01









「もーいいか…」

オレは後ろを振り向いてそう言った…誰も追い駆けて来ない。
「あーいう時は大声出して逃げなきゃダメだよ。」
「………」
無言の少年…
オレは学校の帰り道に通る公園の木陰の中で人影を見つけた…
どう見てもそっちの趣味のいい歳をした男がこれまたどう見ても小学生の女の子に間違えそうな
男の子に迫っている場面…
普段ならそんなのシカトするんだけど流石に小学生じゃあマズイだろ…と、そっと近づいて…
いきなり男の腹に蹴りを一発入れてやった。
結構な距離をすっ飛んでお腹を抱えながら悶えてる…
小学生はと言うと…真っ青な顔して…目を真ん丸くして動かない…
ありゃりゃ…刺激が強すぎたか?とにかく この場から離れようと呆然と立ち尽くすその子の手を取って
走り出した。
そんで人通りの多い大通りまで走って来たと言うわけ…

「君…男…の子?」
「………」
コク…コク…無言で頷く…
「そう?女の子みたい…」
未だに真っ青な顔をしてる…
「…あ…の…」
繋いだ手を少し動かした…
「あ!ごめん…」
手を繋いでたの忘れてた…
「もう真っ直ぐ家に帰りなよ。って…何か用事あった?」
「は…い…あ…でも…もう…」
俯いたまま慌てて話してる。
「どこ? 連れてってあげるよ。」
「えっ!!いえっ…そんな…いい…です…」
もの凄い拒絶反応…でも…
「何で?怖くてまだ震えてるのにほっとけないだろ?」
「あ…」
オレに言われて気が付いたらしい…
「遠慮するなって!お兄さんに任せなさいって。で?どこ行くの?」
「………本…屋…に…」
やっと言ってくれた。
「そ!じゃあすぐそこだから。ほら!行くよ。」
「あ…」

有無も言わさずまた手を取って…しっかりと繋いでオレ達は歩き出した。

……他人と…手…繋いだの… 初めてだ……この人の手…暖かい…
オレ…何で平気なんだろう…他人が凄く怖くて…今までダメだったのに…
この人は…違うの?…何で…?

当然の様に… オレの手を繋いで先を歩く男の人の後姿を見つめながら…そんな事を思っていた…

「もう用事無い?」
「…コクン…」
「そっか。じゃあオレと少しデート しよっか?」
「 !! 」
もの凄い驚いた顔をしてる…でも…その顔がまた…可愛い…
「オレ椎凪。君は?」
「……」
「教えるのイヤ?」
フルフル と首を横に振る…
「……耀…望月…耀…」
「耀?耀くんか…耀くんは何年生なの?」
「小学…6年…」
「6年生か…11?12?」
「…11歳…誕生日… 12月だから…」
「そっか。オレは2月。だから今は17歳。よろしくね耀くん。」
「……」
ニッコリと…笑顔を見せてくれた…でも…オレは…
「無口だね。 耀くんは…オレの事怖い人とか思ってる?怪しい奴とか?」
「………」
動きが止まった?え?そう思われてた?
「ヤだな…何にもしないよ。耀くんと友達になり たいだけ。」
「オレと…?友達…に?」
「うん。何か耀くん可愛いんだもん。
見ててほっとけない…って言うか…本当に…本ー当に男の子?」
「…うん…」
そのまま俯いちゃった…気にしてたのかな?
「耀くん携帯の番号とアドレス教えてよ。まずはメル友になろう。」
「え?メル友…?あ…ゴメン…オレ携帯持ってない から…」
「え?携帯持って無いの?そっか…んー…参ったな…」
「…パソコンの…」
「え?」
「パソコンの…アドレスなら…ある…けど…」
「パソコン? パソコンか…でもメール出来るもんな。いいか…それでも。」
そう言ってまたニッコリ笑った。

…それから…2人でアイスを食べて…ゲームセンターに行って…
プリクラ…?と言うのを撮って…家まで送ってくれた…

絶対メール頂戴ね。
あの人はオレに手を振りながらそう言って帰って行った…
しっかりと自分の携帯の アドレスをオレに渡して…

『…何で…オレとメールするの?』
不思議で聞いた。
『えー?さぁ…オレにも分かんないけど…なんでだろ?運命を感じる。』
『え?何それ?』
『だからオレにも良く分かんないって言ってるじゃん。とにかくメール頂戴。絶対ね。約束ね。』

…約束…か…生まれて…初めて…人と… 他人と…約束をした…

次の日。
やっと耀くんから初メールが来た。

「やっと来たよ。焦らしてくれるなぁ…耀くんってば…何々…」

『昨日はどうも ありがとうございました。楽しかったです。じゃあさよなら。』

「って何?この涙が出るくらい寂しい文面は!!ちょっと耀くん…酷いんじゃない…」
「おい。椎凪。 何携帯見つめてブツブツ言ってんだよ。何だよ女か?
お前がメール待ってるなんて珍しいな。」
「そう。可愛い相手と知り合ったんだ。ホント可愛くてさ。だからこれからが 正念場なの。
邪魔すんなよ。」
オレは返信のメールを打ちながら志水にそう言った。

ん…?待てよ?確か耀くんってパソコンだよな…自分ちの…何で今頃メール送って 来れるんだ?
オレは携帯の時間を見つめてそう思った…今は…午前10時過ぎ…


『オレ…学校行って無いから…』

何度目かのメールのやり取りで耀くんが教えてく れた…
「学校…行ってないのか…耀くん…なんで?」
そう思ったけど…理由は聞かなかった…まだそこまで親しくないし…
それに耀くんがどんな生活を送ってても オレは気にしないから…オレも人の事言えないし…

『じゃあ昼間も会えるね。明日デートしよう。耀くんのマンションの正面の入り口で待ってて。
11時に迎えに行くから。』

それからしばらく返事が来なかった…振られたかな…オレ…
「何だよ椎凪…暗いな…」
「オレ…フラれたかも…はー…焦りすぎたかな…」
「!…おいっ!!椎凪!! お前平気か?お前がフラれたって…冗談だろ?」
その場にいたクラスの連中が驚いてる。
そんなの今のオレにはどうでも…その時携帯が鳴った。
オレは慌てて 携帯を見ると…耀くんからだ…
「良かった…返事…来た…ホッ…」
「……!!」
そんなオレを見て更に周りの奴らがどよめく…
『わっかた。11時に待って ます。』
「やったぁぁぁぁぁ−− チュッ!」

オレが携帯にキスをしたのを見て周りの奴らが思いっきり引いた…


「はい。手」
マンションの前で 待ち合わせをして…当然の様にオレの目の前に自分の手を差し出して来た…
昨日デート(?)の返事を出した後のメールのやり取りで詳しい事は言わなかったけど
オレは人が…他人が怖くて学校に行ってないって説明した…
この前は…勇気を出して…本屋だけに行ってみようと思って外に出たって言う事も話した…
だから…オレと手を 繋いでくれるらしいんだけど…戸惑ってると…勝手にオレの手を掴んでしまった…
「 ! 」
「さ!行こう」
「……!」

自分でも…驚いた…この前も そうだったけど…何でだろ…この人だと…怖くない…
触れられても…イヤじゃない…

「大丈夫?耀くん?」
耀くんが真っ青な顔をして緊張してるのが分かる。
「いきなり人混みは無理だったかな?」
繋いだ手を強く握り直した。
「うー…でも…頑張る…」
極度の人見知りの耀くん…
でも…少しでも普通の生活に慣れて いきたいって…オレと外で歩く事にした。
「うわっ!!何?」
突然抱き上げられた耀くんが驚いた声を上げた。オレがお姫様だっこをしたからだ。
「無理 しない方がいいよ。」
「え?ちょっと…」
驚いてオレに腕を廻して抱きついてくれた。
「しっかり掴まっててよ。」
「ええっ!!うそ…うわっ…」
「行くよー」
オレは耀くんを抱きかかえて走り出した。

うわー…なに…この人…やる事メチャクチャ…
でも…オレ…やっぱりこの人は…平気だ…それに…何か… この揺れが…心地いい…

こんな事…初めてだ…
相手は小学生だぞ…しかも…男の子…オレ…どうしちゃったんだ…自分でもわかんねー…
…でも…何でだ…胸の奥が… ざわめくんだ…
耀くんに…係わっていたくて…傍にいたくて…触れていたくて…

しばらく走って公園に着いた。
「いやー走った。走った。耀くん軽いね。…ん? 耀くん?」
返事の無いのが気になって耀くんを見ると…『くてっ…』…
おわーっっ!!くてって…くてってなんだっ!!

「耀くん!!大丈夫?ごめん!!乱暴だった? ねぇ…耀くんっ!!」

「ちが…」

うっすらと目を開けた耀くん。
「耀くん?!」
「ねむ…い」
「ねむい?なんで?」
「オレ…普段良く…眠れない から…」
「何で?」
「だって…オレ…夜が怖い…」
「夜が怖い?」
「うん…だから…ぐっすり…寝れない…でも…揺れて…それが…気持ちいい…」
そう言うと耀くんは静かに目を閉じて…可愛い寝顔で眠ってしまった…
オレはベンチに耀くんを抱いたまま座って…しばらく耀くんの寝顔を見つめていた……
その寝顔が…すっごく…可愛い…

ヤバイ…相手が小学生だって言うのに…あまりの可愛さに…危ない世界に…足を踏み入れそうだ…

「……」
静かに目を開けると…あの人の…寝顔が見えた…
この人も…寝ちゃったんだ…あ…制服の上着…オレにかけてくれたんだ…
オレどのくらい寝てたんだろ…動いたら… 目を覚ましちゃったらしい…
「あ!耀くん。目…覚めた?」
「ごめんなさい…オレ…」
「いいよ別に。耀くんの可愛い寝顔たくさん見れたから。」
身体を 伸ばしながらそう言った…
「はぁ…」

オレ達の付き合いは何ともプラトニックなもんだった。まぁ…相手が相手だから当然だけど。
少しずつ2人の距離縮めて …近づいて…耀くんが怖がらない様に…怯えない様に…
耀くんに…嫌われない様に…耀くんに…好かれる様に…

一度限りで女の子を抱いても…オレの中の耀くんの 居る場所は違う…
誰にもはいれないし…入れたりしない…オレの中の耀くんだけの場所…

「転勤…?」
耀くんが驚いてオレに聞き返した…
オレは刑事に なっていたから…移動の命令が出た…覚悟はしてたけど…
耀くんが14歳…オレは20歳…

「うん…ちょっと遠いかな…」
「そっか…」
重い沈黙…
「でも…仕方ないよ。仕事…だもん…」
無理して笑ってる…そんな耀くんを見てオレは…
「もーオレさぁ心配で心配でさ…これからって時に!!」
オレは耀くんを 抱きしめて叫んだ。
「だ…大丈夫だよ…ありがと…心配してくれて…」

耀くんを抱きしめられる様になるのに1ヶ月かかった…
そっと…ごく自然を装って…このオレが…

「毎日…ううん…毎時間メールするからさっ!!ね!休みには必ず会いに来るから!」
「わ…わかったから…もう20でしょ?椎凪は…」
「だって…」
オレは いつまでも耀くんを抱きしめて…離せなかった…

それから…あっと言う間に桜の季節がやって来た…

「入学おめでとう。耀くん。これささやかだけど…」
「あ!ストラップだ。」
「オレとお揃いだよ」
「わぁ…ありがとう。さっそく付けるね。」
「それとね…もう一つあるんだ…プレゼント」
「え?」
「でも…ね…それは耀くんにとっては…迷惑なものかもしれないから…」
椎凪がモジモジしながらそう言った。
「何?椎凪がくれるもので迷惑なんてないよ。」
「本当に…迷惑なら…捨てていいから…オレ…あきらめるから…」

…椎凪の手が…伸びて…そっとオレの顔に触れて…優しく持ち上げた…
そして… そっと触れる様なキスを…オレにした…
ちょっとだけ触れた椎凪の唇がとっても暖かくて…柔らかかった…

「椎…凪…?」
「イヤなら…捨てて…耀くん…」
辛そうな顔をする…なんで?どうして?椎凪…
「オレ…無理言ってるのわかってるから…耀くんまだ幼いし…男同士だし…
だから…オレの事嫌いになったら… もう…オレに連絡くれなくて…いいから…」
「椎…」
椎凪が急に立ち上がって少し後ろに下がる…

「ごめんね…これから高校で…大変になる時なのに…」
そう…高校から…耀くんは学校に通う事になってる…
「でも…オレ…ずっと思ってたから…
でも…もし…もしも…耀くんがオレの事受け入れてくれるなら…その時は…オレ…」
耀くんがジッとオレを見つめてる…

「オレのすべてで耀くんの事愛するよ…オレのすべてを耀くんにあげる…
心も…身体も…全部…でも…それはまだ耀くんに とって重いだけかもしれないから…
無理かもしれないって…わかってるから…でも…言いたくて…言っちゃった…」

     桜の…花びらが…耀くんの周りに落ちて… すごく…綺麗だ…

       「好きだよ…耀くん…ずっと前から…君だけを…」