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「………」

「どうしたんですか?菅谷さん?」
「え?」
「目が死んでますよ…」

お店のスタッフの女の子が超暗いあたしに気付いてそんな声をかける。
あたしはもうあれからとんでもなく気分が重い…彼とは付き合う気なんて無いから
別に連絡なんて取らないけど…何だかヤリ逃げされた気分…

ってあたしにも責任はあるのか無いのか……あるんだよね…きっと…

「はあ…」

それよりも…何でだかあれから濯匡の顔がチラついてる…

「もう……」

こんな風に納得させられるのって…我ながら…やめて欲しいんですけど…



「………」
「何?機嫌悪い?濯匡?」

正臣の店のカウンターに座ったオレの顔を覗き込んでの開口一番のセリフだ。

「別に。」
「変な女に引っ掛かったの?」
「香奈ちゃん!若い女の子がそんな事言ったらダメだよ!」
「だって黒沢さんいつか女の人で痛い目に遭うと思ってたもん!」
「勝手に思い込むな!誰が女で痛い目みるんだよ!オレは女で失敗した事なんて無い!
ガキには分からないだろうがな!」
「あーナンカ言い方に刺があるぅ!!」

「………正臣。」

「ん?」

「アイツにオレのアドレス教えたか?」
「いや…だって濯匡に携帯の番号だけって言われてるし…何で?」
「いや…」

柊夜が教えるわけ無いしあいつも聞く訳ないだろうから…と言う事は……

「はあ…やっぱオレのせいか…」

カランと店のドアが開いた。

「いらっしゃいませ。」
「こんにちは。正臣さん。」

「え?ああ朔夜ちゃん!いらっしゃい。久しぶりだね。」

「朔夜?」

オレは店の入口に視線を向ける…
入口には長い髪に小綺麗な格好の若い女が立ってた。

「あら!濯匡さん!お久しぶり。」
「………」

女は自分としては飛び切りの笑顔であろう顔でオレに笑いかけて
当たり前の様にオレの隣のカウンター席に座る。

「お久しぶり。」

2回も言われた。
まあオレが返事をしないからなんだか…

「ああ…」
「相変わらずつれないですね。そんな私が苦手ですか?」
「苦手じゃなくて合わない。」
「酷いわ…親友の妹なのに…」
「柊夜だって気を揉んでる。」
「2人とも本当に酷いわ。そう思いません?正臣さん。」
「はは…2人とも朔夜ちゃんの事からかってるんだよ。
いつまで経っても中学生なんじゃない。2人にとってはさ。」
「失礼よね。もう22ですけど!」
「大学生?」
「はい。4年です。」
「そっか…早いねぇ…」
「店長!オジン臭いっス!」
「もうなに!香奈ちゃん!そんな言葉遣い!それに僕オジン臭く無いからね!」

そんなやり取りをオレは黙って見てた。

朔夜(sakuya)は柊夜の4つ下の妹だ。
オレは昔からコイツとは反りが合わない…柊夜の妹と言う事を考慮しても合わない!

理由は分ってる…オレの気持ちをお構い無しにズカズカとオレの中に踏み込んで来て
自分の気持ちを押し付けるからだ。

オレが高3の時中学生だったコイツに嫌って言うほど付き纏われた。
人のやる事生す事干渉して来て恋人気取りでヤキモチを妬く。

付き合ってもいないのにだ!

オレも早々女相手に邪険になったりしないが甘やかされて育ったせいか限度を知らない。
多分何の苦労もしないで育ったせいもあったんだろう。
中学生にしては整った顔立ちで裕福なお嬢様とくれば周りはコイツをチヤホヤし放題。
柊夜の妹と言うのもあったが中学生だった朔夜に興味なんて湧く筈も無く…
オレは相手にしなかった。

それが新鮮に見えたのか…朔夜が高校に入る頃まで付き纏われた。

オレは何をされても徹底的に無視を決め込み流石に見かねた柊夜が兄として…
オレの親友として朔夜に制裁を加えた。

2人の間にどんな事があったのかオレは知らないが柊夜が…

『朔夜にはちゃんと納得させたから。今まで悪かったね。』

そう言ってバツの悪そうな顔で笑った…
それから目立って朔夜の行動は無くなったが完全にオレを諦めたかどうかは疑問だ。

今でも時々こうやってオレの前に現れるし一体何を考えてるのかわからない……



「……はぁ」

落ち込んでるクセにお腹は減る…食欲は無いのに…
トボトボと1人お昼を食べに行く為に歩道を歩いてる…
でもあたし何でこんなに落ち込んでるんだろう…
確かに酔った勢いで身体を許しちゃった(多分…)のはショックだけど…
初めてってわけでもないし…まあそれなりに自分の中では処理できてると思う…のに……

ううん…わかってる…あたし………


「はっ!!」

こんな時に…真正面からアイツが…濯匡がこっちに向かって歩いて来る!!!
なんで??どうしてこのタイミングで???

普通にすれ違うなんて無理!!絶対無理!!!!
どどどど…どうしよう!!!って!ほら!そんな挙動不審な事してるから濯匡に気付かれた!!

あたしは慌てまくってすぐ横のお店に飛び込んだ!!

「…早く通り過ぎて…って…なっ!!」

見れば飛び込んだお店は作業着専門のお店!!
絶対このお店に用なんて無いのは分かりきってる!!!!ヤバイ!!

チラリと外を見ると…濯匡が入り口の前で呆れた顔で立ってる!!
何??何なの??バレバレ??
しかも行く気配が無いって事は…あたしの事待ってるの???

「…………うそ…」


しばらく様子を見てたけど濯匡が行く気配が無いから…仕方なく店の外に出る事にした…
何だか悔しい…


「くっ…くっ…なに?転職?土方でもやんのか?」
「……やるわけ無いでしょっっ!!!」
ああ!!ムカつくっっ!!!
「なに?オレの事避けたつもり?」
「べべべ…別にそう言うわけじゃ……じゃあね!あたしこれからお昼なの。」

フン!!と聞えそうな勢いで身体を捻って濯匡とは反対の方向に歩き出した。

「仕事終わったら迎えに行くから…連絡寄こせ。」

「え?」 

ドキン!!と胸が動いた…行きかけのあたしそんなセリフを投げ掛けるから…
あたしはビックリで思わず振り向いちゃった!

「話がある。」
「あ…あたしは…話なんか…無いわよ…」

そうよ…やめてよ…こんな時に…無理だから…

「先約が…あるの…だから今日は…無理……」

その嘘のセリフを言うのにとんでもなく勇気がいった…
お願いだからこれで引き下がって!

「ダメだ。そっちは断れ!」
「!!!…は?」
「きっとその先約よりもこっちの方が大事な話だ。」
「…………」

濯匡が今までで…一番の真面目な顔でそう言った…

「逃げても無駄なのわかってるよな?
オレはお前が何処にいても必ず探し出す…じゃあ電話しろよ。」

濯匡はそう言ってサッサと行ってしまった…



まったく…あの男は…人の気持ちも知らないで……

そんな口説き文句みたいなセリフ…簡単に言わないでよね!!!

なんて…あたしはそんな文句を言いながら…

さっきよりちょっとだけドキドキな気分になってる…



だから早々に仕事を切り上げて…

言われた通り濯匡に電話をする自分がいた…


    だって…本当は……ずっと濯匡に会いたいと思ってたから……