Halloween






【 椎凪から耀へ……バージョン 】


「耀く〜〜〜ん ♪」
「なに?椎凪?」

「Trick or treat?」

「へ?」

もう寝ようと自分の部屋のベッドの上に乗ったとき椎凪がオレの部屋のドアを開けて
ニッコリ笑顔でそう言った。

「Trick or treat?」

今日は10月31日……あと30分ほどで日付が替わりそうな時間。

「え?なに??椎凪どうしたの??」

ニッコリ笑顔を崩さずに椎凪がベッドに近付いてくる。



「Trick or treat?」

寝ようとしてる耀くんに向かって定番の言葉を投げかける。

パジャマ姿の寝る準備万端の耀くん。
っていつも素直に寝させるわけないんだけど今日は特に!寝させる気はない。

ここは耀くんの部屋でお菓子なんてあるわけがない。
そんなの最初からわかってて耀くんに声をかけたんだから。

お菓子がないって言った瞬間ベッドに耀くんを押し倒す準備は万端!
だってお菓子をくれなかったらイタズラしてもいいんだもん♪

フフフ ♪ 今夜はいつも以上にたっぷりと濃厚な悪戯を耀くんに仕掛けてあげる ♪
愛してるよ耀くん ♪ だからオレにたっぷりと悪戯されてね ♪

そんなオレの下心……耀くんはわかってるかな?


「Trick or treat?」

オレはもう一度耀くんに訊ねる。
ないよね?お菓子なんて持ってないよね〜〜 ♪

きっとオレはこれ以上ないってくらいの満面の笑みだったろう。

「耀くんお菓子ないんでしょ ♪」

言いながらベッドの上にペタリと座ってる耀くんをぎゅっと抱きしめ……
たら耀くんがスルリとオレの腕の中から抜け出した。

「耀くん?」

耀くんが後ろ向きで枕の下に手を入れてゴソゴソと動かしてる。
なに?なんなんだ?

「はい!どうぞ」

「へ?」

オレのほうに振り向いてニッコリ笑う耀くんをオレはきっとマヌケな顔で見返してたに違いない。
だってなんでこんなに素早い切り替えし??

「はい。椎凪」
「…………」

目の前に差し出された耀くんの手のひらの上には可愛い柄の包み紙にくるまれた
どう見ても飴がひとつ。

「はい」
「あ……あり……がと……」

オレはなんとも言えない顔と態度でその飴を受け取った。

「じゃあオレもう寝るね。おやすみ椎凪」
「え?あ……うん……おやすみ……」

耀くんはモソモソと布団に潜り込んで寝る体勢。
そんな耀くんの姿を見てオレのテンションは急降下だ!

「…………」

なんでだ??どうしてこうなる??なんで耀くんの部屋に飴があるんだ??
それっておかしいよな??

耀くんが部屋でお菓子食べてるところなんて見たことないぞ?
しかも枕の下からって??

てかオレのお楽しみのイタズラタイムは?もしかしてイタズラできないってコト??

うそだろーーーーー!?


オレは自分の手の中にある耀くんからもらった飴をじっと見つめて立ち尽くしてた。
そしていつまでも頭のなかに回る言葉。


なんでだーーーー!?こんなはずじゃなかったのにーーーーーー!!



【 耀から椎凪へ……バージョン 】


今日は10月31日。
世間で言うハロウィンだ。

「耀く〜〜〜〜ん ♪」

リビングのソファで本を読んでる耀くんにオレはウキウキに声をかける。

「なに椎凪」

耀くんは本から視線を外さずにオレの呼ぶ声に返事をする。

「あのさ〜〜今日ってハロウィンでしょ」
「え?あ……そうだね」

やっと本から視線を外してオレの方を見てくれた。

「だからさぁ〜〜」
「ん?」
「あの定番の言葉言ってみて?」
「え?」
「あの言葉!ね?」
「いいけど……どうしたの?椎凪」
「いや〜〜耀くんに可愛く言われたら嬉しいな〜〜って ♪」
「え?そ……そう?」
「そう。絶対可愛い!」
「そ……そんなふうに言われるとなんだか言いにくいじゃん」
「ハハ ♪ 気にしない気にしない。ね?言って。お願い耀くん」

胸の前で両手を握ってお願いのポーズと眼差しを送る。

「仕方ないな……もう変な椎凪」
「ありがとう。耀くん」

えへへ〜〜 ♪

オレの計画では 「Trick or treat?」 って言ってくれた耀くんに
『お菓子はない』 って言うつもり。

そしてお菓子がない代わりに耀くんにイタズラしてもらうんだ〜〜♪
でもきっとテレてイタズラなんてしてくれないだろうから

『じゃあオレが代わりにイタズラしてあげる』 って言って……

あーんなことやこーんなことを耀くんにしちゃおうって作戦!
ふふ ♪

まあちゃんとお菓子というかケーキは作って用意してあるんだ〜〜 ♪
でもそれはオレが耀くんに色々あんなことやこんなことをした後でね。


「Trick or treat?」

耀くんがソファに座ったまま目の前に立つオレを上目遣いで見上げてる。
しかも聞きながらカクっと首を傾ける!!

くあーーーーーー!!なに?その可愛さ!!
傾いたせいで肩にかかってた耀くんの髪の毛がサラリと落ちた。
はあ〜〜〜〜〜〜押し倒したい!!

「ごめんね耀くん。お菓子ないんだ……」
「え?」

言ってと自分から催促したくせにお菓子がないってどういうこと?って顔してる。
ああ……そんな不思議そうな顔もたまらない。

「だからね……」
「お菓子……ないの?椎凪……」
「え?」
「お菓子……」
「耀……くん?」

耀くんがもの凄くガッカリした顔でオレに懇願の眼差しを送ってくる。

うがーーーーーっっ!!そ……そんな瞳でオレを見ないでーーーー!!

「お菓子……」
「え?耀くん……もしかしてお菓子もらえるの……楽しみにしてた……の?」

オレは恐る恐る聞いてみる。

「……うん」

コクンと頷いた耀くんの瞳はなんだか潤んでる気がするのは気のせい?
いや!違う!!潤んでる!!潤んでるよーーーー!!

ああ!!もの凄い罪悪感!!!

「ごっ……ごめんね!耀くん!!あるよ!!ちゃんとお菓子あるから!!」
「……ほんと?」
「ホント!ホント!!ちょっと待ってて!!!」
「椎凪?」

オレは即行でキッチンに駆け込んで冷蔵庫から冷やしてあったケーキを取り出して
そのまま耀くんのいるリビングに駆け戻った。

「ね?ちゃんと用意してあるでしょ!」
「わあ!本当だ!!」
「へへ ♪ 驚かそうと思って黙ってたんだ。ごめんね耀くん」
「ううん。嬉しいよ椎凪!美味しそう〜〜食べてもいい?」
「うん。いいよ〜〜ちょっと待ってて。今お皿とフォーク持ってくるから」
「うん!」

耀くんは満面の笑みでオレに笑ってくれた。
ああ〜〜良かったよ〜〜耀くんの機嫌が直って。

オレはお皿とフォークを取り出しながらホッと胸を撫で下ろす。

「いただきま〜〜す ♪」
「どうぞ」

切り分けたケーキを美味しそうに頬張る耀くんをオレは隣に座ってニコニコと見てた。

「美味しい?」
「うん。美味しいよ椎凪。ありがとう」
「フフ ♪」

オレは耀くんに喜んでもらって嬉しくてしょうがない。
って……ん?ちょっと待てよ??なんか忘れてないか??

「オレハロウィンって今まで何もなく過ごして来たけど椎凪のケーキ食べれて嬉しいな」
「え?……あ……うん……」

オイオイ!!そうだよ!!ハロウィンだよ!!
オレのイタズラ計画は??耀くんにイタズラしてもらう計画は??
お菓子あげちゃってオレの計画無理じゃん!!!丸潰れじゃん!!
うわーーーーー!!オレのバカ!!

「ん?椎凪どうしたの?」
「……え?……ううん……なんでもないよ……ハハ……」

はぁ〜〜〜〜撃沈だよ。
オレの密かな楽しみが……全部崩れ去った。
しかも自分のせいで。

「そう?変な椎凪」
「ホント……大丈夫だから……」

って本当はとんでもなく落ち込んでるけどね。はあ〜〜〜

「椎凪も食べる?はい。あ〜〜〜ん」
「…………」

耀くんが一口分フォークで取ってオレに差し出してくれた。

「ありがとう……耀くん」

オレはパクリと自分で作った耀くん好みのケーキを食べる。
まあ食べさせてもらっただけでも嬉しいと思わなきゃな……

「美味しい?って……自分で作ったんだもんね。美味しいよね」
「耀くんが美味しいって言ってくれるから嬉しいよ」

ちゅっ♪
オレはそっと触れるだけのキスを耀くんの唇に落とす。

「わ!もう椎凪!!」

耀くんが顔を真っ赤にて驚いてる。
もういい加減慣れてよね。
何度キスしたと思ってるの?耀くん。
しかも触れるだけのキスなんて可愛いもんじゃない。

「甘い?」

オレは慌てまくってる耀くんのクリームのついた唇を親指で軽く拭う。
その拭った親指をペロリと舐めた。

「……うん」
「さっきのキスでクリームついちゃった」
「クリームも……甘くて美味しいよ」

まだ赤い顔の耀くん……ホント可愛いな〜〜 ♪

「良かった。たくさん食べてね」
「うん。ありがとう椎凪 ♪」

ニッコリと笑った耀くんを見て仕方なく今年のハロウィンは諦める。

オレのイタズラ作戦は耀くんという強敵の前に見事に砕け散った。

来年……来年こそはどうにかうまいこと耀くんを丸め込んで
イタズライチャイチャ作戦を遂行させる!!

待っててね!来年の耀くん!!!




──── ハロウィンの次の日。
大学に着いたオレの携帯に慎二さんから電話が掛かってきた。

『おはよう耀君。昨日はどうだった?』
「おはよう慎二さん。慎二さんの言った通りだった」
『でしょ?絶対椎凪さんハロウィン狙って何か考えてると思ったんだ』
「だから慎二さんに言われた通りにしたら大丈夫だった」
『もう椎凪さんの下心丸見えだから。良かったね〜無事で』
「ホント。椎凪なんだか昨夜は目つきも変だったしやけにニヤニヤしてたから」
『じゃあ耀君の貞操の危機は回避出来たんだ。良かった』
「て……貞操の危機って……」



ハロウィンが近づくにつれ椎凪の態度が何となく変だと言い出した慎二さん。

『2人にとって初めてのハロウィンでしょ?耀君気をつけたほうがいいよ』

何かを察した慎二さんがもしものための対処法をオレにこっそりと教えてくれた。

椎凪がオレに「Trick or treat ?」と言う場合と椎凪がオレに「Trick or treat ?」と
言わせたときと。

だからオレはどっちの答えも選択できるように自分の部屋に飴を置いておいたし
慎二さんに言われたとおりワザとお菓子を強請(ねだ)った。

「ホント危なかった……」

椎凪のオレに対するスキンシップはもう限度を越えてていつもオレは
ヒヤヒヤのドキドキのしっぱなしだ。

それに……椎凪に強く出られたら……オレは……

「耀」
「あ!祐輔おはよう」
「どうやら無事だったらしいな」
「え?」

祐輔は視線をオレの頭の上から足元まで見てそう言った。

「慎二の奴が心配してたからな」
「大丈夫……だったもん」
「そうか」
「なに?」

祐輔がクスクス笑ってる。

祐輔は人前じゃ滅多に笑わない。
慎二さんにだってクスリってハナで笑う程度なんだけどこんなふうに
笑ってるのを見せるのはオレと恋人の深田さんだけ。

「そんときの椎凪の顔見てみたかったな」
「え?」
「きっととんでもなく落ち込んでたんじゃねーの?」
「……そう言えば……溜息ついてかも」

それになんだかドンヨリとした空気も漂ってような……

「まあアイツにはいいクスリになったんじゃね」
「クスリ?」
「いや……逆効果だったか」
「祐輔?」

祐輔がなんだかブツブツ言ってたけど何を言ってるのかわからなかった。

「まあ来年も頑張れよ。耀」

そう言ってオレの頭をポンポンと撫でる。

「え?なにを頑張るの?」
「今にわかる」
「えーー?わかんないよ」


本当に祐輔の言ってる意味がわからなくて……
でも祐輔の言った意味はそのあとすぐにわかった。

椎凪から届いたメール……


『来年のハロウィンは今年以上に思い出に残るハロウィンにしようね♪ 愛してるよ♪ 耀くん』