02





「結婚記念日?」
「はい…」

濯匡が別の仕事でいないから保育園に預けてる匠を迎えに行って
そのまま正臣さんのお店にやって来た。
匠はお店に入った途端正臣さんの腕の中…
濯匡の友達は匠を可愛がってくれて助かってしまう。

正臣さんは特に色々相談にも乗ってくれるし…こんなに優しくて気が利いて…
容姿なんてうっとりしちゃう程なのにどうしてお相手がいないのか不思議でしょうがない。

1度濯匡に 『正臣さんってもしかして女性に興味無いとか?』 って聞いたら
そんな事無いって言ってたけど…まさか男の人の方が?なんて真面目に聞いたらデコピンされた。

「いつ?」
「今度の土曜日…」
「あれ?土曜日って…濯匡仕事で出掛けるって言ってたけど?」
「そうなんですよね…」
「でも濯匡何にも言ってなかったけど?」
「だって濯匡だから…」

濯匡は記念日とかには興味が無い。
自分の誕生日もあたしや正臣さん達に言われて初めて気付いたくらい。
だからあたしの誕生日だって知ろうとしなかった。
これまた正臣さん達の方が気付いて祝ってくれて…
濯匡からのプレゼントは誕生石の飾りがついたピアスだったけど…
自発的に買ったのかは不明。
問い詰めても仕方ないので有り難く受け取った。
キッカケはどうであれ選んでくれたのは濯匡だから…

「きっと結婚記念日の「け」の字も思い出してないんじゃないかな…」
「まあ濯匡ってそう言う所気が利かないからね…匠君の誕生日は覚えてるかなぁ?ねぇ〜匠君。」

そう言って匠の頬っぺたを指先で撫でる。

「は〜…期待してたわけじゃないんですけどね…なんかこうもスルーされると…」

普段は優しいのに…なんでそう言う所は気が利かないんだろう…

「ハッキリ言ってやればいいのに。」
「そうですけど…何だかそれも癪で…」
「真琴さんも相変わらずだね…濯匡の事言えないんじゃない?」
「だって……」

カウンターの席であたしは両腕で頬杖をついて不貞腐れてた…

結局濯匡には言えないまま…土曜日が来ちゃったし…



「何だよ?その顔?オレ仕事なんだけど?」
「べっつにー!行ってらっしゃい。」

だって…色々考えて今日休みを取ったのに…何だか1人で浮かれてバカみたいじゃない。

「…………」

別にじゃねーだろその顔…なんて思ったが突っ込むのは止めた。
理由はわかってたからだ。

昨日…今日の仕事の件で柊夜に会いに行った時だ…


「悪かったね…濯匡…どう考えても濯匡が適任だと思ってさ。」
「いや…仕事だしオレは別にわまわねえ。」
「でも…真琴さんに申し訳なかったかなって…」
「真琴?なんで真琴が出てくんだ?」
「え?どうしてって……はぁーーー」

柊夜の奴が思いっきりの呆れ顔だ…しかも額に手を当てて大袈裟に溜息をつく。

「何だよ?」
「まあ…濯匡らしいって言えばらしいけど……もう少し自分達の事に気を配りなよ。」
「はあ?」
「明日は何の日?」
「何の日?土曜日。」
「違うよ…濯匡と真琴さんの結婚記念日だろ?憶えてないの?」
「え?……ああ…そうなのか?そういやもうそんななるのか。」
「そう言えばって…濯匡…それってかなり問題ありだよ。」
「何が?ってかお前良くオレ達の結婚記念日なんて憶えてるな?」
「まあ職業柄ってのもあるけど…濯匡がズボラすぎるんじゃない?真琴さんに呆れられるよ。」
「フン…別にオレだからって諦めてるんじゃね?現に今日まで何も言われなかったし。」
「言われなかったんじゃなくて呆れて言えなかったんじゃないの?濯匡がそんなだから!」
「なんて柊夜がそんなに怒ってんだよ。」

オレが真琴と付き合いだした頃なんて超機嫌が悪かったくせに。

「これでも女心は濯匡よりはわかるつもりだけど?」

そりゃホストクラブのオーナーだもんな…当然と言えば当然だろう。

「これは仕事柄だからじゃなくて好きな女性との事なら当たり前だからね。濯匡!」
「お前の事だから雅のスリーサイズから起床時間その他諸々の事も知ってるんだろ?」
「そんなの本人との会話で簡単に聞けるじゃないか。って僕の事は良いんだよ!」
「…………」

大分前から柊夜は高級クラブを経営してる「雅」に片思い中だ。
まったく…他の事には何も躊躇しないくせに雅の事となると途端に躊躇する…

「ヘタレ。」
「なっ!!何?それ!!!凄く失礼だろっ!!濯匡!!」
「そんな暢気に構えてると他の野郎に掻っ攫われるぞ。」
「余計なお世話だよ!!ちゃんと彼女周りは固めてあるからご心配なく!」
「………相変わらず腹黒だな?怖ぇ〜」

オレはワザとらしく大袈裟に肩をつぼませた。

「だから僕の事は良いんだって!とにかくなるべく早目に仕事終わらせて帰って来なよ。ね?」
「……わかった…努力はする。」
「花束だっていいんだから…気持ちは伝わるよ。」
「……ああ…」

そんな返事を柊夜にしてオレは咥えてたタバコを一気吸い込んだ。

オレは他の奴等が言う通り自分の誕生日もそんな記念日も気にした事は無い…
冷たいとか気が利かないとか言われてもそんな事に気が廻らないんだから仕方が無い。

ガキの頃から誕生日なんて祝ってもらった事なんて無かったし…

高校の時に自分が親父と血が繋がってなかった事や本当は自分の母親に捨てられたんだと知った。
しかも母親は追い掛けてった男を刺して捕まって…そのまま刑務所で死んだ…
イコールオレは殺人犯の息子ってわけだ…

ハッキリ言って捨てられた時2歳だったオレは母親の顔なんて覚えてなかった…
一番古い親の記憶はそんなオレを惚れた女の子供だからって面倒を見てくれてた今の親父だ。
人のいい事に自分だって見向きもされず良い様にオレなんかを押し付けられたくせに
しばらくは母親が帰ってくると思ってたらしい。
だからその間オレの誕生日なんて知るはずも無く…祝ってもらった事なんかねえ。
元々そんな事気にする様な親父じゃなかったしな…
だから母親が捕まった時にオレを自分の籍に入れたらしい。
もうその頃はアイツが自分の父親だって信じ込んでたし…今更だったと思うが…

だからオレはそんな何か特別な日なんて気にしない…

いつも一緒にいて…それだけじゃダメなのか?
そんなに一緒にいた時間を祝わないといけねえのか?

もしかしてよく今日まで続いたとか思われてんのか?

「濯匡?」
「ん?ああ…じゃあ行って来る。」
「……うん…気をつけてね…」
「ああ…」

そんな顔すんなよな…大体真琴だって何も言わないのは何でだ?
オレに期待してないってことか?言っても仕方ないと思われてるってことか?

何だかそれもなんとなく癪に障るのはなんでだ?

「真琴…」
「ん?」

結局…いつもオレが折れるんだよな……

「なるべく今日中には帰る様にする。」
「え?」

オレと一緒にいれた時間を祝いたいなら…祝ってやるよ…

「何だよ…その驚いた顔は。」

ったく…ホントマジでこれっぽっちもオレに期待して無かっただろ?その顔…

「だって…え?濯匡?」

何で?今日がどんな日か濯匡知ってるの?
あ…もしかして正臣さんか柊夜さんに聞いたのかな?

でも…嬉しい♪

「今夜は覚悟しとけよ。」
「もっ…!何いやらしい事言ってんのよっ!」

そんな事を言いながら顔がニヤけちゃうあ・た・し ♪ 現金だな〜なんて思う。

「今日は特別な日なんだろう。」
「濯匡…ん…」

濯匡が触れるだけのキスをした…

「んっ……ふ…ぅ…」

でも直ぐに激しくて息も出来ないくらいのキスに変わってあたしは身体がふらついて…
よろめきそうになって濯匡の腕に捕まる。
そんなあたしを濯匡の腕が捕まえて引き寄せられる。

「はふ……」

くちゅると絡み合った唇と舌を離された時はもう頭も身体もクラクラして…
なにもかも忘れちゃいそうなキスだった…

実際何か忘れちゃってたかも…

「じゃあな。」
「うん…いってらしゃい…ん…ちゅっ…」


そう言い合って…濯匡が玄関から出て行くにはそのあと更に3分ほど掛かった…