147





由貴の妊娠発覚から6年後……



バ コ ッ !!!


「イテッ!」

ヒーローグッズの聖剣で寝起きの腹をバッサリと切られた。
切ったと言うより野球のスィングに似てる…無防備な腹に見事に決まった。

「ゲホッ!侠哉!!何すんだ!」


撮影で夜中帰りの早朝撮影…こっちは寝不足だってのに…


目の前にオレに卑怯な不意打ちを喰らわせたくせに良い事したみたいな顔で
得意げに立ってるのは……

オレの一人息子… 『 楠 侠哉 ( kusunoki kyoya ) 』 もうすぐ6歳の幼稚園児だ。



「ゆうべ見たぞ!」
「何を?」

オレは切られた腹を擦りながらリビングを横切ってキッチンに向かう。

そんなオレの後を自分の身長の3分の2くらいはありそうな
ヒーローグッズの聖剣を引きずりながら侠哉がついてくる。

「パパまたヨソの女のひととイチャイチャしてた!」

「はあ?おはよう。由貴 ♪ 調子は?」
「おはよう惇哉さん…大丈夫よ。」

そう言ってオレの為のコーヒーを淹れようとマグカップを食器棚から取ろうとする
由貴のお腹の中にはオレと由貴の2人目の子供が大人しく眠ってる…

まだ5ヶ月でそんなにお腹は目立って無いけど…
今度は出来れば女の子がいいと密かに思ってる…

今の時代生まれる前にわかってしまうがオレは教えないでくれと頼んで
侠哉の時も生まれるまでどっちだか知らなかった。

オレの最初の願いだった子供に覚えさせる最初の言葉は
 「 パパ 」 のはずだったのに…

結局は 「 ママ 」 だった…あんなに時間さえあれば教え込んでたのに…

やっぱりいつも一緒にいる由貴には勝てなかったと言う事か?

だから次の子供には必ず 「 パパ 」 と最初に言わせてみせるっ!

「チュッ ♪ 」

ガ ン !!

「いてっ!」

今度は聖剣でスネを叩かれた。

「侠哉!」

「だってパパはヨソの女の人とイチャイチャしてるんだぞ!
ママにキスなんてしちゃダメなんだからなっ!!」

「何?もしかして昨夜のドラマ見ちゃった?」

「ごめんなさい…隠してたんだけど幼稚園で他のお母さんが話しちゃって…」
「まったく…余計な事を……あのな侠哉あれは仕事だって何度言えばわかるんだよ!」
「ヨソの女の人だきしめるのがしごとなのか!」
「…………」

侠哉はオレの仕事を理解してる様で理解してない…
まあまだ5歳のガキだし…仕方ないと言えば仕方ないけど…

オレが役者と言う事は理解してるらしい…

「役を演じる仕事」と言うのも自分が幼稚園の演劇の発表会なんかをしてるから
それは理解してるらしいんだが…

それとドラマの中で由貴以外…「ママ」以外の女に優しくしたり抱きしめたりするのは
理解出来ないらしく…そう言うシーンを見ると次の日オレは決まってこの
「ママ大好きママの味方!」 な頼もしい息子に制裁を受ける。

ようは 「 浮気なんかしやがって反省しろ!親父! 」 と言うわけだ。

だから最近はオレの出てるドラマや映画は見せない事にしてるんだが…
幼稚園で余計な事をわざわざ教えてくれる親切な輩がいるらしい…

「早く幼稚園行け!それがお前の仕事だろ。」

由貴からコーヒーを受け取ってテーブルのイスに座る。

「まだ時間じゃない。そんなこともしらないのかパパは。」

「…………」

その呆れ顔の見下し目線はやめろ!

「ふにゃ!」
「どうせあと5分くらいだろ?侠哉が幼稚園に行ったらママと2人で仲良くしよ〜っと ♪ 」

下から見上げる侠哉のハナを軽く摘んで自慢げに言ってやる。

「じゃあオレ幼稚園いかない!」
「はあ?」
「もう…惇哉さんが余計な事言うから…」
「何でだ?」
「ママがパパにおそわれるからだ!」
「なっ!」

この子供は何言い出すんだか…

「きのうのよるもママのことイジメてただろ!」
「昨日の夜?…………!!」

そう言えば夜中に帰って起きて待っててくれた由貴をこのリビングで……
妊娠中だから軽〜くソフトにしたつもりだったんだけど…

まさか…その声を聞いてたのか?お前……

「ママだめって言ってた。」
「…………ぐっ!って侠哉お前…まさか見た…のか?」
「ねむくておきれなくてまたすぐねちゃったけどさ…つぎはママをたすけにとびだすかくごだ!」
「…………」

いらねぇし…そんな覚悟…
幼稚園に入ってから自分の部屋で寝る様に仕向けたのに…聞こえるもんなのか!?

「ハッ!」

由貴が無言で怒りのオーラ出しまくってるんですけど…
ヤバイ…これってお説教コース?

「その話はいいから…ほらもう時間よバスが来るわ。」
「だからオレはきょうは…」
「絵梨香ちゃん待ってるわよ。一緒に遊ぶって約束したんでしょ?」
「あ…そうだ…」
「絵梨香ちゃん?誰だそれ?」

「ようちえんでいちばんかわいい女の子なんだぞ!」

「へ〜〜」

生意気に幼稚園児で恋愛かよ…可愛いね〜

「じゃあ送ってくるから…」
「ああ…気を付けろよ。」
「大丈夫よ…マンションの入口の前だもの。」
「じゃあな侠哉!絵梨香ちゃんに宜しくな。」
「えりかちゃんにパパなんてしょうかいしないもん!手だされちゃうだろ!」

誰が幼稚園児に手を出すかっての!

「くすっ…じゃあ行って来ます。ほら侠哉!ちゃんと挨拶しなさい。」
「いってきます……」

渋々の嫌々の仕方なくだな…その顔は…

「ああ…行ってらっしゃい。」



それから5分もしないうちに由貴が1人で戻って来る。

「もう…やっぱり聞こえてたんじゃない!だからリビングはダメだって言ったのに!」

戻って来て最初の言葉がそれだった。
本当ならさっきすぐにでもオレに文句を言いたかったんだろうと思う…

「まさか寝ぼけて聞いてたなんてな…」
「もう…教育上良くないから…」
「はいはい…以後気をつけます。」
「「はい」は1回!」
「はい。」
「いつまでたっても同じ事言われるんだから…」
「オレは由貴にしかられたいの ♪ 構ってもらわないとオレ寂しくて死んじゃうんだ…」
「死にませんから!あ!そう言えば侠哉この前ラブレターもらったのよ。」
「は?今時ラブレター?」
「だって相手は子供なんだから…携帯やパソコンなんて無いじゃない。」
「あ…そうか…」
「結構モテルらしいわよ。先生が言うには…何人かに交際申し込まれてたり
プロポーズまでされてるんですって。」
「は?何だそりゃ?今時の5歳児はマセてんな…驚いた…」
「変なとこ惇哉さんに似なきゃいいけど?」
「何だよ…変な所って?」
「だって若い頃は遊び人だったでしょ?侠哉も色んな子にいい顔見せてなきゃいいけど…」
「あのな…オレは1人って決めてた時は浮気なんてしてないの!
侠哉もその絵梨香ちゃんって子が好きならきっと他の女の子なんて目もくれないだろ!」
「だといいんだけど…」
「大丈夫だって…たかが5歳の子供だろ?」

でも後でその考えは甘かった事を思い知らされる。


確かに侠哉はオレに似てる…

最近の侠哉はオレの小さい頃にソックリだ…

だからオレの母親はもう侠哉に甘いったらありゃしない…
まあ満知子さんも例外じゃないが…



「参観?」

「そう今度の金曜日…なんだけど…無理よね?」
「確か大丈夫だと思うけど…何?今時の幼稚園ってそんなのあるんだ…」
「今までもあったけど惇哉さん全部仕事で無理だったから…
もう来年幼稚園卒園だから…全部の行事今年で最後よ…
だから出れるなら参加して欲しいんだけど…」
「わかった…」

オレの場合先に幼稚園の日程がわかってもスケジュールが決まると
殆んどが幼稚園の行事にかぶる。

「あんまり目立たないでね…ただでさえ目立つんだから…」
「あの幼稚園他にも芸能人の親がいただろ?」

そんな子供が通ってたからそこに入園させたんだし…

「もう去年卒園しちゃったわよ…だから今はウチだけ…それに…」

「それに?」

「こう言ったら申し訳ないんだけど…園のお母さん達の間じゃそんなに話題にも
ならなかったらしいの…でも…惇哉さんは…」

「え?」

「あんまり自覚無いみたいだけど…結構なお母さん達が惇哉さんが幼稚園に来るの
気にしてるらしいんですって…園長先生にも惇哉さんが参加する時は前もって言って下さい
って言われてるし…」

「ふ〜ん…皆ミーハーだな…」

「そりゃ一線で活躍してる俳優ともなれば違うでしょ…」

昔は抱かれたい男に殿堂入りしたくらいなんだから…
ホント惇哉さんってば周り…気にしないんだから…



「え…?パパこんどはきてくれるの?」

惇哉さんは時々しか一緒に夕飯を食べたり出来ない…
だから口には出さないけど侠哉はそんな夕飯がちょっと寂しかったりしてる…

私と侠哉と2人だけの夕飯…
侠哉は惇哉さんとのあの小競り合いが結構楽しみになってるみたいなのよね…

「うん…良かったわね。」

「へへ……ハッ!!べ…べつにうれしくなんてないよ!
オレはママさえ来てくれればいいんだからさ…」

「そんな事言わないで…パパ行く気満々なんだから。」
「し…しかたないな…」
「…………」
「フフ……」

嬉しくて仕方ないくせに…素直じゃないわね…




「は〜い今日はみんなのお父さんお母さんが来てくれました。
みんないつもみたいに元気に過ごしてる所を見てもらいましょうね〜 ♪ 」

『高森先生張り切ってるわね…』
『だってりんご組でしょ?りんご組って言ったら…』

そんなヒソヒソ話が飛び交いりんご組の教室の廊下には用も無いのに
他のクラスの保護者までもが何度も通る始末…

『自分の子供の教室に行けよな…他の行事だって出にくくなるだろうが…』

折角初めて侠哉の幼稚園行事に出れたんだからさ…


「へへ…」

暇さえあればオレの方をチラチラ見る…

そんなに嬉しいかよ!

な〜んてオレも結構嬉しかったりしてる。

由貴は大事をとって家で待ってる…
たまには親子水入らず…男同士もいいだろう…

一応一通りの事は由貴に聞いてきたし…
段取りなら撮影で慣れてるからすぐに頭にも入った。

最初のやる事が終わって今度は親と一緒に折り紙で何か作るらしい。

侠哉がオレの所にニコニコしながらやって来る。

「いそがしいならべつに来なくてもよかったんだぞ…」
「暇だったんだよ。今日1日ゆっくりできるから。」
「え?ほんと?じゃ…じゃあ帰ったらオレとあそべる?」
「ああ…何でも付き合ってやるよ。」
「やくそくだぞ!」
「ああ…約束」
「パパこっち!オレのつくえでいっしょに作るんだからさ。」
「わかった。」

小さな手がオレの手をしっかり掴んでグイグイと引っ張る…

オレと由貴の子供……オレにそっくりで……

オレと由貴の大事な大事な……侠哉…

ホント何されても頭にこないって不思議だよな…

自分の子供はそんなにも違うのか?


その後も親子で作ってゲームして…最後は円になって順番に自己紹介だってさ…

なんか緊張すんな〜まあそんな細かい事言わなくて良いって由貴も言ってたし…

名前となんか適当な話をして何とかクリア〜 ♪

その間侠哉はオレの隣でずっとニコニコしてた。

何だよ…今日の父親としての役目100%じゃん?やったねオレ!