07
「あ…」
「こんばんは。」
今夜は彼女がマンションの前で待っていた。
「どうしたんですか?」
僕は…多分理由を知っているのに彼女に聞いた。
「あの…昼間は隆生が迷惑かけたみたいで…ごめんなさい…」
「いえ…ちょっとびっくりしましたけどそんな迷惑では…」
「なら…いいんだけど…」
「……………」
2人とも黙ってしまった。
「……あの…隆生の言った事は気にしないで…私は大丈夫だから…」
「…だから僕の事…好きだって言ったんですか?」
「え?」
「住む所が必要だったから?」
本当は言ってはいけない事なんだろうけど…言わずにはいられなかった。
「…住む所の為に…好きでもないあなたの事好きって言ったと思っ……あ!!」
「!!…愛理さん!?」
「やだ…何でもない…何でもないから…」
愛理さんが僕から顔を見せない様に俯いた。
「いや…あ…ごめんなさい…泣かせるつもりなんて…すみません…僕…」
「ううん…簡単に信じてもらえないの仕方ないもん…隆生から聞いたんでしょ…
普通とは違ってるもの…距離置きたいのわかるから…」
そう言ってまだうっすらと光る目を細めて笑った。
「いや…そこは気にしてませんから…」
「じゃあ?」
「えっと…何でこんなおじさんがいいのかなぁって…からかわれてるとしか思えないでしょ?」
「からかってなんかいない…
あたしは真剣だし…それに珱尓さんはおじさんなんかじゃないもん……」
「…!!…あ…ありがとうございます…でも…」
「!?」
「僕はあなたの事を恋人として見れません…
あなたなら他に年相応の相手見つけられるんじゃないんですか?」
本当にそう思った…だって可愛い子だとは思うから…
「イヤよっ!!!」
「はい?」
「絶対諦めないから!!これだけは誰が何て言おうと諦めないの!!
…ハッ!!…やだ…あたしったら…」
思い切り言い切った後自分のした事に気付いたらしい…
「………本当なら跳びはねて喜ぶ事なんでしょうね…本当ごめんなさい…こんな男で…」
僕はちょっと苦笑い…
自分でもどうしようの無い事だから…だから出来れば諦めて他に…
「…やっぱり…いいな…珱尓さんって…」
彼女がニッコリと笑ってそんな事をポソリと呟いた。
「こんな所で立ち話も何ですから上がっていきますか?」
「え?いいの?」
「帰りは送って行きますから。」
「また…珱尓さんの淹れたミルクティー…お願いしてもいいかな?」
「お安い御用ですよ。」
「 うれしい ♪ ♪ 」
本当に嬉しそうに笑ってくれた。
「もう此処でいいわよ。」
「でも…自宅前数メートルと言う所で暴漢に襲われたりしてる事件もありますから。
責任を持って玄関前まで送ります!」
「…………そう?」
ちょっと呆れ顔の彼女だったけど僕は心配性だから…
本当にここで彼女に何かあったら僕は悔やんでも悔やみきれない。
「あそこよ。もう大丈夫でしょ……」
「!!」
そう言って指さしたアパートはごく普通の木造のアパートだった。
2階の角部屋の窓が開いていて…イヤでも会話が聞えて来る。
それほど大きな声で怒鳴りあってる声だったから…
「もう一体いつになったらあの子出てくのよっ!話付けてくれるんじゃなかったの?」
「だからもう少しだって言ってんじゃねーか…」
「もう少しもう少しってもう3ヶ月も経ってんのよ!」
「あいつだってわかってるよ…でも出て行くにも金がいるだろ?だから今貯めてんじゃねーか…
今日だってお前が休みだからって気ぃ利かせて外に行ってんだろ?」
「そんなの当然じゃないのよ!こんなんじゃあたし達だってどうにかなっちゃうわよ!」
「何だよ?どう言う意味だよ!そりゃ!!」
「どうもこうも無いでしょ!あの子がお金が無くて出て行けないなら
あんたが一緒に暮らしてやればいいじゃないよ!」
「な…何言ってんだよ!ガキが出来てんだぞ!?そんな事出来るわけねーだろ!」
「じゃあ早く話しつけてよ!なんならあのおばさんちにでも帰ったらいいんだわ!」
「……お前…」
「何よ!あたしは当然の事言ったまででしょ?それにその気になれば女なんだから
お金稼ぐ方法なんていくらだってあるじゃないっ!!」
「ふざけんなっ!!」
その後もしばらく言い争いは続いてた。
「……なんか…また珱尓さんに嫌な話聞かれちゃったな…」
「…愛理さん…」
彼女が…とても辛そうに…淋しそうに俯いてしまった。
「あたしの居場所なんて何処にも無い……隆生の所も1日でも早く出て行きたいんだけど…
まだお金貯まってないし…夜働ければお金の良い所…沢山あるんだけど…
今はどうしても昼間しか働けないから…掛け持ちも今はちょっと無理で…」
「……愛理さん…」
「…大丈夫。昔からこんなだもん…もう慣れてる…」
そう言ってニッコリと笑った…
今…笑える心境じゃ無いはずなのに……
「でも…」
「ありがとう。珱尓さん…送ってくれて…それにまたあたしなんかの心配してくれて…」
「愛理さん…」
僕が話し掛けるのを遮る様に早口で話す…僕から視線を外して…
「おやすみなさい。それにごちそう様でした…美味しかった。またご馳走してくれると嬉しいな。」
「お安い御用ですよ…何杯でもお代わりして下さい。」
「ふふ…ありがとう…じゃあ本当にお休みなさい……」
「あの…」
「 !? 」
声を掛ける前に彼女の腕を掴んでた…
こんな状況で…彼女をあの部屋に帰すのが心配で…
そう…好きだからとかじゃない…
「僕の所に…来ますか?」
「……え?」
「事情が事情ですから…
あ!愛理さんがおじさんと一緒に暮らすのがイヤなら仕方ありませんけど…
とりあえずは愛理さんの事情が落ち着くまでと言う事で…
愛理さん自身にも何か事情がありそうですしね…」
「本当に?本当にそう言ってくれるの?」
「本当ですよ。でも僕口煩いですよ?それにすぐお説教しますし…心配性だし…」
「ううん…そんなの平気!!珱尓さんの言う事なら何でも聞く!!!」
「そんな…そこまでは…」
「あ…じゃあ待ってて荷持つ取ってくる。」
「え?今からですか?明日にでも改めてで…」
走り出した彼女にそう話し掛けた。
「1秒でも早い方がいい!!珱尓さんの気持ちが変わったら困るし夢なら覚めたら困るもん!」
「夢なんかじゃありませんってば…それに気なんか変わりませんよ。
一応責任持って言ったつもりなんですけど…」
「…でも…やっぱり今夜から行くっ!!どうせ荷持つもそんなに無いし…待ってて!」
「ああ…じゃあ僕も!」
「え?」
「弟さんと彼女さんにちゃんと挨拶してお話して行かなくては…」
「……ホント珱尓さんって真面目ね…」
「呆れないで下さいよ。大人として当然の事です。今から僕は愛理さんの保護者ですから。」
「あたしの…保護者?」
「はい。」
「……まあいいわ。今はそう言う事にしてあげる。」
「あ…何ですか?その言い方は?何かご不満でも?」
「保護者じゃなくて 『恋人』 がいいの!」
「……ですからそれは…」
「だから今は保護者でいいわよ。これから 『恋人』 になるチャンスは沢山あるんですから!」
「…………」
「早く!!」
「…はいはい…」
僕はそう返事をしながらちょっと早まったかな?なんて思ってる。
でも…あの時…彼女の腕を掴んでなかったらきっと後悔してたに違い無い…
彼女にとって親はいないのと同じで…唯一頼りになる弟は自分の家庭を持とうとしてるのに…
それを自分が壊してしまうんじゃないかと心を痛めてる…
だから…これで良かったんだ…
軽やかな足取りで階段を駆け上がって行く彼女を見上げながらそう思った。