06

    * 亨のお話なので当然なんですが…BL要素あります。 *




「…………」
家に帰る脚が重い…
「まさか…転勤になるなんて…」


「転勤?」
「ああ…」
樹が珍しく大人しいからどうしたのかと思えば… 道理で落ち込んでると思った。
「まぁ仕事がら仕方ないね。」
慶彦も昔は良く転勤を繰り返してたな。

「真鍋は平気なのかっっ!!!」

いきなりガバッと僕に迫って来た。
「何が?」
「何が…って…その…俺がいなくなっても…だ…」
最後はモゴモゴと口ごもってる。
「何で?」
「何でって………何ででもだっっ!!」
「何?いきなり逆ギレ?」
呆れて呟いた。
「もう…いい…真鍋は俺がいなくても何も変わらないのだろう…」
今度は拗ねた。
「……わかったよ…いつ行くの?」
「来週頭だ…」
「ここからは通えないの?」
「ちょっと…無理だ…」
「ふーん…じゃあ仕方 ないね。」
アッサリ言った。

「真鍋っっ!!」

ガタリと樹がイスから立ち上がった。
「だって本当の事だろう?大人で働いてて辞令なんだから。 断れないだろ?
なら行くしかないじゃないか…僕にどうしろと?」
「…はぁ…」
物凄いため息吐かれた…なんかムカつく!!
「さっきから何?」
「俺はただ…もう少し真鍋ががっかりしてくれると思っていたのだ…
なのにほとんどいつもと変わらないではないか…」
「それが大人の反応だよ。子供じゃ あるまいし。」
「淋しいとか思わないのか!真鍋はっっ!!」
「あー淋しいね。向こうでも頑張りなよ。」
「真鍋!!」

「あのね僕は慶彦で慣れて るんだよ。
どんなに行かないで欲しいって思ったって無駄な事はわかってる!
じゃあ僕が行かないでくれって言えば満足なのか?
淋しくて夜も眠れないとでも 言えばいいの?誰が言うか!!
そんな心にも無い事…言えないね!」

思いきり樹に向かって言い放った。
「………」
樹が何か言いたげだったけど 何も言えず見るからにシュンとなった。

「わかった…世話になったな…真鍋…
真鍋の手料理が食べれなくなるのは残念だが仕方ない…
今日はもう先に 休む…おやすみ…真鍋…」

樹がそう言うと気持ちよろめきながら部屋を出て行った。
僕におやすみのキスもしないで…

「よっぽど堪えたのか…」
そんな樹の後ろ姿を見てそう呟いた。

どんなに2人の間が気まずくても一緒のベッドだから何とも気まずい…樹の方が。
僕はまったく気にしないからいつもと 同じ様にベッドに入って寝た。
大体元々これは僕のベッドで樹は居候だ。
僕が樹に気兼ねするいわれはない。

ギシリとベッドが軋んで真鍋が入って来た らしい…
真鍋は本当に俺がいなくなっても淋しくはないのだろう…
俺は…真鍋の傍を離れたくない…俺は真鍋に背中を向けて眠ってる。
振り向いて手を伸ば せばすぐ真鍋に触れる事が出来るのに…
今まで触れた事は無い…
あの日…初めて真鍋とああ言う事をした時以外真鍋に触れた事は無い…
キスとは違う…意識して 触った事は無い…

「真鍋…」
頭では話し掛けるつもりなんて全然なかった…
でも勝手に口が動いてしまったのだから仕方ない。
「何?」
ちょっと 強めの言い方だ…

「………」
樹は向こうを向いたまま黙りこくってる。
樹が何を望んでるか僕はわかってる。
でも僕からは何かリアクションする つもりは無い…
樹が望めば僕はそれに応えるだけ…
今までだってずっとそうだった…

「…おやすみ。」
そう言って目を閉じた。

「真鍋!!!」

樹が布団を思いきり跳ね飛ばして起き上がった。

「!!!」

僕はちょっとビックリ。
「お前はナゼいつもそうなのだ!!!!」
見れば何とも微妙な顔の樹が僕を見下ろしてる。
「は?」
「いつもそうだ!お前には俺は必要無いのか?」
「必要も何も樹はただの居候。他に何か?」
「!!!」
樹がビックリした顔をしてすぐに悲しそうな顔をする。
「樹だって転勤初めてじゃ無いだろ?
今までだって僕の所から転勤して行ったじゃ ないか…
何で今回に限ってそんなにゴネるの?」

ジッと見つめて言ってやった。
逸らしたら文句言ってやる。樹はジッと僕を見てる。

「…わからん…」
樹の身体から力が抜けた。
「は?」
「ただ…今回はナゼか真鍋の傍から離れたくないと言う気持ちが強い…
こんな事初めてだ…」
そう言って額に手を当てて目をつぶる。
「自分でもどうしていいかわからん…」

「………僕に抱いて欲しいの?」

「…!!」

樹があから さまに真っ赤になった。
「この前は酔ってたからね…勢いもあったんだろうけど…
素面じゃ恥ずかしい?だからそんな態度なんだろ?」
「………」
「僕に癒して欲しい?」
「…俺は…」
「ん?」
「俺は真鍋に触れたい…」
「僕に?毎日キスしてるのに?」
「それとはちょっと違う。」

「ふーん…なら触れば良い。」

「!!!」

樹が物凄くビックリしてる。なんでだ?
「なんでそんなに驚く?」
「いや…随分軽く言うのだなと 思ってな…」
「?…僕の方が不思議だよ。挨拶だけど毎日キスしててベッドだって
一緒に寝てるのに今更なんで『僕に触れたい』なんて言うのか…」
「いや…ナゼか真鍋が嫌がる気がしてな…」
「…はー…樹は変な所で神経質だよね…変な所で相手に気を使う…
いつもはそんな事無いのにさ…」
「…? そうか??」
本当に不思議そうな顔してる…またいつものマヌケな顔だ。
「…でも樹のそう言う所…僕は好きだよ。」
「…な…」
樹が更にマヌケな顔に なってキョトンとした。
「お互い相手の事が重荷にならない…
僕はあんまり人に縛られるのは好きじゃないんだ。
縛るのは好きだけどね…心も…身体も…
だから樹と一緒でも僕は何にも苦じゃ無かった…
樹はホント空気みたいで…僕の傍にいても全然気にならなかったんだ。」
「真鍋…」
「だからそんな樹を 僕は好きだ。」
「真鍋!!」

「でも…愛してはいない…」

「……は?」

「僕が愛してるのは樹じゃない…
僕が愛してるのはこの世で たった1人なんだ…樹じゃない…
これから先…それが変わる事はないし他の誰かを愛する事も無い…」

「……真鍋…」
「そんな僕でいいなら…今夜樹を 抱くよ…それでも樹が構わないって言うなら…
僕は樹の事が好きだし…今樹は僕を求めてる…でも…僕は樹を愛してはいない…
愛する事も無い…どうする?樹… それでも僕に抱いて欲しい?」

樹はちょっとビックリした様な眼差しでずっと僕を見てる。

「そんなに…愛してる者がいるなら…何故一緒に暮らさ ない…?」
「そんなの簡単な事だよ…相手が愛してるのは僕じゃないからさ…」
「…!!真鍋じゃ…無い??」
「そう…僕の片思いなんだ…ずっと昔から ね…」
そう言って僕はなぜか樹にニッコリと笑った。
「片思い…?真鍋がか?」
「ああ…もう10年以上片思いだよ。」
「何故だ??なぜ真鍋がフラ れる??ちゃんと気持ちは言ったのか?ちゃんと伝えたのか?」
樹が僕の両腕を掴んで必死な顔で聞いてくる。
「ちゃんと言ったよ。でもダメなものは仕方 ないんだ…だからずっと相手の事を思ってるだけ…」
「誰だっ!!その相手はっ!!!俺がそいつに一言言ってやるっ!!」
「え?」
ちょっとビックリした… まさか樹僕と慶彦の事…全然気付いてないのか?
「…いいんだよ…樹…何故僕じゃダメなのかわかってるから…」
「真鍋…」
「余計な事はしなくていいから… それよりもどうするの?樹はどうしたい?」

真っ直ぐ樹の瞳を見つめて問いただした。

「 !!! 」
今まで他の事に気を取られていた樹が急に 自分の事を言われて困った顔をする。
右を見たり左を見たり…ソワソワ…子供か??
まぁ見てて飽きないけどそう言うわけにもいかないから…

「樹…」
そっと名前を呼んだ。

「俺は…真鍋が好きだ…女を好きな感情と同じなのかはわからんが…」
そう言えば樹は誰とも付き合った事が無かったんだっけ…
「人を好きになったのは真鍋が初めてかもしれん…
だから愛して欲しいとか今はあまり良く分からんしピンとこない…
今は真鍋の事が好きと言うだけで俺は 十分だ…
真鍋も俺を好きだと言ってくれた…今はそれで十分だ…」



「…ハァ…ハァ…真鍋…ン…」

真鍋を抱きしめながら…絡みつく様な キスをねだる…
「…ちゅっ…くちゅっ…ハァ…ハァ…あ…」
舌を絡めながら真鍋の顔を両手で掴んで逃がさない様に俺の方に引き寄せた…
「…ンア…真…鍋…」
真鍋の舌が俺の首筋を優しく舐め上げていく…

俺の手が…真鍋の頭を掴んで引き寄せる…髪の間に指を絡ませた…
サラサラの…柔らかい髪…初めて 触れた様な気がする…

前抱き合った時は俺は酔っていてあまり憶えていない…
真鍋とした行為は憶えてる…所々記憶が途切れてはいるが…
だが…真鍋の 身体の細かい所までは覚えていない…
だから今日は…1つ残らず…真鍋を憶えておく…
俺の指に…掌に…唇に…身体に…お前を記憶させる…

毎日キスを するのに…真鍋に触れる事が出来るのは…この時抱き合う時だけだ…
そっと…真鍋に手を伸ばした…

指先で触れる様に真鍋の頬や唇に触れた…

「どうしたの?樹…?」

真鍋が優しい眼差しで俺を見下ろす…
「…いや…」
俺は真鍋を真っ直ぐ見つめて返事をする…

「綺麗な…顔だと 思ってな…くすっ…」
浅く早い呼吸を隠してそう言った…

「は?何それ?」

真鍋はキョトンとした顔をしてる…


この頬に…唇に…肩に… 手に…触れる事が許されるのは…今…この時だけ…

だから…お前に触れたいが為に…俺はお前を…求めるのか……?


樹が今朝新しい勤務先に出掛けて 行った…新しく住む場所を探さなくちゃいけないし…
だから住む場所が決まれば明日にでも樹は此処を出て行くだろう。

昨夜はお互いに相手を離せなくて… また朝まで身体を重ねあった…
どうも樹とはいつもそんな風で…何なんだろ?身体の相性がいいのか???

そう言えば慶彦とはお互いが求め合ってなんて 1度も無かったな…
考えてみたら僕が力尽くで抱くか酔わせて意識無くしてから抱くかどっちかだった…
まあそれは全部慶彦が素直じゃないからで…
なんてそんな 事を考えてたら何故か落ち込んできた…
何でだ?????わからない…


その日の夜…樹が帰って来ると何故かまた落ち込んでる…?
「どうしたの? 樹…何かあったの?」
「……いや…その…」
「何?新しい場所で何かあったの?」
「いや…」
「じゃあ新しく住む所見付からなかったの?いい所 無かった?」
「…いや……」
樹の様子がおかしい…さっきから同じ言葉を繰り返してる…
僕はイスから立ち上がると樹の前に腕を組んで立った。

「何?僕に言えない事?」
「…えっ!!」
一瞬で樹の様子が変わった…明らかに挙動不審だっ!!!

「樹っ!!ちゃんと話せっ!!僕に黙ってるなんて そんな事したら
今此処で樹との付き合いはお終いだよっ!!」

「……真鍋…」
「何?」
諦めたのか渋々と話し出した。
「怒らないと…約束して くれ…」
「はぁ?」
樹が冷や汗を流しながら伺う様に僕を見上げる。
「事と次第による。」
「……ではダメだっ!!話す事は出来ないっ!!」
「はぁ?ふざけるんじゃないよっ!!
ならもう君との付き合いはこれまでだっ!!サッサと出て行ってくれっ!!!」
「…それは…ダメだ…俺はそんな事… 望んでいない…」
「じゃあ正直に話しなよ!!」
段々イライラしてきた!!
「………………」
それでも樹は黙ってる。

「ああそうかいっ!! お仕置き決定だねっ!!
もう2度と僕の手料理は食べれないと思いたまえ!!
それから今夜からベッドで一緒に寝る事を僕は断固拒否するっ!!
君はソファでも床でも何処ででも寝るといいっ!!!」

「わぁぁぁぁ…!!真鍋!!それはヒドイではないかっ!!俺に死ねと言うのかっ!!」
「だったらちゃんと話しなよっ!!一体何があった?」
思いっきり睨んだ。
「……じ…実は…その…あ…新しい転勤先なんだが…」
「ああ…」
やっと 諦めたらしい…最初っから素直に話せばいいものを…まったく…
「その…ここから…通える…のだ…」
「え?ここから?だって此処から県2つは離れてるって 言ってたじゃないか。
通いきれるわけないだろ?何時間かかると思ってるんだよ。」
「だ…だから…その…俺が…転勤先の警察署を…間違えてて…」
「はぁ???どう言う事??」
「…だから…似た様な名前の所で…俺はてっきり…他県かと…」
「じゃあ本当は何処なの?」
「…2駅先の駅だ…」
「………はぁ??」

もう呆れて…言葉も出ない…
なら今までの樹のゴネゴネは一体なんだったんだ…?
それにもうしばらく会えないと思って僕だって 今言わなくてもいい事まで喋って…

「すまんっ!!真鍋っ!!でも俺は正直この間違いが嬉しいぞっ!!
真鍋に好きと言ってもらえたし…その…ちゃんと… 昨夜の行為は憶えているし…」
「そう言う問題じゃないだろっ!!!この大マヌケっ!!!
ちゃんとしっかり両目で見たの?子供じゃあるまし…
そんな バカな間違いいい大人がするんじゃないよっ!!!
やっぱりお仕置き決定だよっ!!しばらく淋しい生活送るといいっ!!
別居だよっ!!家庭内別居っっ!! いい?しばらく僕に話しかけてくるんじゃないよっ!!
わかった?樹っ!!!」

「真鍋っ!!すまなかったっ!!申し訳なかったっ!!謝っているでは ないかっ!!
それに真鍋は嬉しくないのかっ!!俺とまた一緒に暮らせるのだぞっ!!!」

「もう僕の中では樹の事は心の整理がついてるんだよっ!!!
今更戻せるかっ!!残念だったね!フンっ!!!」

「真鍋っ!!!!」


しばらく樹はぎゃあぎゃあと喚いていた。
それから何百回と謝らせて 僕はスッキリ!!ざまあみろだ!!

本当は嬉しかったよ…樹…
君のいない生活も仕方の無い事と自分を納得させてたけど…
これからまたしばらくは 一緒に暮らせるらしい…
この次…本当にここから出て行く日まで…

退屈しないで過ごす事が出来そうだ…