03





「……さん…」
「……………」
「菅谷…さん…」
「……………」

「す・が・や・さん!!!」

「 ハッ!!!!…はいっ!!!」

「お客様がお待ちですよ!」
「え?あ…はい…すみません…」
「大丈夫ですか?何だか午後から変ですよ?」
「あ…ううん…大丈夫…ごめん…」

あたしは慌てて仕事に集中する…
でも…昨日のアイツの言葉が頭にリピートで廻ってて…集中出来ない……ヤバイ…

特に帰る時間が近付くにつれて余計にそんな思いが頭を占める…

『 明日はオレとするんだからな!! 』

アイツが別れ際にそう宣言してた…アイツの事だから絶対実行に移しそうで……

「ダメダメ!!仕事に集中しなきゃ!!」

夜のお店が近いこのお店はこの時間出勤前のホステスさんの髪のセットが多くなる…
そこで高梨さんとも知り会ったんだけど……

高梨さんのお店の娘にあたしの事聞いたって…ううん…あの感じじゃ身体に聞いたんだよね…
って言ってたけど…一体どの子なんだろう……

確かに同じお店の人は何人か来てるけど……
って!!!ああ!!もう!!!何考えてるんだか!!

とにかく終わったら速攻帰ろう!!



ドキドキしながらあっという間に帰る時間になって手早く帰る支度に取り掛かる。

「何?そんなに慌ててこれからデート?」
「明日休みだもんね!ゆっくりするんだ?」
「まさか!!早く帰りたいだけで…」
「昨日お店の前に来てた人じゃないの?待ち合わせ?」
「だから違うって…」
「いいじゃない!照れなくたって!この前の山岡さんとはまた!上手くいかなかったんでしょ?」
「またって何ですかっっっ!!!」
思わずムキになってしまう…
「だって昨日かのこちゃんが外で山岡さんに会ったんですって!」
「え……?」

かのこちゃんはうちのお店のスタッフの一人…うわっ…何だか嫌な予感……

「絡んで来た男に逆に喧嘩吹っかけたんですって?」
「え〜〜マジですか?また?」

傍にいた他のスタッフの子までが話しに食いついて来る…

「またって何よっっ!!!別に好きでそんなのに絡まれるわけじゃ…」
「菅谷さんって見た目なかなかなのにどうしてそう喧嘩っ早いの?」
「………子供の頃から空手習ってて…習慣?…かな…身体が勝手に…」
「やぁあねぇ…男の前ではそこんところ上手く隠さなきゃ!」
「で?山岡さん何か言ってました?」

「 『あんな男相手に怯む事無く挑む女の人にはついて行けない!』って。」

「…はあ…そうですか……」

ってあたしを置いて逃げたくせにっっ!!こっちから願い下げだっつーのっっ!!!


「じゃあお疲れ様!」
「お疲れ様!!」

そう言って皆それぞれ散らばってお店の前から帰って行く…
帰りに飲んで帰るそうだけどあたしは今日は寄り道せずに帰る!
一応お店の周りを見回すと…アイツらしき人影は無い……

良かった…都合がつかなくて来ないのかな…でも油断は禁物だから早く帰ろう!!!

今日会わなければとりあえず明日は仕事が休みだから2日間会う事は無いし…よし!


「オレと会うために1人になったか。感心感心!」

1歩踏み出した足がピタリと止まる…え?ウソ……

「…………」

恐る恐る声の方を振り向くと…いつもの如くアイツが咥えタバコでニヤリと笑って立っていた。

「え?何で??今までそこには誰も……???」

そうついさっき見た時はそこには誰もいなかったのに…

「甘いなぁ…オレ気配殺すの得意なんだよ。」
「…………」
忍者か?
「行くぞ。」
「何処に?」
「ホテル。」
「誰が?」
「オレと真琴!」
「行きませんからっ!!!じゃあね!!!」

猛ダッシュで駆け出した!逃げるが勝ちっ!!!

「 無駄な事を…… 」

駅までの道を走って近道の公園を抜ける。
チラリと振り向いたけどアイツの姿は無い…何?こんなにあっさりと諦めたの??ウソ…

後ろ向きのままソロソロ歩いてたらドン!!っと何かにぶつかった。

「あ…ごめ……って!!ぎゃあああああーーーーっっ!!!!!」

「オレから逃げれると思うなよ。」

後ろにアイツが余裕で立ってたっ!!ウソ!!いつの間に???化け物か???

「触るなっっ!!妖怪!!!」

あたしの身体に腕を廻すからそんな事を叫んだ。

「妖怪?何だそりゃ?」
「妖怪じゃなきゃどうやってあたしの前に来れるのよっ!!」
「駅までの最短距離ってここ通るだろ?足はオレの方が早い!長いから!!」

自慢かっ!!!こんな時に!!

「やめっ…離せっ!!!あっ!」

いつもの様に腰がグイッと引かれてアイツの顔が近付いてくるから
今日はキスされる前にアイツの身体を押した。

そしたら簡単にアイツがあたしの身体に廻してた腕をパッと離した。

「え?」

重心がズレてちょっとヨロめいた…
そんなあたしの身体をアイツが トン! と指先で押した。

「 !!!! 」

その拍子に足が何かに躓いた!!
うそっ!!!支えも掴まる所も無いっ!!!!

「 やっ!……あっあっあっ!!!! 」

何でだかゆっくりと倒れて行く視界の中でアイツがにっこりと笑ってバイバイって手を振ってた?

バ ッ シ ャ ーーーーー ン ン !!!!

「 きゃっ!!!! 」

浅いけど…思いっきり公園の噴水に背中から倒れ込んだ……
噴水なんてあったの??こんな所に??

「 ………… 」

全身…頭からつま先までずぶ濡れになった……

「あ〜あ…気をつけろよ。足元おろそかにするから……くっ…くっ…」

何笑ってんだぁ〜〜〜〜〜っっ!!この野郎………

「ちょっとアンタっ!!ワザと……」

そんなに強い風が吹いた訳でもないのに…身体が一気に冷えて震え出した。

「……さ…寒い……」

ガタガタと震え出す…

「泳ぐにはまだ早いんじゃねーの?」
ニヤニヤ笑ってんじゃ無いっつーの!!!
「………ムカつく…」
「え?オレのせいだって言いたいのか?オレは何もしてないだろ?真琴がオレを押したんだから。」
「その後……あ…あたしの事…お…押したでしょ!!」
そう…トン!って押した!!
「オレは倒れそうだったから手を差し伸べてやったんだろ?間に合わなかったみたいだけど。」
「……う…ウソ…よ…アンタ…あたしに手を振って…た…」
寒くて……呂律が廻らなくなって来た……
「はあ?何それ?幻覚でも見たんじゃねーの?とにかく立てば?
いつまでそんなトコハマってんだ?」

「好きで…ハマってる…わ…わけじゃ…無いわよっっ!!!」

言いながらやっとの思いで立ち上がった。
髪の毛からはポタポタと滴が垂れて何倍にもなった水を含んだ服が
ベットリと身体に張り付いて重い!

それに寒いっっ!!!

「………ガチガチ……」

両腕で自分の身体を抱きしめたけど全く効果無し!

「可哀想になぁ〜…仕方ないオレの家に連れてってやる。直ぐそこだから。」

「…………」


恩着せがましいそんなアイツの申し出をこの寒さに負けて…

コイツの策略だとは分かってたけど…あたしは思わず頷いてしまった!!