出会い編 01





「惇哉君こちら 『 柊木満知子 』 さん。」

「柊木?あのエステサロンの?」


事務所の社長室で紹介された。
結構な年配の女の人だ。

「知ってていただけてたなんて光栄だわ ♪ 」

何でこの人を社長から紹介されたのか…訳がわからず…

「実は柊木さん君の大ファンでね…君に紹介して欲しいって言うから…」

「はあ……」

オレは何だか納得が行かず…だからって本当に紹介されるとは…珍しい。

「私惇哉クンがデビューした頃からのファンなの!!
こんな母親みたいな歳だけど純粋に惇哉クンの事応援してるから!!」

「はあ…」

今までそんな連中何人かいたけど…何だかこの人……何て言うか…

「まさか応援の見返りにホテルに付き合えとか言わないよね?」

「 !!! 」

「惇哉君!いくらなんでも失礼だよ!」

彼女も社長も目を丸くしてビックリしてた。

「でも本当の事だろ?最初にハッキリさせとかないとさ…で?どうなの?オレの身体目当て?」

「…………」

「え?」

彼女がいきなりポロポロと泣き出しだ!今度はオレがビックリだ!

「惇哉クン!!」
「は…はい!」

いきなり両手を一緒に胸の前で握られた。

「そんな酷い目に遭わされた事あるの?」
「……いや…今の所そんな事は…」

大体がお断りしてるから…後は何とかそんな危ない場面は逃げ切ってるし…
危機一髪は何度かあったけど…

「私こう見えてもこの業界に色々コネがあるの…だから社長さんともお知り合いになったんだけど…
それもこれも…みんな惇哉クンの為に…」

「え?…オレの…為?」

「私…本当にあなたのファンでね…これからは万が一の時は私が何とかするから!
何でも言ってちょうだい!!お金が必要ならいくらでも用立てるし何か困った事があったら
必ずどんなコネを使ってでも助けてあげる!」

「は…あ…」

そんなとんでもないセリフを真面目に言ってる所が可笑しくて…

「何でオレの為にそこまで?見返りも無しでさ?」

「……あ…えっと…それは…」

「それは?」

「惇哉クンが…その…」

「オレが?」

何でそんなに挙動不審?
モジモジ…ソワソワ…まるで初心な女の子みたいだ…

「は…初恋の人に…似てるから……」

「え?」



その時からオレと満知子さんは憧れの俳優とファンと言う関係と…

歳の離れた友達と言う関係になった。






「惇哉クン ♪ 引っ越してきちゃった ♪ 」

「満知子さんいらっしゃい。」

玄関の扉を開けるとニコニコの満知子さんの笑顔があった。
事務所で満知子さんを紹介されてから約1年後の事だ。

オレが引っ越したって言ったら同じマンションに引っ越すって言って…
本当にオレの隣の部屋に引っ越して来た。

「これから毎日惇哉クンのお役に立てるわ ♪ 」

「ありがとう。」

そんな風に言う満知子さんだけど決して出しゃばったりしないからオレは気楽な付き合いをしてる。
宣言通り満知子さんは何かとオレのサポート役を買って出てくれて
ドラマのスポンサーも可能な限り引き受けてくれるし…励ましのメールも時々くれる。



「ん?」

そんな満知子さんの後ろにもう一人…

「あ!娘の由貴よ。」
「ああ…」

何度か話だけは聞いてる…確かオレと同じ歳だったっけ?
顔は本人が見せるのが嫌だからって言って写真でも見せてもらった事無かったから…

今日…今初めて対面した。


「ほら!由貴!惇哉クンよ!挨拶して!!」

「………由貴です…母がいつもお世話になって…」

ぺこりと下げた頭を上げた満知子さんの娘は…
真っ黒な髪にそれを後ろに一つで縛っていかにも真面目って言う黒ブチ眼鏡を掛けてた。

「…………いや…こっちこそ…」

見た目も驚いた…この満知子さんの娘がこんな地味な女とは…
でも…それ以上に驚いたのは…オレの方を見もせずに…

どう見てもあからさまに不機嫌な顔だって事だ!

いくらオレのファンじゃないとしても 『 楠 惇哉 』 が目の前にいるんだぞ!
普通嬉しそうな顔するだろ?それなのに…ため息でも聞えそうな超テンションの低い態度。

何なんだ?この女…

「由貴が惇哉クンのお世話係するから何かあったら遠慮なく由貴に言って。」

「え?」

「本当は私が色々お役に立ちたいんだけど…殆んど留守にしてるから…由貴に頼んでおいたから。」

「え…っと…それはどう言う?」

「そうね…食事の支度とか…惇哉クンが嫌じゃなきゃお部屋の掃除なんかも大丈夫よ。」

「は?」

「とにかく由貴には惇哉クンの役に立つ様に言ってあるから。遠慮しないで何でも言って。」

「…はあ…」



何でも言ってって言われてもな……どう見ても嫌々だって言うのがわかるんだけど…




「ね!生の惇哉クンカッコいいでしょ ♪ 」

自分の部屋に戻るなりお母さんがウキウキで私に言う。

「そう?生意気そうな男じゃない。」

私は引っ越したばかりのリビングのソファにドサッと座って思ったままの感想を述べた。

「惇哉クンは生意気なんかじゃ無いわよ!優しいんだから!!」

「そう?」

自分の初恋の男に似てると言う理由から 『 楠 惇哉 』 の大ファンになった母…
ありとあらゆるコネを使って本人と親しくなって…同じマンションの隣の部屋にまで引っ越して来た。

もう…信じられない…
しかも娘をあんな男の使用人にまで差し出そうなんて……

「これで何か私に頼んでくる様なら最低ね!」
「何で!こっちからそうしてってお願いしたんだから当たり前でしょ!」
「それで実際面倒見るのは私でしょ?冗談じゃ無いわよ!!あんな軽そうな男!」

今までそう言う噂…何度か聞いてるんだから。

「だって…私がお世話出来ないんだから仕方ないじゃない!
由貴だってちゃんと納得して頷いてくれたでしょ!!私に協力してくれるって!!!」

涙目で訴えられた。

「……わ…わかったわよ…もう…」

昔から私は母のお願いには弱い…父と離婚して女手一つで私を育ててくれた母…
どれだけ苦労してここまで来たのか私は知ってるから…

「でも…イヤらしい注文してきたら即お断りだからね!」
「大丈夫よ。惇哉クンそんな子じゃ無いから ♪ 」
「…………」

何処をどう見ればそんな事言えるのよ!
いくら相手が超人気の売れっ子俳優って言ったって若い男なのよ!お・と・こ・!!

言う事聞く若い女がいればそう言う話だって無いとは言い切れないなでしょうがっ!
もう!お母さんは彼の事となると周りが見えなくなっちゃうんだから!!!


お互い最悪な第一印象だったなんて知るはずも無く…
それから何も無いまましばらく月日が過ぎた。

時々廊下やエレベーターで一緒になる事はあったけど必要以上に接点を持つのは避けてた。
相手も露骨に敬遠する私の態度を見てちょっと言葉を交わす程度で…
でも私がそんな態度だから相手もそれ相応な態度になる……

私は朝から大学だったし彼も仕事が忙しくて赤の他人の私に何を頼むわけでも無く…
それに彼女がいるかもしれないし…

…まあそんなもんよね…ちょっとは常識があるのかしら…なんて思ったのもつかの間…

エレベーターで一緒になって2人で見事に廊下に倒れ込んで…セクハラされた!!



「まったくいやらしいんだから!最低!」

♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ 

「ん?誰…」

珍しく私の携帯が鳴った。
インドア派な私にメールならいざ知らず…この音は電話だ。

「お母さん?……げっ!」

掛かって来た相手の名前を見て驚いた!

「楠…惇哉…って…」

強制的に母に登録された彼の番号… 『 トップシークレットよ! 』 って念を押されたけど…
私には全く必要の無い番号なのに!しかも私には無断で私の携帯の番号が彼に渡ってるって事で…

「はい?」

仕方なく電話に出る。

『オレだけど。』
「どちら様…」

わかってたけどワザとらしく聞く。

『何?ワザと聞いてオレの気を惹きたい?』
「馬鹿な事言ってるなら切るわよ!」
『クスッ…』
「何よ!」
『もしかしてオレあんたに嫌われてる?』
「……別に…興味無いだけよ。」
『へえ…なのに何でオレの世話役なんて引き受けたの?』
「母の…頼みだからよ。仕方なくに決まってるでしょ。」
『仕方なくでも興味無い男の世話するんだ。』
「母の頼みだから…」
『……ふうん…親想いなんだな。』
「……関係ないでしょ…で?何の用?」

『え?……んー…暇つぶし?』

「なっ!」

『ウソだよ。ちょっと話してみたくなったから…』
「何で?」

『さあ…珍し物好きの好奇心?さっきやっとあんたが女だったんだと認識出来たから。』

「!!」

何ですってぇ〜

「 最 っ 低 っっ ! ! 」

ブチッっとこっちから切ってやった!

「まったく…もー腹立つ!」


あんな男の世話なんて誰がするもんですかーーーーーっっ!!!



「くっくっくっ…」

また初めて 『 最低 』 なんて言われた。

「おもしろい女…」



オレは携帯をしまいながら…しばらく1人でクスクス笑ってた。