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「望月君ちょっといいかな?」

大学で声を掛けられて立ち止まった。相手は遺伝子工学が専門の真鍋教授。
オレは教わった事は無いけど噂は良く聞く…何気に厳しい人だって…

それになかなかのイケメン!

なのに彼女はいないらしい…って…そんな先生がオレに何の用だろう……



コンコン!

「どうぞ。」
「失礼します……」

何だかとっても緊張して部屋に入った。

昼間声を掛けられて帰りに教授の所に寄ってほしいって言われたから…
部屋は20畳ほどの部屋で真っ正面に真っ黒で大きなデスクがある。
壁には本がびっしりと詰まってる本棚があってそれも真っ黒だ。
しかも几帳面さが漂う綺麗に整頓されててデスクにも本棚にも埃1つ無い!
ソファもレザーの黒!大学とは思えない洒落た部屋だ。

そんな部屋にピッタリの…長身のスラリとした大人の落ち着いた…
眼鏡を掛けたとても頭の良さそうな真鍋教授がこれまた本人ピッタリの
金の縁取りされたコーヒーカッブ片手にソファに座ってた。

「あの…なんでしょうか……」
「まあ座りなさい…コーヒーでも?」
「あ…いいえ……」
「そう?」
「あの……」
ソファに座って伺うように話し掛けた。

「身体の方は大丈夫なの?」

「え…あ!はい…」
そっか…真鍋教授もオレの事知ってるんだ……

「僕は回りくどい事は苦手だから単刀直入に言うけど…」

「………」

え?何?何だろう……何か問題があって単位くれないとか??

「望月君半獣の飼い主になってもらえないかな?」

「は?」
「だから半獣!君も知ってるだろ?」
「は…い…話くらいは…でも実物を見た事はありませんけど…」

半獣とは今巷で流行ってるペットの事だ。
ペットと言ってもとっても値段が高くて一般庶民なんかに手は届かない。
もともと数も少なくて…飼うにも国の許可が無くちゃ飼えないくらい珍しい生き物。
本当にごく1部の人達の間で流行ってるもので自分も本物の半獣は見た事が無い。
俗にい言うセレブとか何処かの大きな会社の社長とか…大物政治家や官僚の
人達の間で流行ってるらしい。
それに動物の耳と尻尾が付いてるだけで後は殆んど人と変わらない。
だから育てるにもお金が掛かるし責任もある。


「僕が半獣の研究してるって知ってるよね?」
「……はい」
「そっち絡みで誰かいないか頼まれてね。」
「……なんでオレなんですか?」

「半獣を飼うには色々条件がある。ただ今まで僕が見てきたのは一般的な普通の
飼い主ばかりでね…君の様なちょっと特殊な経歴の飼い主とのサンプルが無いんだ…だから。」

「………」

特殊…か…そうかオレって普通と違った生活してたもんな…

「気を悪くしないでくれ…これも半獣の生態を調べる為なんだ。」
「でもオレに半獣の世話なんて出来るかな……」
「大丈夫。半獣は人に従順な傾向もある…逆にいい家族になれる事もあるし。」
「家族…?」
「ああ良い話し相手になるらしい。」
「へえ…」
「飼うとなれば国からの補助も出る。半獣は数も少ないし珍獣だから。」
「はあ……」
それでもやっぱり踏ん切りはつかない……

「僕の研究に協力してくれないか?手続きは僕の方でやっておくから。」

ニッコリと微笑まれてドキリとなる。

「……でも…!!」

俯いてた顔をクイッと顎を人差し指1本で持ち上げられて教授の方を向かされた。

「協力…するよね?」

「………」

目が…こ…恐い!

「半獣の研究に…ねえ?」
「わっ…わかりました……」

断る事は許されないんだ!初めっからそのつもりなんでしょ!真鍋教授!!
研究の為なら人が変わるって噂だし…

「ありがとう。助かるよ。じゃあ後は僕が手配するから待ってて。」
「はい…」
そう返事をして帰ろうとドアノブを掴んだ。
長居は無用だ…

「ああ…あと僕から頼んでおいてこんな事言うのも何なんだけど…」

「はい?」

「引き受けた以上ちゃんと最後まで責任持って飼ってね。」

「…はい……」
「ありがとう。」

ドアが閉まるまで…真鍋教授はずっと笑顔のままだった…



「ふう…」

1人になった部屋の中で飲みかけのコーヒーに口を付ける。

「さて…断る事に罪悪感を持つ様に出来たし…ふふ…
元精神疾患の飼い主と我が儘自己中半獣のサンプルか…新しいデータが採れそうだ。くすっ…」

そう呟いて飲みかけのコーヒーを飲み干した。



真鍋教授の所から真っ直ぐ帰り道を急いでる。

オレの名前は望月耀。大学3年生20歳。
オレは半年前まで自分は男だと思って生きて来た。
それはオレの母さんが…オレのせいで自殺したと思ってたから…


オレが6歳の時母さんはオレの目の前で住んでいたマンションのベランダから飛び降りて死んだ。
それが父親と愛人の間に生まれたオレを施設から連れて来た子供だと騙して
育てさせられたせいだと11の時父親の再婚相手の顔を見てわかった…

オレとその人の顔が…そっくりだったから。

母さんが死んだのは自分のせいだ…

そう思ったオレは自分が許せなくて…生きてちゃいけないと思った…

でも子供だったオレは死ぬのは怖くて……
でも母さんを自殺に追いやった自分は許せなくて……心が壊れた…

一切の反応をしなくなったオレに慌てた親父から頼まれた医者達は
ほんの僅かに残った可能性に賭けて…オレに男だと信じ込ませた…

親父を奪った愛人に似てるオレでも…同性の女より男なら死んだ母さんも少しは許してくれるって…

死にたくなかったオレはその言葉を信じて自分は男だと信じた…

そう信じないとオレは生きていけなかったから…

女の子の身体は生まれて来た事が罪だから男なのに女の身体で生きていく事が
罰を受ける事だと思って不思議には思わなかった…

でも半年前…偶然知り合った『草gさん』って言う人がオレの事気にかけてくれて…
とても不思議な力を持つ人で…全ての事情を知った上で…理解して…

オレを女の子に戻してくれた…

それは凄く大変な事だったはずなのに…
あの人はニッコリと笑って『良かったね。』って言ってくれた…

そのおかげで母さんは本当はオレの事を好きでいてくれてたってわかったから…
オレはそれがわかっただけでも嬉しかった…

母さんはオレを許せなかったんじゃなくて…自分を裏切った父親を許せなかったって事…
オレの事は本当はとっても大事にしてくれてたんだって…

それからオレは今までよりちょっとだけ前向きに生きていこうって決めたんだ。

9年間男として生きて来たから言葉遣いやちょっとした動きが男っぽくなるけど
今はれっきとした女の子だ!