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「昨日は惇哉さんちゃんと仕事してた?」

「え?ああ…仕事って言うか…撮影を楽しんでたかな?
来てなかった奴の代役もやってたし…しかもノリノリで!」

「やっぱり…」

まあそうじゃないかと思ってたけど…

「本当に役者の仕事が好きなんだな…あの人…」

「………そうね…好きで好きで仕方ないらしいわ…」
「杏華が刺激受けて…何だかやる気になってるし…」
「それは良い事なんじゃないの?
彼女にはあなたと共演したいって言う夢があるんだから。」

「アイツがそのキッカケになってるのが…」

俺は納得行かないんだけどな…

「え?」
「いや……」

「羽柴く〜ん!お願いしま〜〜す!!」

「ほら始まるわよ…」
「ああ…」
「あ!ちょっと…」
「ん?」
「ネクタイ…曲がってる…」

制服のネクタイを直された…
母親と杏華とは違う女にこんなにも近づかれてた事なんて…

「はい。これで大丈夫。頑張ってね!」

ニッコリと微笑まれて…何でだかドキリとする…

「見えるぞ…」
「え?」
「鎖骨!」
「鎖骨?…………あっ!!」
「仲が良いんだな〜」
「……………」
「くすっ…」

智匱君がクスクス笑ってセットの方に歩いて行く…


も〜〜〜〜惇哉さんってばぁ〜〜〜!!!

いつの間に付けられたのか…鎖骨のちょっと上にしっかりと赤い痕が……

「見えちゃう所は止めてって言ったのに…」

帰ったら文句言わなくちゃ!!もう他に誰にも見られて無いわよね…

私はぎゅっとブラウスの胸元を手で握り締めた。


最初はあんなに生意気で文句ばっかり言ってた智匱君も惇哉さんや杏華ちゃんに
刺激されたのか仕事にも前向きになって…遅刻して行こうなんて言わなくなった…



「……後3日か…」

「え?何?智匱?」

珍しく家族3人でちょっと遅い夕飯を食べてる。

「いや…今前田の代わりに来てるマネージャー…あ〜付添い人があと3日で終わりだなって…」
「あ〜前田さん盲腸だったっけ?」
「ああ…でももう退院したのか?」
「女の人なんでしょ?代わりの人。」
「ああ…」
「美人?」
「…… 「 楠 惇哉 」 の嫁さん。言わなかったっけ?」
「え!?知らないわよ!女の人って事しか!!
ねえ!じゃあ惇哉クンのサイン貰って来てよ!」
「はあ?」
「同じ事務所になって期待してたのに…あんた全然そう言う繋がり使わないんですもの!
お嫁さんがマネージャー代理なら余計貰い易いでしょ?」
「やだよ…アイツにそんな事頼むの…」
「何でよーー母親がファンでって言えばいいじゃない!」
「余計嫌だ!」
「もう!親不幸者!」
「どこがだ?」
「ねえ……確か彼のお嫁さんって美人じゃなかったけ?母さんテレビのワイドショーで
チラッとしか見た事無いんだけど…確か結構な顔だった様な記憶が…」
「生はそんなでも無い。普通…」
「え?そうなの?なんだ…やっぱり化粧で化けてるのか。」
「いや…だからってイマイチってわけじゃな……なっ…何だよ!!」

お袋がニヤニヤしながら俺を覗き込む。

「智匱がそんな事言うなんて珍しいわね〜何よ年上の魅力に参っちゃったの?」

「バッ…バッカじゃねーの?そんな事あるかっての!」

「そうよね〜でもまだ20代前半でしょ?しかも新婚さんで人妻で…変な気起こさないでよ?
母さん警察に呼ばれるなんて嫌ですからね!」
「一体どんな想像すればそんな発想になるんだよ!!何にも無いって!
それに後3日でまた前田に変わるんだし…」
「だって事務所にはその人いるんでしょ?会おうと思えば会えるじゃない。」
「だからって俺には関係無いって!」
「わからないわよ〜仄かな憧れがもう会えなくなるってなれば…自分でも思ってもみない事になるかも!」
「何?何でそう言う方向に持って行こうとすんの?」
「えー…だって…最近刺激が無くって…あんたが役者やってたって
母さん得になる事何一つも無いんだもん。」
「だからって息子に不倫を勧めるな!」
「勧めてなんかないわよ。気を付けてねって言ってるんじゃない。ねえお父さん。」
「え?……ああ…」
「ホラ見ろよ!親父が真に受けてるだろ…」
「あらやだお父さん…お父さんまで本気に取らないでよ。」
「いや…そう言うわけじゃ…」
「夫婦揃って息子を信用しないのかよ!」
「信用してないわけじゃないけど…男だし思春期だし若いし?」
「あのなぁ…」
「ウソよウソ!でもサインは本当に貰って来てよ!!普段たいした事してないんだからさ。
あ!惇哉クンの写メでもいい!!」

「………」

社長の写メでも送ってやろうか……なんて本気で思った。

お袋に部屋まで行ったなんて言ったらどんな図々しい事頼まれるかわかったもんじゃない…




「智匱!」

「ん?」

次の日の朝…出掛けに親父に呼び止められた。

「今日も撮影があるのか?」
「あるけど?何?」
「終わる頃父さんに連絡くれないか…」
「……いいけど…何で?」
「その時話す…」
「……わかった…」


いつもと違う親父の態度に違和感を覚えつつも杏華が家から出て来て

大声で俺を呼ぶからそれ以上は聞かずに家を後にした。



「おはようございます。」


学校の前でいつもの様に事務所の用意した車でアイツが頭を下げる。


「オハヨ…」
「くすっ…ちゃんと挨拶できる様になったのね。」
「イチイチうるさい。」
「結局…」
「ん?」
「最後まで名前で呼んでもらえないのかしらね?」
「………」
「まあいいけど…そんなに照れ屋さんだったなんて知らなかったから。」
「なっ!!何だよ!それ!!」
「そうだって鳥越さんが言ってたから…」
「!!」

まったく!杏華の奴…ろくな事言わねーんだから…

「まさかこの前2人で飯の支度してる時変な話してなかったろうな?」
「変な話?変な話って?」
「子供の頃の話とか中学の頃の話だよ!」
「そんな変な話はしてないと思うけど?」
「怪しいな……」

あの天然杏華の事だ…気にもせず変な話してる…絶対!してる!!




「後次のシーンで最後ですって。」

「ふーん…」


女のマネージャーだからか… 「 楠 惇哉 」 のマネージャーをやった事があるからか…
確かに今までよりは快適に仕事が出来てる…

ハッキリとした態度もいつもの事で…だからって頭ごなしに怒るわけでもなく…
丁度良いタイミングで飲み物も出てくる…

いつもは俺が言って出て来るか変なタイミングで出されるかだったもんな…
結構セリフの掛け合いが多いシーンで喉が渇いてたからありがたかった。

「ん?」

「いや…サンキュ!」
「!!…………どう致しまして。」
「あと3日だな…」
「そうね…」
「その後はまた事務やんの?」
「そうよ。私は内勤の方が合ってるし…外の仕事は惇哉さんが大変だから…」
「ああ…確かに。」

手に取る様にわかる…

「あ!そうだ…親父に連絡しないと…」
「え?」
「今朝言われたんだ…終わる頃連絡くれって…こんな事初めてなんだよな…」
「何か急用なのかしら?」
「さあ…ちょっと出てくる…まだ大丈夫だよな。」
「大丈夫みたい…もし始まりそうなら呼びに行くから。」
「ああ…」

俺はスタジオを出て廊下で親父に電話を掛けた。

「……あ!親父?後少しで終わるけど?何?どうかした?」
『ちょっとお前達に話があるんだ…』
「お前達?お前達って誰と誰だよ?」
『じゃあ終わる頃撮影所の近くの 「 ブルースター 」 って言う店で待ってるから…』
「は?親父?」
『今仕事してる代理のマネージャーの人にも一緒に来てもらってくれ…
2人に話があるから…』
「はあ?」

ますます意味がわからん…

「俺の仕事の事ならアイツに言うより事務所に言った方が…」
『いいから…必ず2人で来てくれよ…智匱…じゃあ後でな。』
「ちょっ!親父??」

勝手に切られた…一体何なんだよ?



「どうしたの?」

戻って来た俺が何とも不思議な顔をしてるもんだから…

「いやさ…親父が話があるから撮影が終わったら2人でここの近くの店に来てくれって。」
「え?私…も?」
「2人に話があるってさ。」
「智匱君の仕事の事かしら?」
「かもしれない…だったら事務所に言えって言ったんだけどな…」
「その前に個人的に何か話があるのかもしれないじゃない?事務所通す程の事じゃ無いとか?」
「さあ…」
「まあいいわ。わかった…じゃあ撮影が終わったらね。」
「ああ…」


一体どんな話があるって言うのか…

今まで俺の仕事の事で文句を言った事なんて1度も無かったんだけどな…



それから1時間程後…

俺と彼女は約束したお店に向かってた…