがいなかったら私1人でどうなってたか…」
「どう致しまして…もう楠君にいやって言う程お礼言われたから…」
夜になって岡本さんが病院にお見舞いに来てくれた。
紅林さんと一緒に…
「あの…お2人の関係は?」
あの岡本さんに対す態度がずっと気になってたから…
「え?ああ…ここだけの話にしておいて欲しいんだけど…僕達付き合ってるんだ。」
「………ええっっ!?」
「歳も離れてるから信じられないかもしれないけど…」
「いえ…そんな…」
「でも彼女の事務所から2人の事は内緒にしてくれって言われてるから…
今そう言う話彼女の周りではタブーでね。」
「あたしは直ぐにでも公表したいのに!」
「僕はもうこんな歳だし今更だけど藍ちゃんはこれからだからね。」
「だって毅さんあたしの事全然構ってくれないんだもん。」
「だって藍ちゃんの事務所から色々言われてるから…」
「だからって…あそこまで疎遠にする事ないじゃない!
こっちだって不安になるんだから!なのに自分は楠さんの奥さんと仲良くなって…
デレデレしてるし…」
「デレデレなんてしてないだろ?」
「本当昔色々お世話になった 「 近所のお兄ちゃん 」 なだけですから…」
「ほら由貴ちゃんだってこう言ってるじゃない。」
「そうだけど…こっちとしては気になるでしょ!
だからワザと楠さんに気のあるそぶりしたのに…全然気にも留めてくれないんだもん!」
「あの最初に会った時…私に笑ったんじゃなくて?」
「そう彼にヤキモチ妬いて欲しくて挑発したのに全然!」
「だって藍ちゃんが他の人となんて…考えもしないし…」
「もう…だったらそれをあたしにちゃんと伝えてって言うの!すみません…
お2人にはお騒がせで…彼いつもこんな感じでおっとりなんだかボケてるんだか…」
「昔からこんな感じでしたよ…」
「やっぱり?もう筋金入りなのか〜」
「そうかな…」
「自覚無いんだ…毅さん…」
「自覚と言われても…でも僕だってちゃんと考えてるよ。
この映画の撮影が終わったら婚約発表しようと思ってるんだけど…」
「え!?」
「あら…よかったですね紅林さん。」
「もう…そう言う事を言う時は最初は2人っきりの時に言ってよ!」
「ああ…ごめん…」
「クスっ…」
それからしばらくして2人は仲良く帰っていった…
俳優と女優同志でも色々と大変なのね…
「子供…か…」
まさか妊娠してるなんて思わなかったな…
ちゃんと危ない日は避けてたと思ってたのに……
「惇哉さん…浮かれすぎてなければいいけど…」
「おい惇哉!」
「ん?」
オレの今日の撮影のシーンも後数カットだ。
「本当は今直ぐにでも病院行きたいんだろ?」
「監督…何?オレを試してんの?」
「いや…たださ…」
「?」
「お前今顔がニヤケんのすんげー我慢してっからさ〜」
「!!」
オレは咄嗟に自分の口を手の平で押さえて監督から顔を逸らした。
「………」
「まだまだだなぁ〜惇哉〜」
「………はあ〜〜〜」
オレは大きく息を吐いて気持ちを引き締める。
『誰に言ってんの?監督…』
「へえ〜〜踏ん張るね………パパ ♪ 」
『 !! 』
そんな一言で顔の筋肉が一気に緩む。
「 ワハハハっっ!!おもしれ〜〜〜〜っっ ♪ ♪ 」
「…………」
不覚っっ!!!
「……ん…」
ちょっと眠ったらしい…目が覚めたら…
「惇哉さん…」
「大丈夫?」
「うん……撮影終わったの?」
「当たり前だろ…オレはサボったりしないって……由貴…」
惇哉さんがベッドに座ってそっとキスをしてくれる…
「今夜から2・3日一人だけど大丈夫?」
「あのな…こんな時なんだから我慢するって…」
「そうよね… 「 パパ 」 になるんですものね…」
「パパ………くっ!!!」
「惇哉さん?」
惇哉さんが自分の口を押さえてサッと横を向く。
「由貴……」
「ん?」
「今のオレにその言葉は禁句だ…」
「え?なんで?嫌なの?」
「嫌なわけないだろ…ダメなんだよ…今オレその言葉聞くと…」
「聞くと?」
「あまりにも嬉しくて顔が緩む…だから…」
「だから?」
「 「 石原 竜二 」 に影響する…」
「………え?」
「こんな事初めてだよ…役に集中出来ないなんて…」
「惇哉さん…」
「オレもまだまだ…か…」
「きっといきなりだったから…気持ちが追いついてないだけよ…」
「そうかな……」
「惇哉さん…」
由貴がオレに両手を差し出す…
「由貴…」
由貴がオレの頬をそっと両手で挟んで自分の方に引き寄せる…
そしてお互いのオデコがコツンとくっつく…
「……まだ2人っきりが良いなんて言ったけど…
こうやって子供が出来るとやっぱり嬉しいし…」
「だろ?オレが欲しかったのわかるだろ?」
「そうね……何だかワクワクする…」
「ワクワク?」
「どんな子が産まれるのかなって…男の子かな…とか女の子かなっとか…
どっちに似てるのかなとか…」
「そっか……由貴……チュッ ♪ 」
由貴のオデコにキスをした…
チュッ ♪ チュッ ♪ チュッ ♪ チュッ ♪
それから順番に瞼にハナの頭に…頬に…触れるだけのキスをする…
「くすぐったい…惇哉さん…クスクス…」
「ダメ…オレからの由貴への感謝の気持ちなんだから…」
「感謝?」
「そう………オレの子供を身篭ってくれて…ありがとう…」
「身篭ってなんて…昔の言葉みたい…」
「だって他に思い浮かばない…孕んでくれて?妊娠してくれて?って言うのもなんか変だし…」
「そんな言葉イヤ…」
「だろ?だからこの言葉がいいかなってさ…」
「……うん…」
「無事に元気な赤ちゃん産んで…オレその為ならどんな事でもするから…」
「ありがとう…惇哉さん…」
そう言って…今までとはちょっと違う様なキスを…
惇哉さんは最後に私の唇にしてくれた……
退院した後1週間は自宅で大人しくしてマネージャーの仕事に復帰した。
と言っても惇哉さんがとんでもなく気を使うから逆に申し訳ないくらいで…
「惇哉さん…そんなに気を使わなくても大丈夫だから…他の女の人だって妊娠しながら
ちゃんと働いてるんだし…先生も大丈夫って…」
「由貴はそこでオレを見てて…」
「もう…」
私が休んでる間に惇哉さんと紅林さんのラブシーンの撮影は終わってた…
惇哉さんが 『 胎教に悪いから! 』 って言って頑として見学は許してくれなかった…
そんなに?
1作目は惇哉さんには内緒で実は家で1人DVDで見た…
ラブシーンはあまりじっくりとは見なかったけどちゃんと最後まで見れた…
まだ撮影を直に見るよりも惇哉さんの1つの作品として見れたから気持ち的には楽だった…
今回は1作目よりは軽いタッチらしいけどとにかく胎教によろしくない!と言う事だった。
私だって少しは成長してる…と思うんだけど……俳優の奥さんとして…
映画の撮影も残り僅か…
「監督!」
「ん?」
「ちょっと話があるんだけど…」
「ああ?何だよ…」
撮影の休憩時間にオレは監督に声を掛けた…
「由貴…」
「あ…惇哉さんどこに行ってたの?」
「監督とちょっと打ち合わせ…でさ…由貴……」
「なに?」
「頼みがあるんだけど…」
「頼み?変な頼みじゃないでしょうね?」
「何その警戒心…」
「だって…」
「あのさ……」
「?」
「オレと一緒に映画出て欲しいんだけど……」
「………え?」