由貴ヤキモチ編 01





「こんにちは…」

事務所の入り口でとっても若い女の子の声がして振り向くと…

「あら鳥越さん!」
「あ!由貴さん!よかった〜由貴さんがいなかったらどうしようかと思っちゃった…」

制服姿の鳥越さんが立ってた…流石現役女子高生…若いわね…

「もう智匱君のマネージャーさんも復帰したから私はお役ご免だから…
学校の帰り?もしかしてこれからお仕事?」
「いえ…今日は仕事無いです。そんなに仕事の依頼なんて来ませんよ。」
「あ…オーディションの結果まだだったかしら?」
「はい。来週です。ダメだって分かってますけど自分のやれる事はやったので…
悔いはありませんから…」
「そう…いい結果が出るといいわね…」
「はい。ちょっとは期待して待ってます。」

「あら?どちら様?」

高橋さんが通りすがりに声を掛けて来た。

「あ…えっと…羽柴君の幼なじみの鳥越さんです。」
「鳥越です。お邪魔してます。」
「いらっしゃい。でも彼今日はここには戻らないんじゃないかしら?」
「あ…いいんです。今日は由貴さんに用事があって…」
「そう…じゃ」
「はい…」

2人で高橋さんが歩いて行くのをしばらく見送ってた。

「私に用事って?」
「あのこれ…」

「?」

小さな紙袋を出してさらにそこから出て来たのは…

「ハンカチ?」
「はい。これ以前楠さんに借りたままで…」
「あら…そんなわざわざ…いつだっていいのに…」
「いえ…何だか持ってるだけで緊張しちゃうから…」
「持ってるだけで?」
「はい。だってあの楠さんのハンカチですよ…」
「………」
「由貴さん?」
「え?あ…ううん…じゃあ確かに…」
「はい。楠さんにも宜しくお伝え下さい。」
「今コーヒー淹れるから…」
「いえ…よそ様の事務所だし…もう行きます。」
「そう?」
「はいじゃあ…」

そう言ってペコリと頭を下げるとニッコリと笑って彼女は帰って行った…

私はそんな彼女を見送って…返してもらったハンカチをボンヤリと見つめてた…




仕事が終わってまだ惇哉さんは帰って来てなくて…珍しく隣の自分の家に寄った…

惇哉さんのマネージャーをやった時から惇哉さんの部屋で暮らす様になったから
こっちの部屋はお母さんが戻ってきた時に使うくらいになってて…
そんなお母さんも仕事の忙しさと若林さんの近くで暮らし始めたから
そうそう此処に来る事もなくなってきた…

私は時々掃除しに来たりするけど…そんな頻繁でもないし…

だからこんの近くなのに懐かしいと思ってしまう…

以前は惇哉さんがこの部屋に入り浸ってたのよね…
まるで自分の家みたいにスペアキーで入って来て…

キッチンも…ソファも…何だか本当に懐かしく思える…

そしてもっと入らない部屋のドアノブに手を掛ける…
母専用の 『 惇哉クンルーム 』 …

「わあ……いつ見ても凄いわよね……」

部屋中所狭しと彼のモノが置かれてるしポスターはパネルにして飾ってあるし…

学生時代の彼の写真もある…
やっぱり今よりも随分幼く感じる…当たり前だけど…

この頃から…女の子には人気があったのよね…多分…

私は最初から彼… 『 俳優の楠 惇哉 』 の事は全く興味無かったから…
きっと周りから見たら変わった子だったのかしら…

今は俳優の彼の事は尊敬してる…どんな難しい役もこなすし…
仕事には前向きだし真剣だし…って誉め過ぎ?

でも個人の 『 楠惇哉 』 は…とっても手の掛かる大人?
私には惇哉さんは至って普通の人…最初なんて軽くていい加減な人だと思ってたし…

今はそんな風には思わないけど…

だから今日みたいにハンカチを持ってるだけで緊張するなんて私にはわからない…

「……はあ」

ここには私の知らない惇哉さんの記録もあるのよね…
それに惇哉さんて…人気のある俳優だったんだ…

今更ながらにまたそんな事に気付いた…


「………」

何となくそのまま自分の実家?で過ごしてる…
ソファに座ってぼーっとしてたら私の携帯がカバンの中で鳴った。

「はい…」
『由貴!今どこにいる?』
「あ…ごめんなさい…帰ったの?」
『部屋真っ暗だし由貴いないし…皆と飲んでんの?』
「ううん…隣にいるの…」
『隣?隣って由貴の家?』



「何してんの?」

電話を切ったら直ぐに惇哉さんがこっちにやって来た。

「んー何となく寛いじゃって…隣の部屋なのに何だかとっても懐かしく感じちゃって…」
「まああんまりこっちに来る事もないからな…」

言いながら私の隣に座る。

「でも懐かしいなんて変よね。」
「それだけ由貴がオレの部屋に馴染んだって事 ♪ 」
「そうよね…」
「由貴?」
「ううん…」

「ちゅっ…ただいま…」

「お帰りなさい。……じゃあ戻りましょうか…」

「いいよ…」
「え?」
「何だかオレも懐かしくなってきた今日はずっとこっちにいよう。」
「惇哉さん…」
「良く仕事が終わった後こっちに帰って来て由貴のご飯食べたな…」
「良くじゃなくて毎日でしょ!朝だって食べに来てたし!」
「それだけ由貴の傍にいたかったんだろ!」
「ご飯が楽だったからでしょ!」
「由貴〜ホントオレの事誤解してるよな…」
「そう?」
「オレがどれだけ前から由貴の事好きだったか…わかんないだろ…」
「どのくらい…って?」

「生まれる前から……イテっ!!」

額に由貴の空手チョップが炸裂した。

「真面目に聞いて損した!」
「本当の事なのに…」
「そんな訳無いでしょ!」

「気になってたのはずっと前からだけど…意識し始めたのは2年くらい前かな…」

「そんな前から?」

「自分の気持ちに気付いたのは由貴の元カレが現れた頃…」

「え?」

「あんな奴に由貴の事取られるのも渡すの嫌だったから…」

「………」


そう言えば惇哉さんの態度がちょっと変わって来たと思ったのは…

いつ頃だったかしら…


「由貴…」
「ん?」
「シャワー浴びよう。」
「………えっ!?で…でも…着替え私のはまだ置いてあるけど…惇哉さんのは…」
「いいよオレそのまま裸で ♪ 」
「え?」
「だって後は寝るだけだし…明日由貴が着替え持って来てくれれば ♪ 」
「そうだけど……風邪ひかない?」

「大丈夫だろ?2人であったまれば ♪ 」

「…………」



とってもニッコリ笑う惇哉さん……

どうしてだか…今日は素直に惇哉さんの言う事に頷いてしまった……