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「こんばんは。濯匡入るね…」

いつもの様に鍵の掛かっていない濯匡の家の玄関を勝手に開ける。
でもちゃんと声は掛けて開けてるんだから。

濯匡と付き合い始めて早2ヶ月…週に2・3回は泊まるのが当たり前になった。

まだ一緒に住む話しなんかは無い。
そりゃいつも一緒にいたいのはやまやまだけど…濯匡もそんな話しして来ないから
あたしから言うのも言い出しにくくて…だってそこまで考えて無いかもしれないし…

「 え ? 」

玄関を開けて飛び込んで来たのは部屋の真ん中にある濯匡のお気に入りのソファとは別の
ちょっと小さめなソファに濯匡が座ってて…その反対側に女の人が1人…

濯匡と知り合ってこの部屋に…濯匡の部屋で女の人を見たのは初めてで…

しかもその人の膝の上には……生後半年と思える赤ちゃんが…チョコンと座ってた!!!


「……………」

あたしは硬直!!!
もしかして…これは…非常にまずい時に来てしまったのでは???

あの膝の上に座る赤ちゃんは…濯匡の子供で……
責任取れって……押し掛けられてる……とか??

あたしは一体…どうしたらいいんでしょうか?これは…今日は帰った方が…??


「あ…ごめ…出直すね…」

何とか声が出た…良く出たもんだと自分ながら感心してしまった。
2人に背を向けて玄関のドアノブに手を掛けた…

あたしは心臓がドキドキ…本当はとんでもなくショック受けてて…
一瞬でこれからの事を考えてしまった…

やっぱり…これは…男として責任を取って…あの女の人と…

結婚っ!!!!

よね?


「勝手に誤解して帰るな!」

濯匡が帰ろうとするあたしの背中に向かってそう声を掛ける。

「え?」

あたしはゆっくりと振り返った。

「お前…オレの子供だと思ってんだろ?昔の女が子供連れて
オレに結婚でも迫りに来たとでも思ってんじゃねーのか?」

「え?違う…の?」

「ド阿呆!!早合点すんなっ!コイツは昔雅の店で働いてた 『 澤口麻耶 』 ああ…今は横山か…」
「こんばんは…初めまして…横山です。」
ペコリと頭を下げられた。
「あ…こんばんは…初めまして…あ…菅谷です。」
あたしもペコリと頭を下げる。
「娘の 『 萌 』です…本当に黒沢さんの子供じゃ無いですよ。ご心配なく。」
「えっ!?あ…いえ…スイマセン…あたしったら勝手に…」
「でも黒沢さんに彼女が出来るなんて…意外!」
「まあ…オレにも色々と…な…いい加減入ったらどうだ?いつまでそこに立ってんだよ?」
「え?ああ…そうね…」

何だか自分でも良く分からない心境で…
濯匡に言われるまで玄関先に荷持つを持ってずっと立ってた。


彼女の話しだと何でもこの赤ちゃんの父親と結婚する時に濯匡にお世話になったとか…

「主人とは年が離れてましたし…亡くなった先妻のお子さんにも反対されてたんですが…」
「その内の1人…3人いた子供の次男が財産絡みでコイツと腹の子供を始末しようとして
狙われてたんだよ。」
「そこを黒沢さんに助けて頂いて…」
「柊夜から仕事として依頼されたからだ。」

あ…雅さんのお店の人だから…

「財産絡みって…」
「横山グループって知ってるか?」
「ううん…」
「手広く色々な事業展開しててホテルやらリゾート開発やら…」
「え?そこの?」
「はい…もう一線からは退いてるんですがそこの会長が私の夫です。」
「はあーー」

ため息しか出ないわ…
やっぱり高級クラブともなると知り合う相手も半端じゃないわね…

「息子さんには申し訳ない事をしました…私とこの子のせいで…罪を犯す事になるなんて…」
「それは別にお前のせいじゃないだろ?」
「そうなんですけど…」
「で?いつ発つんだ?」
「今週末です。今度海外で暮らすことになりまして…親子水入らずで…」
「まあ!それは…」
「なのでその前にお世辞になった黒沢さん達に挨拶をと思いまして…
遅くにお邪魔してしまいました。この時間ならいらっしゃると思って…」
「確かに…」



『本当にお世話になりました。』

と深々と頭を下げて彼女は帰って行った。


「濯匡も色々な事してるのね…」
「仕事だから。」
「あ…お父さんの仕事も手伝ってるんでしょ?」
「手伝ってるんじゃない。アイツはまるごとオレに押し付けるんだよ。」
「へえ…」

「だから報酬はしっかり貰う。半分は踏み倒されてるがアイツが死ねば
保険金がおりるからそれでチャラだ。」

「ちょっと…」

顔がマジなんですけど…




「あ…濯匡……」

お泊りの時はお約束の様にあたしと濯匡はベッドの中で淫らに絡み合う…
今まで味わった事の無い…とても気持ちのいい感覚がいつもあたしを包んでいく…

激しく押し上げられるのも優しく押し上げられるのももう身体は勝手に反応して
あたしが一番感じるところを濯匡は攻め続けるから
あたしは後から思い出すと恥ずかしいくらい乱れて声を出して濯匡に感じまくってる…

それはいつもしばらく動けない身体がなにもかも物語ってる…

でも今夜は…今まで考えなかった事がふと頭を過ぎって言葉に出た。


「濯匡って…子供好きなの?」
「は?何だよいきなり…」

いつもの様に濯匡はベッドで仰向けで寝転んであたしは隣で俯せで話してる。
もちろんお互い裸のまま…

「今日の濯匡見て何となく…」

何気に彼女の赤ちゃんをあやしてた様に見えたのは…気のせい?

「別に好きでもないし嫌いでもない。普通…」
「自分の子供でも?…あっ…」
「…………」

濯匡が無言で視線だけあたしに向けたから…
思わず聞いちゃいけないことだったかと思って…

「もしかしてまだオレに隠し子がいるとでも思ってんの?」
「そんなに呆れないでよ…
ホントに最初はあの子が濯匡の子供かと思っちゃったんだから…」
「余計な心配だっての…」
「だって…」

「オレに子供なんて考えた事無いな…」

「……そうなの?」

「ああ…」

「……………」



本当は… 『 じゃああたしとの間に子供が出来たらどうする?』 って聞きたかったけど…

何となく答えがわかって…何だか気まずい雰囲気が漂いそうだったからやめた…

そうだよね…あたしだってそこまで考えてないし…そんな事にならない様にちゃんとしてるんだし…

でも…もし…万が一そんな事になったら…

濯匡はなんて言うんだろう……そこまで考えてないって言うのかしら…

それとも…いらないって言うのかしら……


             それとも………



「あれ…」

お店で仕事中にクラリと立ちくらみがしてヨロけた…

「大丈夫ですか?菅谷さん?」

隣に立ってたスタッフの女の子が声を掛けてくれた。

「大丈夫…ちょっと立ちくらみしただけだから…」
「珍しいですね…菅谷さんが立ちくらみなんて。いつも頑丈ってイメージが…」
「頑丈って何よ!丈夫でしょ!丈夫!」

まったく…人を何だと思ってるのよ!あたしはロボットかっつーの!

「あ!そうか…昔は良くあたしも生理のたんびに貧血起こしてフラついてましたよ…」
「 !! 」
「あんまりヒドイなら鉄分のサプリとか飲んだ方がいいですよ。?菅谷さん?」
「…え!あ…うんそうね…そうするわ…ありがとう…」

そんな会話をしてお互い仕事に戻った。
本当は仕事なんて手につかなかったけど…何とか気持ちを切り替えて乗り切った。
仕事が終わるのをこんなに待ちわびた事は無い。
速攻家に帰ってソファに座る…しばし放心状態…

『 生理のたんびに… 』 の彼女の言葉が頭の中でぐるぐるまわってる…


「あたし…今月生理きたっけ?」

カレンダーに目をやって頭の中で逆算する…
あたしは自慢じゃないけど毎回同じ周期で遅れたためしがない。
不規則な友達に羨ましがられたほどに順調にいつもくるのに…遅れても2日くらい…

「え?ちょっと待った…今日で14日遅れてる!?うそでしょ…!?」

そう…これは何かの間違いよ…ちゃんと気をつけてたもの…まさか…そんな…

「……………」

座り込んでるソファの上に投げ出されたドラッグストアのビニール袋に恐る恐る手を伸ばす。
帰り道念のためにと買った『妊娠検査薬』のキット…まさかこれを使う羽目になるとは…

「……念のためよ…念のため…どうせ結果はわかってるんだから…妊娠なんてしてるはず……」

それから数分後あたしはトイレの入り口の床の上に項垂れてしゃがみ込んでた…

「……うそ…」

目の錯覚じゃない!そう…何度も見直して…でも…でも…

「妊娠してる……」


神様!仏様!嘘だって言ってええっっっ!!




次の日即席だとは思ったけど婦人体温計まで購入して朝計ってみた…

思いっきり……高温領域……

もしかしてと思って朝もう一度妊娠検査薬で調べたみた……やっぱり陽性だった……

これは…最後の賭けと思って…初めて産婦人科なるものに行った…
とんでもなく勇気がいって…1人で行くには怖かったけど…

これで間違いだと完璧に証明されれば願ったり叶ったりで…
自分としては半信半疑…でも…違ってる方に気持ちは傾いてたのに……

『 おめでとうございます。2ヶ月ですよ。 』

の先生の言葉に…

「 ……………は…あ…ありがとうございます… 」

なんて条件反射の様に呟いて頭を下げてた。





「…………ウソ……何で?どうして??」

ちゃんと気をつけてたわよね?
濯匡だってちゃんとしてくれてたもん……でも…妊娠したって言う事実は?

いつ?どこで?どの時????

おぼろげな記憶を思い起こす…
この前の生理はちゃんときてたもの…と言う事はその後?

約4週間前くらい?4週間………4週間…

「あっ!!!」

そう言えば柊夜さんの所で皆で飲んで…その後…濯匡の部屋に泊まって…
酔った勢いでそのままベッドに倒れ込んで……お互い酔ってたから気が緩んでて…

でも…確か濯匡に聞かれたような……

『大丈夫なのか?』

って…で…確かちょっと危ないかなぁ…
なんて思ったけど毎月正確にきてるからギリギリ大丈夫と思って…

『大丈夫 ♪ 』

って言ったっっ!!あたし…言い切ってたっっ!!!

うそぉ〜〜〜〜〜っっ!!あの時??あの時で?あの1回で???


「ど…どうしよーーーー…………」


もうあたしの目の前は真っ暗で…

    濯匡に…どう言えばいいのよぉ……