04





「真鍋は女と付き合った事は無いのか?」

突然樹が僕を見つめてそう言った…ベッドで横になりながら…
「いきなり何?」
僕はベッドに潜り込んだ所で 横目で樹を見つめながら聞き返した。
これから一戦…と言うわけではなく普通に至って真面目に寝る所だ。
一線を越えたのはあの時だけ…僕からは樹を求めたりは しない…
樹も何となくそれらしい素振りを見せる時もあるけど
もう一歩踏み出せなくて何も言えないと言った所か?
「いや…真鍋が女と付き合ってるなんて 想像が出来なくてな…」
「余計なお世話だよ。」
文句を言いながら更に深くベッドに潜り込んだ。

「と…言う事は女の経験が無いと言う事か?」

「何?その勝ち誇ったような顔は?
自分があるからって優越感浸ってんじゃないよ!
それに誰も女性経験が無いなんて言ってないだろ?」
「なにっ!!?? じゃああるのか?いつだ?いつの話だ?真鍋っ!!」
樹が身を乗り出して話しに食い付いて来た…なんだ?そのノリは…?
「いつって…んー…あれは…」

今までそんな事思い出しもしなかった…
僕にとってそんな事は大した事じゃ無いからだ…
どちらかと言えば女より男との方が多いのか?
と言うか…僕がしたいと 思える相手になかなか出会えないと言う事だ…
特に慶彦と出会ってからはその傾向が強い。
慶彦は僕の事なんてお構い無しに散々女と遊びまくってたのに…
…ああ…そうだ…違くて…あれは…確か高校3年の春だったか…?



スッと軽い音がして図書室の入口のドアが横に滑った。
気付いて本に向けていた 視線を上げると女生徒が後ろ手にドアを閉めた所だった。
「こんな所に居たんですか?真鍋先輩。」
そう言って軽い足取りで近付いて来たのは二年生の 『竹内杏子』だ。
「今日こそ一緒に帰って貰いますからね!」
そう言って机を挟んで僕の真正面に腰に手を当てて立った。
「なぜ?」
見上げて感情を 込めずに聞き返した。
「もー何でってあたしが先輩の事好きだからに決まってるでしょ!」
「………」
返す言葉も無い…呆れてしまったからだ。
彼女の態度は高飛車と言っていいほどの高圧的な物言いだ。
その背景には親の七光りが存在する。
幾つも会社を経営し政界の繋がりもあると言う。
あくまでもそれは父親の繋がりなんだが本人はそんな事全く思っていない。
父親の力は自分の力なんだ。まぁ甘やかされて育てられたから当然の思考回路か。
そんな娘に僕が興味を持つはずもなく適当にあしらっていた。
「さぁ帰りましょう。よかったら家に寄って行って下さい!
いえっ!今日は絶対寄って下さい!」
「寄る理由が無いね。」
本に視線を戻した。
「あたしが誘ってるんですよ!
他の子達なんてあたしに声掛けられるの待ってるんだから!」
「そう? じゃあそう言う子達を誘えばいい。」
「………」
本に視線を落としたまま応えた。
「どうしてなの?どうしてあたしじゃ駄目なのよっ!」
「どうして?そんな事も判らないの?」
見上げて冷えた眼差しで見つめた。
彼女に付き纏われて二ヶ月…はっきり面と向かって言った事は無かった。
学校での僕の評判を聞けば諦めると思ってたし相手にされてないと解れば
同じ事だと思ってたから。
なのにこの娘は気にする風も無く僕に絡んで来た。
自分が 誘えば靡かない男はいないと思っているのか…
実際外見はなかなかの容姿らしい。
拗ねて甘えて…お金もあって…僕は興味が無いからなんとも思わないけど。
ちょっと位の悪戯の後始末は父親がしてくれるんだから
何も心配する事なんてないんだろう。
態度も大きいはずだ。
「どう言う事よ…」
言えるものなら 言ってみなさい的な言い方だ。
面白い。受けて立つ。

「僕の事少しは知ってるんだろう?僕は普通の子には興味が無い。
だから普通の君には興味が湧かない。 それだけだ。」

「普通ってどう言う事よ…あたしはねそんじょそこらの家の奴らとは違うのよ!
欲しい物は何でも手に入るわ!何か欲しい物はある?先輩。
パパに頼んで買ってあげてもいいのよ。パパに頼めば政治家の先生だって
力を貸すしちょっと位の事なら揉み消しちゃうなんて簡単な事なんだから。」

底意地の悪そうな顔で笑った。
「僕は馬鹿な子はもっと嫌いだ。」
「!!」
重い沈黙が続く。
「あたしが馬鹿だって言うの?」
「他に誰がいる?」
「なっ…」

「君自身には一体どんな魅力があるって言うんだ?言ってごらんよ。
人間性?知力?学力?才能?何も無いだろ?」

「………」
言い返す暇も与えない。
「容姿か?でも君は僕のタイプじゃない。これで分かっただろ?
もう僕に付き纏わないでくれ。迷惑だ!」
射るような眼差しで彼女を 睨んだ。
ワナワナと震えて何か言いたげだが言葉が出て来ないらしい。
突然彼女が変な行動に出た。
力任せに自分の制服を破り出した。
肩の制服を 掴んで思いっきり引っ張るとビリビリと
ぎこちない音を立てて半分程裂けた。
上着の前を開けて中のブラウスも力任せに引っ張ると
二つ程ボタンが弾け飛んだ。
「何のつもり?」
呆れて聞いてしまった。
大体の事は察しがついたけど一応聞いてみた。

「先輩に襲われたって職員室に駆け込んでやる!」

「馬鹿な 事は止めたら?」
「ふん!謝るなら今のうちよ…土下座して謝るなら許してあげてもいいわよ。」
興奮して正常な思考も出来ないらしい。
「なぜ? 何で僕が謝らなければいけないんだ?
君こそ謝るなら今のうちだよ。今ならまだ間に合う。」
「…余裕かましてんのも今のうちよ!たっぷりと後悔させてやるわ…
じゃあね。先輩!」
そう言うと思いっきりドアを開けて廊下へ飛び出して行った。
途端に図書室の中は静かになる。

「……馬鹿な娘だ。」

僕はそう呟くと背中に並ぶ本棚を振り返った。


案の定次の日呼び出された。
何故か応接室に通された。すぐ事情は飲み込めた。
彼女の父親がデンと ソファに座っていたから。
その隣に彼女が意味ありげな 目付きで入って来た僕を見上げた。
この場面に同席するとは余程自信があるらしい。
「真鍋君…何故呼ばれたか分かっていると思うが…」
「はい」
「彼女が…竹内さんが…君にその…襲われかけたと言うんだが…」
教頭が僕と竹内親子を交互に視線を移しながら遠慮がちに聞いて来た。
「それは事実では ありません。僕は何もしていません。」
「娘は君に無理矢理押し倒されたと言っているんだよ。
制服も無残に破かれていた。」
「では身体に擦り傷など ありましたか?」
「何?」
「そこまで抵抗したのなら身体に傷や打撲の後が在るはずでしょう?」
「………」
沈黙が流れた。
「どうなんだい? 竹内さん?」
教頭が遠慮がちに彼女を覗き込んだ。

「そ…それは先輩が証拠を残さない様に加減したのよ!
だから逃げられたんじゃないですか!」

「だそうだが?校長!家の娘が嘘をついているとでも言うのかね?」
心外とでも思ったのか急に怒鳴りだした。
僕はこの人がこの娘の父親なのかとまじまじと 観察してしまった。
溺愛と言う所か?
「彼が生徒会長だからと甘く見てるのではないだろうな?
生徒会長と言った所で所詮男だ。
良からぬ妄想を抱いてこの子を そのはけ口にしようとしたんだろう!」
もっともらしく自信ありげな解釈を言い切る…
今あなたの娘なんか僕のタイプじゃないと言ったら火に油だろうな…
などと僕は変な事を考えていた。
「事が事だけに余り大事にはしたくない。ここは彼の謝罪と退学で納めようじゃないか。」
校長や教頭など全く無視して話しを 進めている…
学校でのこの男の立場がハッキリと分かった瞬間だろう。まったく…
「僕は謝罪なんてしませんよ。身に覚えの無い事ですから。」
「まだそんな事を言ってるのかね?良いんだよ。出る所に出ても…
だがお互いそれは避けたいでは無いか…こちらは嫁入り前の娘だ。
幸い未遂でもある。」
「僕は構いませんよ。受けて立ちます!こんな濡れ衣冗談じゃない。
構いませんよね?校長先生?」
「真鍋君…」
「いい大人がこんな茶番に付き合って時間の 無駄ですよ。」
「何だと!?」
父親が勢い良く立ち上がって今にも僕に掴み掛かりそうだ。
「君にもう一度聞く。まだ僕に襲われたと言うつもり?」
みんなの視線が彼女に集まった。
「…そうよ…絶対許さないわ…」
「貴方もそれで宜しいんですね?」
「ああ…私は娘を信じる。」
父親の責任を果たす 為か自分の力を誇示する為か…
「なら僕は僕自身で身の潔白を証明する。」
そう言うと僕は席を立って応接室のドアを開けた。
「お待たせ。」

開けたドアから入って来たのは生徒会副会長の『奥園郁』だった。

「失礼します。」
優雅に頭を下げて応接室に入って来た。
彼は副会長でもあるが僕の クラスメイトでもあり親友でもある。
「何だね?彼は?」
気にいらんと言いたげな顔だ。

「初めまして。奥園と言います。生徒会副会長を任されています。」

「彼は昨日彼女が僕に襲われかけたと言う時にあの図書室に一緒に居たんです。」
僕と奥園以外が驚いた顔をした。
一番驚いたのは彼女だろう。
「う…嘘よ!あの時あそこには誰も居なかったわ!」
慌ててソファから立ち上がって叫んだ。

「僕は昨日本当に図書室にいたんだ…ちょうど本を取りに奥の 本棚へ行った時でした。
彼女が来て真鍋と少し話すと急に自分で自分の服を破き始めました。
そして図書室から飛び出した…だよね?竹内さん?」

奥園が彼女を真っ直ぐ見つめて答えを待った。
「………」
何も答えられず両手を握り締めてる。
「竹内さん?どう言う事かね?」
校長が上擦った声で 更に答えを聞いた。
「なっ…仲間内で庇っていると言う事もあろう?」
父親が更に慌てて怒鳴った。

「僕が嘘をついていると言うんですか?」

彼の雰囲気が変わった…周りの空気まで変わる…
これが僕が彼の事を気に入っている理由だ。

「恐れながらこの僕の両肩には何千何万の門下生が乗っています。
その人達を蔑ろにしてまで僕が犯罪者を庇うとお思いですか?」

稟とした空気が張り詰めて…ゾクゾクとした感覚が僕の身体を走る…
流石この若さで華道 大友流の家元だけの事はある。
「?」
「彼は大友流の家元なんです。」
「…大友流…」
こんな男でも知っているらしい…動揺を隠せない。
「僕の言葉を虚偽と言うならば僕に対す侮辱と受け取り
僕も断固闘わせて頂きますが?」
「…くっ」
「それに僕の証言だけでは足りないと言うなら
もう一人 その場にいた者に証言させますが?」
「まだ他にいるのかね?」
教頭が彼を覗き込んで聞いた。
「はい。三年の谷治北千鶴です。」
「谷治北…」
父親が呻くように呟いた。
流石に知っているらしい…当然か現外務大臣の名前くらい。
「僕一人で間に合うだろうと今は来ていませんが何なら呼びましょうか?
ただ曲がった事が僕より嫌いな人ですから
虚偽だなんて言われたら何をするかわかりませんけど。」
脅しなんかじゃ無い所がミソだ。
「…いや…結構だ…」
目を伏せたまま力無く吐き出す様に言った。
「パパ!!」
二周りも小さくなったかと思う父親を見下ろして
彼女が唯一人今この状況を理解していない声で 父親を呼び続ける。

「お騒がせしました。」

そう一言最後に言うと納得行かないと言った彼女を連れて帰って行った。

あの日僕達三人は 図書室で調べ物をしていた。
ちょうど二人が本棚の奥に行った所に彼女が入って来たと言う訳だ。


「面白い事に関わったわね。」
「そう?無駄な 時間を過ごしたよ。」
「これに懲りて少しは女性に対して思いやりを持ったら?」
「別に冷たくするつもりは無いよ。
僕が興味無いって言ってるのに関わって くるからさ。」

ここは谷治北家の千鶴の部屋だ。
一応今回の一件が片付いたから報告とお礼を兼ねて彼女を訪ねた。
自室のくせに2LDもあって今は窓際に 置かれた応接セットに
向かい合って座っている。
うちの学校の三割は彼女の様な家庭だ。
残り三割が会社の経営者等で残り四割が一般家庭。

「奥園から聞いたよ。 あの時彼女が服を破き始めた時
出ようとした彼を引き止めたんだってね…」

呆れた眼差しで見つめた。
「あら…だってほっといたらどうなるか楽しみ だったんですもん。それに…」
「それに?」

「私以外の女の子とイチャイチャしてたからお仕置きも兼ねて。」

悪戯ぽい眼差しを僕に向けて笑った。
「イチャイチャって何?してないだろ?」
「そう?」
「まったく…」
「でもこうやって私に会いに来て下さるって事は私には多少なりとも
興味を持って 頂けているのかしら?」
そう言いながら静かに立ち上がるとゆっくりと僕の方に歩いて来る。
「興味と言うか友達と思ってるけど?」
「嬉しいわ。」
言いながら僕の膝の上に向かい合う様に座る。
「友達同士がする事じゃないと思うけど?」
彼女を見上げながら問い掛けた。
「私は友達以上の関係を望ん でるの…分かってたでしょ?」
「はぁ…これだから女は嫌なんだ。」
「私は特別でしょ?私も普通の男は興味無いの…」
「なら僕より他に沢山いるだろ? 君の父親の繋がりでさ…」
「嫌よ!真鍋がいいの。私に 『亨』 って呼ばせない男がね…」
「そう僕の事を 『亨』 って呼べるのは僕が愛した相手だけだからね…」
「いつまで経ってもそれは実現されそうに無いから私貴方の初めての女になるの。」

十八には見えない妖しい眼差しと微笑みで僕をじっと見つめ始めた。
しっかりと僕の首には彼女の白い腕が廻されてる…

「それは難しいね。」
彼女の顔を見上げて言った。
「あら?でもキスは今日実現出来そう。」
「証言に免じてね。」
「そうよね…私と彼が居なかったら今頃大変な事になっていたものね。
そうだったらどうするつもりだったの?」
顔を覗き込まれた。

「さあ…断固戦うつもりはあったけど…運も実力の内だろ?」

「…そうね。」
一瞬呆れた眼差しをして直ぐにまた悪戯っぽい眼差しで微笑んだ。
ゆっくりと彼女の顔が近付いて来る。

僕は逃げずに彼女を受け入れてお互い違う思惑を抱きつつ…

長い長いキスを交わし続ける…



「今思い出したよ…彼女が僕の初めての相手だ…って…ン?」
話し終えて樹を見るとスヤスヤと寝息を立てて眠ってる?!

「ちょっと樹!何?君が聞きた いって言うから話してるのに寝るなんてっ!!
ホント君って奴は失礼な男だな!!」

そう言って樹の頭をコズいた。
「……ん?」
樹がぼんやりと目を 覚まして僕を見た。
「真鍋…?」

「君は一生僕を 『亨』 って呼べる事は無いね!呼ばせるつもりも無いけどねっ!」

「?」
樹がいつもながら 間抜けな顔で僕を見てる。
「…何だ?何の事だ?」
「何でも無いよ。おやすみ。樹!」
「真鍋?」
樹に背を向けて眠ってやった!

暫くの間樹が その背中に向かってグズグズ何か言っていたが
僕は無視して眠った振りをした。


『 僕の事を亨って呼べるのは慶彦だけだから… 』