yuusukeokoru





「こっちに戻って来てたんですね。」

喫茶店で向かい合った男に和海がそう話し掛けた。
「仕事でね。1ヶ月くらいはこっちに居る事になると思うよ。」
どうやら親しい間柄らしい。
「和海は彼氏出来たのか?」
「え?」
相手が急に話題を変えて来た。
どうやらこっちが本題だったらしい…話すタイミングを 計っていたようだ。
「ま!和海の事だなかなか男と付き合うなんて事は…」
自信ありげにそう言った時和海が途中で話し掛けた。
「少し前からお付き合いしてる 人いるんです。」
ニッコリと少し頬を赤らめている。
「 なっ!!?? 」
思わず声を上げた…まさかそんなはずと言いたげな顔である。
「?」
当の和海は自分が発した言葉で目の前の男がどれほど動揺しているのか分からないらしく
キョトンとした顔で相手を見つめていた。
「え?それって彼氏が出来たって…」
知らず知らずのうちにテーブルに身を乗り出して和海に迫ろうとしたその瞬間…
「和海ちゃん」
「きゃっ!」
2人に気配も感じさせずいきなり和海に抱きついた。
「慎二さん!?」
自分の顔のすぐ真横にニッコリと笑う慎二の顔を確かめて和海が驚いた声を上げた。

本人も宣言する通り慎二は神出鬼没である。
どうやって 見つけるのかいきなり現れて相手を驚かせる。
しかも気配を感じさせないから相手の驚きは更に増す。
『オレの身体に発信機が付いてんじゃねーのかと思う時がある。』 と言わせるほど
グッドタイミングで祐輔の前に現れていた。

「なっ…何だ君は?」
相手の男が急に現れて和海をいきなり抱きしめたままの慎二に向かって 当然の疑問を投げ掛けた。
「君こそ誰?」
和海の頬に自分の頬をくっ付けながら怪しい奴を見る様な目付きで逆に聞き返す。
「ちょっと…慎二さん…くっ付き すぎです…」
和海のそんな言葉をシカトして話し続ける。
「ナンパ?もしかして元カレ?」
更に疑いの眼差しだ。
「ちがいますっ!!!」
思いの外ハッキリと大きな声で否定したのは和海だった。
「あ…そう?」
「…………」
慎二は多少納得した顔で…相手の男はあまりにもハッキリと否定された ので多少ショックを
受けた顔で和海を見つめていた。

「へー同じ道場の先輩?」
慎二が和海の話を聞き終えての一言。
「はい。仕事で海外赴任したたんです けど1ヶ月ほど日本で仕事するんだそうです。
私も久しぶりの再会なんですよ。」
この場の雰囲気をもろともしない明るい話し声だった。
相手の男は何とか先 ほどのショックから立ち直ったらしい。
「それは失礼。僕はてっきり和海ちゃんが性質の悪い体育会系の男に迫られてるのかと思って
慌てちゃいました。」
最後に 『あは』と付きそうな程の笑顔でそう言った。
「……!!…」
相手の男…和海と同じ道場に通っていたと言う『長谷川 尚喜』は無言で慎二を見つめていた。
『こいつ…サラリと失礼な事言わなかったか?』
慎二の言葉を頭の中で繰り返しそう思ったが余りにも普通に自己紹介でもする様な口ぶり
だったものだから 怒っていいものか考えてしまった。
しかし目の前で一応は笑っている慎二は何を考えているのか自分の胸の前で両手を
重ねながらジッと長谷川を見つめていた。

「僕…橘慎二です。和海ちゃんの彼氏の身内みたいな者です。以後宜しく。」
宜しくなんて思ってもいない慎二が相手にはそんな事を思わせる事も無く自己紹介をした。

「この大学か…」
殆んど強引と言うべく和海から祐輔の事を聞きだした。
どうしてもその彼氏とやらに一言言いたかったからである。
あまり話したがらなかった 和海に比べ慎二が積極的に話したのには何か思惑があったのか…?
しかもご丁寧な事に携帯で撮った写真まで見せてくれたのである。
何人かの学生に尋ねるとその中の 一人がつい今しがた擦違ったと教えてくれた。
小走りで追い駆けると後姿が見えて来た。アイツか?

「新城君?」
呼び掛けるとゆっくりと振り向いた。
「?」
背は俺と同じか少し低め…華奢な様でそうでないらしい…何より振り向いたその顔は所謂『美形』の
部類に入る顔だった…携帯の写真では思わなかったが…
しかもコイツ…上から下まで全身ブランドだらけじゃないかーーーーっ!!
服も時計もバックも…何から何まで『 TAKERU 』だろ?
騙されてるぞっ!! 和海っ!!

祐輔が『新城たける』の孫などと言う事は教えてもらっていなかったのでそんな誤解も仕方の無い事
なのだが…それに『TAKERU』のものを 使わないとたける氏と慎二が煩いなどと言う事は
もっと知らなくても仕方の無い事なのだが…

「あんた誰?」
呼び止めたくせに何も言わない長谷川に祐輔が声を 掛けた。
「はっ!?」
呼び止めた長谷川の方がビクッとなった。
「お…俺は長谷川と言う者だ。深田和海の知人だ!」
体育会系に相応しく堂々とハッキリと した声で言い出した。
和海の名前を出されて一瞬祐輔がピクリとなった。
「和海と付き合ってるそうだな!彼女は純情な子だ。遊びで付き合っているなら今すぐ別れて くれっ!」
和海が男と付き合うはずなど無いと言う思いと祐輔の外見で判断し和海が遊ばれていると判断した為の
言動だった。いきなり失礼極まりないのだが本人は 至って真面目で自分は正しい事をしていると
思い込んでいるので強気だ。祐輔の左の眉の端がピクリと引き攣った…
が!さっさと踵を返すとスタスタと歩き出した。 思いっきりの『無視』である。
「なっ!?」
驚いたのは長谷川で慌てて声を掛けた。
「まっ…まて!俺は彼女が子供の頃から知っている。遊びでつきあうなら 他の子にしてくれっ!!
真面目で優しい子なんだ!彼女を傷つけないでくれ!」

「…ったく…どいつもこいつも…」

祐輔が立ち止まって唸るように 呟いた。
『どいつもこいつも』と言うのは少し前風邪で寝込んだ時治療に来た和海の知り合いの女医が
『遊ばれて捨てられたなんて話ザラだからさ。』と 言っていたのを聞いたからなのかどうか…

「黙って聞いてりゃ何勝手な事ほざいてんだっ!!」
キレモード全開の祐輔が振り向き様怒鳴った。
「和海がオレと別れたいってテメェに言ったのか?和海がオレと別れてお前と付き合いたいとでも
言ってんのかっ!?ガキの頃から知ってた女ならさっさと自分の女に しとけば良かったんだよっ!
男が出来たからって今更焦ってんじゃねーっ!」
「…………」
長谷川は祐輔の気に押されて何も言えず立ち尽くしている。
「オレ達の事はオレと和海が決める!テメェには関係ねぇ!二度とオレと和海の前にそのツラ
見せんなっ!」
更に睨みつけて最後の一言を言った。

「 見せたら殺すっ!! 」

祐輔が本気だと長谷川は自分に向けられた殺気で理解した。

「和海ちゃんの知り合いの男知ってる?」
慎二が訪ねて来た祐輔にワザとらしくそう言った。
長谷川が祐輔の所に行くだろうと分かっていたからに違いない…そう仕向けたのだから。
自分が祐輔の大学も 顔も教えたなどとは一言も言わない。
「その話はすんなっ!!」
超不機嫌な顔でタバコを吸う祐輔を見て慎二が肩を竦める。
「会ったんだ?まぁ積極的な事。」
自分が長谷川の背中を押した事など棚に上げての発言である。
「せっかく初の恋のライバル出現だったのにさ…彼じゃ相手にならないか…くすっ」
コーヒーを飲みながら クスクスと笑う。
「知るかっ!!」
「へー凄い自信。」
「お前面白がってるだろ?大体なんでアイツの事知ってんだ?」
「和海ちゃんに言い寄ろうとした 所に出くわしたんだよ。間一髪間に合ったけどさ。」
どんだけ大袈裟に言ってるんだか…
「もっと面白くなりそうな恋敵現れないかな?ねぇ?祐輔。」
そう言って祐輔を覗き込んだ…どう見ても楽しんでる顔だ。

そんな慎二を横目で睨みつつ他人から見るとそんなに和海を騙してるように見えるのかと…
いつもならそんな事気にする事も無い祐輔が目を伏せて少しだけいつもより重い溜息をついたのを
慎二は気が付いたかどうか…