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「ちょっと堀川さんっ!!堀川……小夜子ちゃんっっ!!!」

「 !!! 」
もの凄い近い位置から大声で呼ばれた。
「え?…あ…!!は…はい!!何ですか?」
「そっちじゃないでしょ?川谷先生のお宅は!!」
「え?ああ…すみません…」

頭を下げて片平さんが立ってる曲がり角まで戻った。
片平さんと2人…作家の先生の所に打ち合わせに向かうと途中…
どうやら曲がり角を曲がらずに直進したらしい…もう何度も訪ねてる場所なのに…

「本当にどうしたの?今朝から変よ?」
「いえ…何でも…無いです…」
「そう?ま…小夜子ちゃんがそう言うなら…何も聞かないけど…♪ ♪ ♪ 
…あ…ちょっと待って…川谷先生からだわ…はい!片平です。」

携帯で話す片平さんから視線を外してまたぼーっとした…
ああ…えっと…今日一体何があったんだっけ?
あんまりにも時間が経過してよく分からなくなちゃったな……えっと…

「わかりました…では後ほど……小夜子ちゃん!」
「…!!!」
「川谷先生都合悪くなったから1時間ほど後にしてくれって…何処かで時間潰しましょう。」
「……はい…」



さっきの場所から10分ほど移動したカフェに片平さんと向かい合って座る。

「一体どうしたの?何かあったんでしょ?小夜子ちゃんがそんな風になるなんて…弥咲先生?」

ギ ク ッ !!

「正解って所かしら?」
「わかります?」
「思いっきり……で?どうしたの?ついに最後の一線越えちゃった?」
「!!!…ち…違いますっ!!!」
「なんだ…じゃあどうしたの?」
「……片平さんは知ってます?先生が良く飲みに行くスナックのママ…」
「……!!!…その…人がどうしたの?」

一瞬ギクリとなったが何とか平静を装って堪えた。

「………妊娠…したそうです……」
「ええっ!!!」

思わずガタリと身を乗り出してしまった!……あの…男…まったく…

「でも…本当に先生の子供なの?」

2人の関係を知っているので半信半疑だった…
確かに2人の間には肉体関係が存在している。
だから相手の妊娠もありえ無い事では無いと思ってるが…

「先生…子供が出来て嬉しいって言ってたんですよ…」
「小夜子ちゃんに?」
「はい……」
「へぇ……」

片平さんはちょっとビックリで…
弥咲が小夜子にそんな事を言うのか疑問だったからだ。

「先生…落ち込んでた?」
「いえ…いつも通りでした…」
「そう…」

やっぱり違うんじゃないのかしら?
多分本当にそんな事になったらきっと自分が呼び出されてグチグチと何か言われるはず…

「でも…その人今日田舎に帰るらしいんです…1人で!!だから…」
「だから…」
「朝…出勤する前に先生の所によって…引き止めろって…ハッパ掛けて…家から送り出しました。」
「ええっっ???」
「だって…1人で子供産んで育てるなんて…そんなの無責任じゃ無いですかっ!!」
「そりゃ…そうだけど…で?先生は?」
「わかったって…間に合うかどうか分からないけど行ってくるって…」
「……ええ??」

あの男が?

「私に………ありがとうって言ったんですよ…」

「ありがとう?」
「はい…だから…やっぱり先生の子供って事ですよね……」

「………小夜子ちゃん……」



『先生っ!!!今何処にいらっしゃるんですかっ!!!』

「…!!うわっ!!痛ってーーーーっっ!!耳痛いって…片平さん…」

携帯に出た途端思いっきり怒鳴られた。
「どこって…自分の家だけど?さっき帰って来たトコ…もう朝から出てたから疲れた…」
『疲れたじゃありませんよっ!!先生一体なんて事しちゃったんですかっ!!!!』
「はぁ??あ…もしかして小夜子さんから聞いた?」
『ええ…聞きましたよ!!最低最悪男ですねっ!!!
仕事絡みじゃなかったら縁切りたいくらいですっ!!』
「はぁ?一体どんな話聞いてるの?」
『先生があのママさんを妊娠させて責任も取らずに逃げたって話です。』
「ええ!!??何それ??一体どんな話になってんの?
ちょっと話し聞かせて!!今から会おうよ!!」


30分後…オレの家に片平さんがやって来る事になった…
オレは速攻シャワーを浴びて頭をスッキリさせた…一体何がどうなってるんだか??




「一体どんな事になってるんですか?」

「どんなって…オレが聞きたい。」
「スナックのママさんが妊娠したのは本当ですか?」
「本当。」
「今日田舎に帰るのも?」
「本当。」

「先生が赤ちゃんの父親って事も?」

「ほ…いや!!違っ…!!!違うって!それは間違い!!」

「本当ですか?」
「何?その疑いの眼差しは……」
「だって…確か身体の関係ありましたよね?」
「何年も前にね…しかも1度きり…」
「え?嘘ですよね?」
「ウソじゃないって。」

智捺さんとそう言う事になったのはあの時1度だけ…
小夜子さんにオレが 『舷斗』 だってバレた時………
まあ…時々癒してもらったりして一緒のベッドで寝た事もあるけど…
それも昔の事だ…

「………はぁ……でも小夜子ちゃん思いっきり誤解してますよ。」

「!!…え?」

気付いて無いのか??この男っ!!

「なんでありがとうなんて言ったんですか…」
「…え?だって小夜子さんが智捺さんの事あんなに心配してくれたから。」
「……もう…あんたって男は……はああ…」
「?」

何で片平さんがこんなにも呆れ果ててるのかわからなかった。

「どうしてお腹の子供の父親は自分じゃないって言わなかったんですか?」
「聞かれなかったし…」
「良くそれで話し噛み合いましたね…」
「ああ…そうだね…でも何の違和感もなかったけど…」
「先生も先生なら小夜子ちゃんも小夜子ちゃんって事かしら…」
「片平さん?」

「先生!!これはラストチャンスです!!」

いきなり人差し指を目の前に突き出された。
「は?」
「今このタイミングで小夜子ちゃんと本音で話さないと一生このままです。」
「…………どうしたの?急に?」
こっちがビックリで…
「もう2人のこの…モタモタとした展開…いち編集者として黙ってられませんっ!!」
「え?」
「あんな素敵な小説お書きになられるんですから
このご自分の恋愛にも素敵なラスト決めて下さい!!」

え?なんか…自分の世界浸ってる???

「……だから…オレは小夜子さんとは…」

「ちゃんと話せば誤解も解けて…きっと上手く行きますよ…先生。」

「片平さん…」
「女の勘と編集者の勘と2人の友人としての勘です。」

「……全部…勘なんだ……」

確信じゃ無いんだね……と突っ込むのは止めた……

「本当にいいんですか?このままで?」
「…………」
「事在るごとにまたどんな誤解で今の関係も壊れるかわかりませんよっ!!」

「………でも…さぁ……」

「小夜子ちゃん…凄い落ち込んでましたよ…
友達と思ってるなら…あんなに落ち込みませんよ…」

「……そんなに?」
「はい。仕事になりません。」
「そう…そっか…」

「大丈夫です!!
ウチから出版されてる星占いで先生の星座今週恋愛運ツイてましたからっ!!」

「…そ…そう?…あ…ありがと…」
なんだか頼りない後押しなんだけど……

「わかった…とにかく…小夜子さんと話して…誤解を解いてみる…」

とりあえず片平さんにはそう宣言した。
多少…片平さんの勘を信じて…決して占いの運勢を信じたわけじゃない…




「ちょっと……小夜子さん……」

オレは携帯に向かって唸ってた…
次の日から小夜子さんと連絡を取りたくても全く取れなかった。
携帯は出ないしメールも返事来ないし出版社に掛けても外出中って言われるし
伝言頼んでも連絡来ないし……

すんげぇ拒絶されてるっっ!!!???ウソだろうっっ!!!


仕方なく片平さんに泣き付いた。
「小夜子さんと連絡取れないんだけど…」
『え?そうなんですか?出社はしてますけど…わかりました。
私から先生の方に伺う様に説得してみます。』
「ほんと?よろしく頼むね…じゃあ…」

携帯を切って…溜息が出た…

こんなに…小夜子さんの事…傷つけちゃってたのか…って思う反面…
そんなにオレの事…気にしててくれてたんだ……と今更ながらそう思った。




「先生っ!!大丈夫ですかっっ!!!」

もの凄い勢いで小夜子さんが玄関とリビングのドアを開けて入って来た。

「え??小夜子さんっ!!??大丈夫って…?大丈夫だけど…??」

何の事か訳がわからなかったけど大丈夫と答えた。

「……はぁ…はぁ…はぁ…ああっ!!」
「え?」

「先生ヒドイですっ!!!騙したんですね!!!卑怯者っ!!!」

「ええっ!!??いきなり卑怯者扱い???何??」
「片平さんが先生が事故で右腕骨折したって…
すごい不自由な生活してるって言ったんですよ!
はぁ…はぁ…わ…私ずっと先生と連絡取ってなかったから…信じちゃって…」

ダッ!!!

「あ!ちょっと小夜子さんっ!!!」

急に方向転換して部屋から出て行こうとするから
オレも猛ダッシュで入り口に走って後ろから手を伸ばして先にドアを閉めた。

バタン!!!

「……!!!!」

小夜子さんの目の前でドアが閉まった…

2人でお互い後ろ向きのまま…ドアの前で立ってた…



オレの片手はドアに付いたまま…小夜子さんは動かないから…


ゆっくりともう片方の手もドアに付けて小夜子さんを捕まえた。