プロローグ





「え?あの人達に耀の事がわかったんですか?どうして…」

夜中にお母さんのそんな声で目が覚めた。

誰かからの電話らしい…
電話で話す母さんの声はとても慌てていて怯えているみたいだった…




「お母さん…どうしたの?」
「耀…」

6畳2間の襖を開けるとお母さんがびっくりした様な…困った様な顔をした。

「耀…聞いてちょうだい…明日朝早くここを出るから支度して…」
「出るって…引っ越すって事?」
「ええ…始発の電車で他の場所に行かなくちゃ…」
「どうして?じゃあ学校は?お友達は?また会える?」

「……ごめんね…耀…きっともうここには戻って来れないわ…ごめんね…」


そう言いながらお母さんがギュッとオレを抱きしめたのを覚えてる…



お母さんは今まで…いつも周りを気にしながら過ごして来たのはわかってた…

それが何故なのか…子供だったオレにはわからなかったけど…
逃げる様に飛び乗った電車で何処か遠くに移り住んだのは11の時…

その時からオレは満足に学校に通えなくなった…



住む場所も住み込みが出来る仕事をお母さんは選んでた…

男の方が都合が良いからと男としての生活を余儀なくされた…
何でそんな事をしなければいけないのかとお母さんに尋ねると…

『女の子だと怖い人に連れて行かれてしまうからよ。』

って言われた…

子供ながらお母さんはその 『 怖い人 』 から逃げているのだと納得した…
だからオレはお母さんの言われるまま…自分の事を 『 オレ 』 と言う様になり…
お母さんがオレを人に紹介する時に 『 息子です。 』 と紹介しても素直に従った…


いつもあまり人に詮索されない様に静かにひっそりと生きて来た…

保険証も使えなくて…病気になっても余程じゃ無い限り診察も受けなかった…

一般の知識は生活の中で何となく憶えたのと…お母さんが時々教えてくれた…


どうしてそんな生活をしなければいけないのか…分らなかったけど…
本当なら中学に上がる歳にお母さんが全部話してくれた…

お母さんが昔ある大きなお屋敷で働いていた事…
そのお屋敷の一番偉い人がオレの…お父さんだって言う事…

でもオレが生まれた事はその人は知らなかったはずだって…言ってた…
お母さんがオレを身篭もった事をその人には話してないし…
そのお屋敷もオレを身篭ったとわかる前に辞めて遠くに離れたって言ってた…

だからどうしてオレの事がわかったのか…

きっと大きなお屋敷の人が今頃不審に思って調べたのかもってお母さんは言ってた…


そのお屋敷の人には…オレはとても邪魔な存在で…

きっとその人達に捕まったら命は無いとその時教えられた…



毎日がとても怖かった…いつもちょっとした物音に怯えて…
ワザと同じ場所に住む事は避けて同じ場所に半年いれば良い方だった…


そんな生活を何年も続けてたせいか…オレが19になってすぐお母さんが病気で倒れた…


最後の最後まで病院に行く事を嫌がって…
流石にその時勤めていた飲み屋のママさんが訳ありの人を見てくれると言う
お医者さんを紹介してくれて…診てもらったけど…

それから1ヶ月もしないうちにお母さんは息を引き取った…



オレは悲しくて悲しくて…オレ1人でこれからどうしていけばいいのかわからなくて…

…そんな不安もあったけど……オレは恐怖の方が大きかった…

お母さんはオレの事を飲み屋のママさんに話してくれていたらしくて…
また別の場所に住む所を探してくれた…
古い小さなアパートでひっそりと人目を避ける様に建ってる…


それでも夜はグッスリなんか眠れなかった…

毎晩の様に布団の中で震えながら泣いてた…

1人で心細くて…不安で……これからオレは一体どうなるんだろうって…
いっつも思ってた……

でもまたしばらくしたらここも出て行かなくちゃいけない…

お母さんの言う通り男でずっと生活し続けて…何とかバレずにここまで来た…


そんな事を思いながら半年が経とうとした頃…

とにかく生きる為にお金は稼がなきゃいけないから…
バイトに向かう為にアパートの古い鉄の階段を下りた…


「え?」


路地に出た途端黒い影がオレを取り囲んだ!


「なに?…あっ!!」



後ろから身体を押さえつけられて口に布が当てられた。

吸っちゃいけないと思いながら焦って思い切り息を吸い込む…



それからあっという間に…オレは意識が無くなった……