ukyouhimatubusi



…3歳の時初めて本物の猫を見た…

今まで本とテレビでしか見たことが無かった…何故か僕の屋敷には生き物が一匹もいない…
だから偶然迷い込んで来た黒い猫を ジッと…見つめた…猫も動かなかった…
そして僕をジッと見つめてる…
どんどん見つめる瞳に力が篭る…意識してるわけじゃない…自然に集中力が高まっていく…
まるで相手の瞳から全てを見透かせると思うほどに…

「右京様!!いけませんっ!!」
そう叫ばれてハッと我に返る…執事の佐久間が慌てて僕の身体を自分に 向けた。
「そんな風に相手をジッと見つめてはいけません…右京様はまだご自分の力を使いこなせて
おりませんので…」
そう言うと僕を促してその場から離れた… 離れ際メイドの一人に何か言っていた…
声を掛けられたメイドは猫が居た場所に歩いていく…
何故かさっきまで僕を見ていた黒猫は地面の上に寝転んでいた…
メイドが抱き上げるとその身体はぐったりと力無く垂れた…

どうして猫がそうなったのか…
その後その猫がどうなったのか…僕は知らない…

僕が4歳の時…母が亡くなった…
優しい母だった…病気でも身体が弱かった訳ではなかったのに…
静かに眠る様に亡くなったのを子供ながら覚えている…
その時から僕は誰にも甘える事をしなかった…甘える事が出来なかったと言った方がいいのか…
父はもともと子供を可愛がると言う事を好まない人だった…
蔑まれていた訳ではないけれど僕の世話は執事の佐久間と使用人だった…
食事も時々一緒にした…ただそれだけだ…父には威厳があった。
当主として尊敬はしていた… だからこの人が自分の父親とはあまり理解していなかったかもしれない…
そんな父も僕が10歳の時に亡くなった…その日から僕が草g家55代目の当主となった…

「右京様…」
佐久間の声で目が覚めた…何だ…折角気持ちよく眠っていたのに…
「なんだい…?もう少し眠らせておくれよ…」
そう言って大きめな一人座り用の ソファの上で寝返りをうった。
「右京様…お約束していた田辺様がお見えになりました。起きて下さい。」
「…?…田辺?」
ああ…そう言えば今日会う約束を してたんだっけ…仕方が無い…
僕は昼寝には最適だった窓際のソファからゆっくりと立ち上がった…

「やあ…右京君。」
「いらっしゃい。」
「何度来ても驚かされるよ…本当に広い屋敷だね…」
「そうかい?」

彼は同じ大学の田辺 義之。
何でも僕に何か話があるとか…別に大学でもいいだろうに… わざわざ僕に会いに来るなんて。
「僕に話ってなんだい?」
自分から話を切り出した。
「急で申し訳ないんだけど…今夜空いてる?」
「今夜?何故?」
「実は僕の知り合いでヴァイオリンやってる奴がいるんだけどそいつが所属してるオケが
今日コンサートやるんだ。で…チケットまでもらってね。」
そう言って2枚 のチケットを僕に見せた。
「別に予定は無いよ…そうだね…たまにはいいかもね…外に出るのも…」
「そうかい?じゃあ良かったら僕が迎えに来るから一緒に行こう。
タクシーだけど…ここの車じゃちょっと目立つし…いいかな?」
「別に構わないよ…タクシーか…初めて乗るよ。なにかドキドキするな。」
僕は彼にニッコリと笑った。
「タ…タクシーに初めて乗るのかい?」
「ああ…いつも自分の家の車だからね…何処に行くのも。それが何か?」
思いの外驚かれたみたいだ…何故かは分らないが…
「いや…じゃあ5時半に迎えに来るから…また後で…」
「ああ…また。」
彼は僕に手を振って屋敷を後にした。
大学以外で出掛けるなんて本当に久しぶりだった。
もともと外の世界には興味は無い…つまらない事ばかりだ…なのになんで誘いに応じたのかと言うと
流石にそんな退屈な生活に飽き飽きしていたのかもしれない…

「これがタクシーと言う物かい…まるで小さな箱の様だな。」
「………」
運転手が怪訝な顔を僕に向けた…ナゼだ?
「こ…こう言う物なんだよ…」
彼が慌てた 様に説明を付け足した。

車が走り出してどの位たっただろうか…僕の目には郊外に向かっている様に思えた…
「…まだ着かないのかい?それに何だか淋しい所に 向かっている様に見えるが?」
 黙って座る彼に声を掛けた…さっきから俯いて黙ったままだ。
「……右京君は…一人で出歩いても平気なのかい?」
「?」
僕の質問に答えずに急にそんな事を言い出した。
「いや…普段はこんな事は無いよ。必ず誰かが付いてくる…と言っても余り外出はしないからね。
僕の屋敷で済む事なら 外に行く事も無いし…」
「やっぱり…お金持ちは違うよな…生まれた時からお金と権力があって…何でもお金で済んじまう…
お金に苦労なんかした事無いんだろう?」
「田辺くん?」
何を言ってる?
「だから…悪いなんて思わないぜ…右京君…くっくっ…
お坊ちゃまは取り巻きに守られて大人しくしてれば良かったんだよ…」
何処と無く冷めた視線を彼は僕に向けてそう呟いた。

「降りろよ。」
そう言って連れて来られたのは営業していないレストランだった…
幹線道路から少し外れた 人通りの少ない場所…
だから潰れたのか?経営者の顔が見たい。
そんな事を思っていたらタクシーの運転手に腕を掴まれて引っ張られた。運転手も仲間だったらしい…
「気安く僕に触るな!そんな事をしなくても自分で歩く。」
腕を振り解いて睨んだ。

乱雑に残された幾つかのテーブルとイスが置かれているホールに着いた… 何となく埃臭い…
僕の屋敷でこんな部屋があったら即掃除をさせたいくらいの汚さだ…
まさか…こんな所に僕を監禁するつもりか?草g家の当主の僕を?顔が引き攣る…
これは…待遇次第では即帰る決意を固めた。

「いらしゃい…右京様。」
入って来た入り口の方から女性が一人とその後ろに運転手と2人の男がいた。
「君は?」
「誰でも宜しいでしょ?まあ…こうも簡単にこちらの手の中に落ちて頂けるなんて思っても
見ませんでしたわ。流石の当主様も学友にはガードが甘い って事かしら?」
そう言って彼に近付いて肩に自分の腕を乗せた。
「そう言う関係なのかい?」
「あなたに近付くのに同じ大学の子が欲しかったのよ…探してたら お金で動いてくれるこの子が
見付かったってわけ。やっぱり世の中お金よね?ねえ?大富豪の右京様?」
「彼にお金の事話したって無駄だよ…自分でお金なんて使った 事ないんだから…
そんな事する必要が無いんだ…」
「そうよね…だったら幾ら出すかしら?当主様の命のお値段。高く買い取って頂けるわよねぇ?」
そう言ってイヤ らしく口端を上げて笑った…
僕の家の者があんな風に笑ったら即教育のやり直しをさせてやる…
「…!僕に触れるなと言っただろう!」
急に2人の男が僕に近付い て無理矢理あの汚いイスに僕を座らせて縄で後ろ手に縛った。
もの凄い屈辱だ!
「まさかこんな簡単に事が運ぶなんてね…ホントお坊ちゃまで助かるわ。ボディガードも 付けづに外出
するなんてどうかしてるわね…さて…今アイツがあなたのお屋敷に電話を掛けてるわ…
幾らになるかしらね?あなたのお値段。」
「無駄だよ…」
彼女を見上げてそう言った。
「そんなこと無いわ…きっとこちらの言い値よりも高い金額で払うんじゃなくて?
近くで見ると…あなたなかなかハンサムなのね… ちょっと幼く見えるけど…でもあなたが睨めば
どんな相手も言う事を聞くそうじゃない?もの凄い権力の持ち主なのね…」
そう言って僕に近づいて来た…近くに来て 分かった…香水の匂いがキツイ…なんて下品なんだ…
また頭の痛くなる事が増えた。
「こんな事をして逃げられると思ってるのかい?」
「ええ…ご心配なく。 ちゃんと手はずは整ってるの…ふふ…」
「後ろに…誰か付いてるって事かい?草g家を敵に廻してもかい?」
「ええ…草g家だからこそ…ね…」
「………」
「ねぇ…あなたの相手をする女ってやっぱり身持ちのいい高級な女なの?」
そう言って僕の顔を覗き込んだ…そしてゆっくりと顔を近づけてくる。
「僕に気安く 触れるな。」
「あらそう…やっぱりお金持ちのキスは違うのかしら…」
「触れるなと言っている…」
「あら…この世で最後のキスになるのよ…遠慮する事ないわ…」

これは…我慢の限界か…?と思った時彼女を呼ぶ声がした。
僕の屋敷に電話を掛けていた男だ。

「何ですって?どう言う事なの?」
僕の方を振り向いて もの凄い怒った顔で近づいて来た…女性として恥ずかしくないのか?下品な…
「ちょっとどう言う事なの?身代金一銭も払わないって切られたわよ!あんた草g家の 当主じゃないの?長でしょ?」
「当たり前だ僕が払うなと命令したんだ。払うわけが無い…僕の命令は絶対だ逆らう者なんて
僕の屋敷の中にはいない。」
「な…なんですって?どう言う事よ!!」
「僕は無事屋敷に帰る…だから身代金なんて払う必要が無いんだよ。わかったかい?」
「何言ってんのよっ!!ふざけるん じゃ無いわよっ!!なら命令しなさい!お金を払えって!
払わないと殺されるって!さあ!」
「断る。その必要は無い!」
真っ直ぐ彼女を見つめて言い切った。
「これでも?」
そう言うと彼女は隠し持っていた拳銃を僕の頭に当てた。
「どうせ後で死んじゃうんだから最後に人助けしていきなさいよ…」
そう言って更に僕の 頭に拳銃を押し付けた…
「断る!」
「このっ!!」
拳銃を持った腕を振り上げると僕の顔目掛けて振り下ろした。
僕は真っ直ぐ彼女を見つめたまま避けようと はしなかった。
「  !!  ……なっ… 」
彼女が驚きの声をあげた…周りにいた田辺も男達も一瞬動きが止まる。
拳銃が僕の顔に触れる数センチ前で止まった からだ。
「僕に気安く触れるなと何度言えばわかるんだい?」
「う…動かない…何…で…?」
「さっき君は言ったよね…僕が睨めばどんな相手でも言う事を聞くって…
それはね…僕に権力があるからじゃないんだよ…
僕の瞳に力があるからさ…聞いてなかったかい?後ろにいる草g家の繋がりの者に?」
「な…」
「ここ…筺部家 関連の店だろう?確か何年か前にこのレストランの経営に失敗した…
全国に広げ過ぎて…僕を監禁する場所にここを選ぶなんて…だから経営にも失敗するのか?」

筺部家は僕の父方の親戚筋だ…多方面の事業に手を出してことごとく失敗していると僕の耳に
入って来ている…分家の中でも血縁関係は遠くは無いが…僕を敵に廻しても 勝てると思えるほど
力は無いはず…余程資金に困っているのか…そう言えば大分前に僕に会いに来たらしいが…
自分の無能が蒔いた種だ…僕は会わずに追い返した。 その恨みか…

「残念だったね…筺部家じゃ君達を守りきれない。」
「イスに縛られたまま大きな口叩くじゃないわよ!あんた達何やってんのよ!何とかしなさいよっ!」
振り下ろしたままの格好で動けない彼女が叫んだ。
その声に反応して一緒に来た3人の男が僕の方に向かって来る。
「目を見ちゃダメよっ!!」
彼女が自分の 経験を生かして3人にアドバイスした…無駄なのに…

「行け。」
そう呟くと僕の足元の影から一瞬のうちに黒い塊が床を這って彼らの足元まで滑るように進むと
胸の辺りまでせり上がりそのまま彼らの身体をすり抜けて後ろに抜けた。
すり抜けた衝撃も無いはず…その証拠にソレがすり抜けても彼等は普通に立っていたからだ。
でもその塊がすり抜けた瞬間同じ様に3人が膝から崩れ落ちて勢い良くうつ伏せに床に倒れた。
「なに?今の何よっ!!あんた何したのよっ!!」
動けない姿勢のまま その様子を目撃した彼女が僕に向かって叫んだ。
ゆっくりと黒い影は床を這って僕の元に返って来る…その直後縄の切れる音がして僕は立ち上がった。
「………」
彼女が驚いた顔をして僕を…化け物でも見るような目つきでじっと見続けてる。
「もっと丈夫な物で縛らなくてはね…まあ鎖でも同じ事だけど…」
そう言って切れた 縄を手に乗せて彼女に見せた。

「…な…何なの…それ…」
僕の後ろを怯えた眼差しで見詰めながら僕に聞いてきた。
霞む様に黒い靄の様なものがユラユラと 僕の後ろで佇んでいる…
人の形の様で人ではない…人型になれと命じればそれも可能だが…今は必要無いだろう。
「これは僕の念が作り出したモノだよ…僕は『影』 って呼んでいるけどね…」
「か…影?」
「小さい頃からこの瞳の力…『邪眼』と言うんだが…それが僕は強くてね…コントロール出来なくて
つい視線が合うと 相手をジッとを見つめてしまうクセがあって…良く執事の佐久間に注意された…
屋敷には生き物がいないんだ…動物も飼った事が無い…何故だかわかるかい?
無意識に僕が見つめて殺してしまうからさ…」
「………」
彼女の顔が更に青ざめた。
「僕の家系は瞳にそう言う力が備わってる…代々当主となる男子に受け 継がれるそうなんだが
僕は今までの当主の中でも特にその力が強いらしい…でもその力に振り回されては当主は務まらない
からね…だから一人でずっとその力を使い こなせる様に練習したんだ…ずっと一人でね…
そんな時一点を見つめてたら黒い塊が見えて…更に瞳を集中してどんどんその黒い塊を大きくして
いったんだ… 『大きくなって動け』と念を込めて命令した…それからその塊が僕の背の高さまで大きく
なったら早かったよ…そして最終的にはご覧の通りだ。」
僕はニッコリと 笑って見せた。
「便利だよ…普段は僕が命じなければ出て来ない…僕の命令には絶対服従だし一人でも動く…
攻撃も可能だ。こんな縄を切るのもね…離れていても 命令は届くし逆らう事もしない…
身体も自由に変えられる…それに何より僕が睨んだのと同じ効果を相手に与える事が出来る…
彼等は僕に睨まれたと同じ状態になって倒れたんだ…
1ヶ月程動けないよ…その位念を込めたからね…僕を縛り付けた者だ当然の報いだろう。
本当は命までとも思ったけど佐久間が…執事が煩いから止めておこう…」

この時だけ佐久間の顔が脳裏に浮かんで少し顔が引き攣ってしまった…僕もまだまだか…

「……ば…化け物…あんた…本当に…人間…なの?」
恐怖に慄いた眼差し で僕に問いかける…だから…僕は答えてあげた…

「両親は…ちゃんとした人間だったよ…」
そう…母は綺麗で繊細で物静かな人だった…
父も当主として一族の 長たる威厳を余す事無く発揮し一人の人間としても尊敬していた…

「ただ…」
僕はそっと微笑んだ…
「僕の中に流れてる血は…人のものかどうか…わからない けれどね…」

その事を思う時僕の瞳は一層妖しく禍々しいものになる…自分でも思っている…
僕は一体何者なんだろうと…でもそう考えてたのも昔の事だ。
そんな事考えても答えは出ないしちゃんと僕は父と母の間に生まれた来たのだから…
それに医学的には僕は普通の人間と同じと証明されている…

「……ヒッ…」
彼女が短い悲鳴を上げた。
静かにゆっくりと彼女が握ってる拳銃が上がって行く…上がりながら手首が曲がって銃口が彼女の
こめかみに向いた。
「や…やめて…」
僕は視線を彼女の瞳から逸らさなかった。
「念じたんだ…僕にこんな事をした責任を取れと…
君の責任の取り方はそう言う事なんだね。それだけは褒めてあげよう。
大丈夫ちゃんと筺部にも責任は取らせよう。」
「い…いや…」
指先に力が篭る…今にも引き金を引きそうだった。
「見た所君は筺部の愛人か何かかい?全く… 筺部の奴恥を知るがいい…同じ草gの流れを
組んでいると思うだけでも情けなくなる。
ああ…そうか!確か彼は婿養子だったな。それでか?草g家の誇りも志も持って いないのは…」

独り言の様に呟くと恐怖に慄く女をもう一度見つめた…
その瞳に妖しい光がともる…

「死んで償え…」

そう右京が呟いた時… ガチャリと引き金が引かれた。

「………まあ女性なら気を失っても仕方ないか…」
まるで感心の無い声で気を失って床に倒れた女を見て呟いた。
引き金を引いても弾は出なかった…これも右京の仕業なのか…
それを当然と受け止めている所を見るとそうなのだろう…
「田辺…」
「………」
右京に 呼びつけにされた田辺がビクリとなって更に動けなくなった。
今までの一部始終を目の当たりにして動けなかったのである。
「もう少し楽しめると思ったんだが… 残念だ。」
本当にそんな事を思っているのか疑わしい声だった。
「…は?」
「君の事は調べさせてもらったよ…あまり良い素行では無かったね。
お金に不自由して いるのはわかっていた…賭け事かい?まあそれも自分の責任なんだがね…」
「………僕の事…調べたのか?」
「当然だろう?僕に近付く者は必ず同じ事をされるよ。 それに僕にとっては簡単な事だ…
だから僕に近付いて何をするのか楽しみにしていたんだ。彼女達の事はあえて放って置いた。
その方が面白いだろ…今日だってわざわざ 護衛の者も付けずに無防備な所を作ってあげたのに
あまり楽しめなかった…」
「ワザと僕の誘いに乗ったって言うのか?気が…付いていたのか?」
「ああ…最近ちょっと 退屈をしていてね…だから君のする事に乗ってあげようと思っていた…
分かっていたから身代金を要求されても払うなと言っておいたんだ…でも駄目だ。
ここは僕には合わない… 彼女達も僕のカンに触る事ばかりだ…
もう少し環境の良い所なら僕も大人しく誘拐されていたんだが…ここは品が無さ過ぎだ。
それにつまらない…残念だけどね。」
クスッと鼻で笑った。
「………」
「田辺…君には多少楽しませてもらったから…特別に軽い罰にしてあげよう…」
そう言って優しく微笑みながら田辺の正面に 立った。
「や…やめ…ろ…来るな…」
逃げたいのに逃げられない…恐怖で足が竦みその場で思いっきり首を左右に振り続けている。

「しばらくの間…おやすみ…」

そう優しく囁いて僕は瞳に力を込めた。
「…………!!」
身体をビクンとさせて…
他の男達と同じ様に田辺は膝から崩れ 落ちて埃の舞う床にうつ伏せで倒れ込んだ。

「君の見る夢は彼らより楽しいはずだから…ふふ…」
既に意識の無い彼に僕は優しく声を掛けた。

「右京様…趣味が悪う御座います…信じてはおりましたが やはりお一人での外出は
今後なされません様に。」

屋敷に戻ってから執事の佐久間が僕に何度もお説教をする…いい加減にして欲しい…
僕は気に止めていない振りを して紅茶を口に運んだ。
「退屈なんだよ…最近特にね…」
ポツリと呟いた。
「それは慎二様が海外におられて日本に不在だからでしょうか?」
「……!!…」
何もかも見透かした様な顔で佐久間が僕を見ている…確かにもう1ヶ月も慎二君に会っていない…
イギリスに留学中だから…流石にそこまで会いに行く 事は憚られた…
「煩いぞ。佐久間!僕に意見をするなんて…」
思わずムキになって言い返してしまう。
「私が言わずして誰が右京様を止めるのですか?」
「止める必要なんか無い。当主の僕が決めた事だ。誰も逆らう事は許さない。」
「しかし…」
「何だい?まだ僕に何か言うつもりかい?」
あの『瞳』で佐久間を 睨んだ。
「いえ…今夜あんなお遊びをなさらなければ大変楽しい事が有りましたのに…」
佐久間がワザと遠まわしに言う…
「何だ?佐久間。勿体つけないで言え!」
「慎二様からお電話がありました。」
サラリと佐久間の口からそんな言葉がこぼれた。
「なっ…」
その瞬間慎二君のあの笑顔が僕の脳裏に浮かんだ。
「何故黙っている?すぐにでも僕に話す事じゃないかっ!!」
思わず叫んだ。
そんな…慎二君から電話だなんて…なんてタイミングの悪い…思わず田辺を恨んでしまった。
「で?何だって?何と言っていたんだ?」
まるで子供の様に佐久間の言葉を待った。
「近じか日本にお戻りになるそうで…」
「本当か…!そうか…帰って来るのか…」

嬉しくて…自然と笑みがこぼれた…
慎二君…僕が恋しいと思うただ一人の子だ…別に僕達は恋人同士と言う訳では無い…
知り合ってもう2年…どんどん彼は大人に なっていく…
成長していく彼を見守っていくのが僕には楽しみの一つになっている。
「で?いつ戻って来ると言っていたんだい?」
僕は年甲斐も無くワクワクと 佐久間に聞いた。
「………内緒で御座います。」
「……な…に?」
言われた意味が理解出来なかった…
「い…今…何と言った?佐久間?」
「ですから 内緒で御座います。」
眉一つ動かさず僕を見続けながら平然と言った。
「佐久間っ!!そんな事は許さないぞっ!!僕の命令だ!話せ!」
「駄目です。」
「なぜ?!」
僕の命令を聞かずそして平然としている男…そうでなくては草g家の執事は務まらない…
そんな佐久間がニッコリと笑った…

「お仕置きで御座います。」

「……!!………」

           ……佐久間ぁ…!!!